15. 零たちの部屋 ドッグタグ
格納庫に帰るなり、仕事でもないのに報告書を上げるように言われた。
まあゼノンと遭遇してあれだけドンパチしたのだから仕方がない。
ミラは自分の控え室に戻り、コンピューターに向かって黙々と報告書を書き上げ、クリムゾンに何があったのか事細かに報告して控え室に戻った。
休暇のはずだったのに、とんでもないことになったものである。
まあ五体満足無事で帰れたのだからもうけものだ。
(ま、いっか……ドルフィンもサミーもホークアイも無事だった)
前線で戦闘したメンバーに殉職者が多数発生したが、ベイルアウトしたソックスも命に別状はないと聞いた。
段々感覚が鈍ってくるというものである。
よほど近しい友人でもない限り、もはや実感が湧かない。
その後、血相を変えたフィリップが控室に飛び込んできた。ミラが怪我もしていないことを確認した彼はへなへなと崩れ落ちた。
「ホークアイの機体に乗って管制官の手伝いをする日が来るなんて私もびっくりだよ」
茶化して言ったが、フィリップはそれに笑う余裕すらない様子であった。
「無事でよかった……」
なおも落ち着かないフィリップであったが、ミラがコーヒーを淹れてやるとやっと安心したようであった。
「アマツカゼに乗ってたらこんなに心配しなかったけど……」
「私もどうしようかと思ったけど、サミーも助けに来てくれたし」
「表立っては言えないけど、あいつ無理してでも上がってくれてよかった。サミーがいてくれて本当によかった」
「そうだね……」
何だかちょっと不安定になっているフィリップを抱きしめてよしよしと背中を撫でてあげた。彼はミラが淹れたコーヒーを飲むと安心したように帰っていった。
(私も帰るかな)
マグカップをゆっくりと洗って、ミラは帰路に着いたのであった。
ミラはルームシェアする部屋に帰った。
長い一日であった。帰ると先に帰っていたドルフィンが出迎えてくれた。
キャシーはサミーの機体の整備をまだ続けているらしい。彼はどうやら少々無理をして機体に負荷をかけてしまったようだ。
(ドルフィンと二人か……)
どうしていいかわからなくなったミラがソファの上で膝の上のニコを抱いていると、ドルフィンのドローンがローテーブルの上に降り立った。
「君が無事でよかった」
「ドルフィンも……」
沈黙が満ちた。
(どうしよどうしよどうしよ!)
自分の部屋に帰るか。でも逃げるみたいで正直気が進まない。焦りを感じたミラは無理やり話題をひねり出した。
「ソックスはどうだった?」
「鎖骨と右上腕骨折。多少時間がかかりそうだけど命に別状はない。折れ方も綺麗だったから問題ないだろうってさ」
「そうか、ならよかった……」
言葉がつづくことはなかった。
再びの静寂。
(無理だ、もう無理だ!)
疲れたからちょっと横になると言って自室に逃げようか。
ミラが口を開きかけたその時であった。
「ちょっと話をしたい。時間くれる?」
「うん」
ノーと言うミラではない。だが、一体なんだろう。彼女は少々身構えた。
「君に見てほしいものがあるんだ」
ミラはドローンを見つめた。
一体何を見せてくれるんだろう。わかった、とでも言うように、ミラは彼の目であるカメラを見つめて頷いてみせる。
「ちょっと待っててね」
ドローンが飛び上がって廊下の方に飛んでいった。ミラはそれを無言で見送った。
自動でドアが開いてぱたんと閉まる。
向かった先はおそらく、ほとんど物置となっていると聞いたドルフィンの部屋だ。
ミラはソワソワして、膝の上のニコをソファの上、すぐ隣の座面に下ろしたが落ち着かず、また膝の上に抱いた。
すぐにドローンは戻ってきた。アームに何かぶら下げている。
「ドッグタグ?」
チェーンをつかんだアームの先でドッグタグらしきものが揺れている。
ドッグタグだ。ミラも首からいつもぶら下げているドッグタグである。ステンレスのプレートに名前や血液型、認識番号が刻印されている。
軍人が戦死した時、人相もわからないほど遺体の損傷が激しかった場合、DNA鑑定では時間を有するので現場で手っ取り早く個人特定を行うものだ。前時代のツールに思えるかもしれないが、この時代でもどの軍でも使用されているものである。
ドローンがローテーブルの上に降り立った。
ミラはドッグタグに手を伸ばした。だが触っていいかわからず、まず問いかける。
「見せたいものってこれ? 触っていい?」
「ああ。ブラボーⅠ時代のドッグタグだ」
手に取ってみた。
まず記載されるのはファミリーネームだ。ASAKURAとある。
(アサクラ?)
次にファーストネームとミドルネームの頭文字がくる。名前はREIとある、ミドルネームはないようだ。
続いて認識番号、その下に血液型が記載される。これはABのRhプラス。
アサクラというファミリーネームにめまいがするほどの驚愕を受けた。
まさに、頭を殴られたような衝撃であった。
***
「……え? アサクラ? え?」
ラプターの反応は、零の予想通りであった。
実際冷や汗なんてかけないのだが、背中を冷や汗が伝っているようなそんな奇妙な感覚だった。
これほど混乱しているラプターを見るのは初めてであった。彼女からまともな言葉が出てくるのを待てるほどの余裕が零にもない。彼は早口で捲し立てるように言った。
「本名は朝倉だ。君もよく知ってる東方重工のトップ、朝倉京香は俺の母親だ」
「な……え?」
ラプターは金色の目をまん丸にしていた。
「サイボーグはファミリーネーム変えるって結構あるって聞いたけど……」
「そう。なんだかんだと言いつつ俺たちサイボーグはある意味特権階級者だ。実家が特定されるとよくないことも多いからな。サイボーグ協会の幹部とか軍、政府要人はこのことを知ってるけど、基本的に君たち一般人は誰も俺の実家のことを知らない。ソックスだって知らない。キャシーはさっき話したからもう知ってるけど……」
ラプターはびっくりした顔つきのまま、言葉を発しなかった。
(だよな……一緒に住んでるのに黙ってたなんてな……)
「ってことは、ドクターアイカワはドルフィンの……?」
「そう、前に話した食器を割りまくるばあちゃん。うちのじいちゃんは医療系研究者で朝倉龍っていうんだけど、二人は別姓婚をしてる。母さんは相川ってファミリーネームは目立ちすぎるって朝倉を選択したんだけど、結局あの人も有名人になって、世間は俺たちのことを朝倉一族って呼ぶ」
ラプターは口を開いて何かを言いかけて、でもまたすぐ口を閉じた。
なんと言葉を発すればいいかわからない、そのような様子であった。
「ごめん、騙してたようなもんだ。一緒に住んでたのに自分が誰かもちゃんと言わないなんて」
(終わった……これは流石に嫌われた……)
「い、いや騙してただなんて思ってないよ! びっくりしただけ! そう、だって……跡継がなくていいの?」
ラプターが言う「跡」とは、きっと母親の会社のことだ。零は経営に興味なんてないし、面倒くさい人間関係に巻き込まれるのはもっとごめんである。
他にも色々とあったが、ここで逐一説明するのもどうかと思って一言で済ませることにした。
「興味ないんだよなぁ。あんなでっかい会社の経営とかしたくないし、機械の知識はパイロットとしての必要最低限しかないし……」
ラプターは未だ目をまん丸にしたままこちらを見つめていた。
膝の上のニコを隣の席に置いて、カメラに距離を詰めてきた。
「だからこんなにすごい部屋に住んでたんだ。なんか色々……そうか、納得した。キャシーともドルフィンは羽振りが良すぎるって話したことがあったんだよね。だって大尉の給料じゃ色々無理だし、待遇もそうだし。でも宵越しの銭は持たないって性格でもない」
「君も薄々感じていただろうに、でも何も突っ込まずに一緒にいてくれた」
「話したくなったら話すだろうから、根掘り葉掘り聞くのはどうかなって。私だってドルフィンに話してないこといっぱいまだあるから」
ラプターはそう言うと、もう一度手の中のドッグタグに視線を落とした。
「そうか、レイ・アサクラか……」
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