14. フォックススリー

「ドルフィンはどうなってる?」

「サミーと二機で猟犬のごとく敵機を追い詰めている。敵はまるで敗走するキツネのようだな……」


 フローリアンの目に、二機は挟み撃ちするように敵を追い込んで、まるで隙がない。


「もしや……落とす気はないな?」

「捕縛する気なんだと思う」 


 例え敵が小型の核燃料を積んでいようが、宇宙空間を飛んでいる以上推進剤が必要になる。


 大気圏内であれば、例えば核燃料エンジンを搭載している場合、無限に存在する空気を吸い込んで吐き出すことで半永久的に前に進めるが、宇宙空間だとそれができないということである。

 最低保有燃料ビンゴ・フューエルを切っても返さないつもりなのだ。


「うまくやらないと自爆される……どうするつもりだろう?」


 フローリアンは機外カメラからドッグファイトを繰り広げる三機の様子を観察した。

 ドルフィンとサミーが中口径レーザーガンと小口径レーザーガンを弾幕のように打ち続けるが、それをひらりひらりとかわし続ける敵機が見えた。

 ラプターも敵機の方にちら、と首を振った。


「あんなの後ろに目がついてなきゃ無理だ」

「君、まだ見えているのか?」

「なんとか。正確には測ってないけど、最低でも人の三倍くらい視力いいんじゃないかって聞いた」


(なんだと……視力も鳥類並だということか?)


特殊誘導弾発射フォックススリー!」


 ドルフィンのミサイル発射のコールが無線から聞こえた。


「「フォックススリー!?」」


 フローリアンとラプターの声が重なった。

 雷が落ちた。

 比喩ではない、周囲に輝きが満ちた。

 人間が太陽系内に閉じ込められていた時代ならいざ知らず、現在フォックススリーと言えば相当特殊なミサイルだ。


「こちらドルフィン、敵機の機能停止を確認」


 ドルフィンとサミーの機体が交差するように飛んでいくなか、敵機は機体を斜めにしたまま吹き飛ばされていく。


「もしかしてショック弾頭!?」


 ラプターの発言にはっとさせられた。敵に電磁パルス弾を打ち込んで機能停止に追い込んだのである。電子機器を麻痺させたのだ。


「だからあれほど接近していたのか……それでエンジンだかどこかに打ち込んだと」

「相当ピンポイントで狙わないとダメって聞いたことがある。キャシーは実戦では正直使い物にならないシロモノだってこの前言ってた」


(東方重工の新作だろうな……早速スクランブルで積んで使いこなすなんてさすがだ)


 脱帽するしかない。


「こちらホークアイ。攻撃管制、敵機全ての沈黙を確認した」


 やれやれ、という気持ちでフローリアンは攻撃管制に報告する。

 今日一日で寿命が10年縮んだ気さえした。

 


***


 発艦や着艦の管制を司る管制塔が潰され、本来は戦闘管制を担う攻撃管制が全ての管制業務を代行する中、現場は混乱しているのか着艦命令はまだ下ってこない。


 零はホークアイの機体のそばで待機していた。

 もちろん、サミーも一緒である。

 今回は本当に危なかった。

 ソックスは先ほど救護艇で救助された。受け答えも問題なさそうだったし、きっと無事に違いない。


「ホークアイ」   

「なんだ?」

「ラプターはどうしてる?」

「サミーに説教をしている……混ざるか?」

「いや、今はいい。今回はラプターに任せよう」


 零はそう答えると、ホークアイの機体をまじまじと観察した。右翼の先と尾翼は焦げて変色しているし、エンジンにも相当負荷をかけたはず。


「目視した限り焦げているくらいだが、航行に問題ないか?」

「ああ、自己診断する限りではな。どこか歪んでいるかもしれんが命には代えられん。ラプターには感謝するほかない。あんなアクロバットは懲り懲りだが」

「俺はホークアイの無様な悲鳴を聞けたことをラプターに感謝したい」

「忘れろ! それは忘れろ!」


 ホークアイが吠える。面白い限りである。


「ラプターには助けられてばかりだな、俺もお前も」

「ああ、全くだ……ドルフィン、メインアイランドに帰ったら思っていることはさっさと伝えたほうがいいぞ。我らは戦時下の軍人だ。いつ離れ離れになるかわからない」


 確かに言われた通りであった。


「さっきキャシーにも横から来た男に掻っ攫われるかもしれないぞと警告された」


 それを聞いたホークアイは楽しそうに笑っている。


(こっちだって色々思うところがあるんだ……)


「私にその気がなくてよかったな。殴られた甲斐があるというものだ」

「あの時は……悪かった」

「私も悪かったし、気にするな……と言いたいところだが、これを機にせっかくだから思っていることを伝えておこうかと思う」

「なんだ?」


 零は警戒気味に問いかけた。


「私は君らを友人だと思っている。二人とも後悔はしてほしくない。だから私のためにもささっと自分の気持ちに正直になれ。謝罪を聞き入れるのはその後だ」

「……善処しよう」


 他になんと言えばいいかわからなくて、零はぶっきらぼうに言い放った。


(……この野郎、わざと噛ませ犬役を買って出たんだな)


 なんて世話焼き野郎だ、と零は言葉に詰まる他なかった。


***


「降りたら超絶怒られると思うよ」

「でしょうね……」

「私とホークアイがいたから心配になったのはわかる。でもダメだからね。今回だってどんな処分が下るか……」

「はい……わかっています。ですが、例えキャシーが口を訊いてくれないくらい怒ったとしても、軍から機体の使用を禁じられても、それでも二人を失いたくなかったんです。もう会えなくなるかもしれないと考えると居ても立ってもいられず」


 その言葉自体は単なる言い訳でしかないのだが、そこまで自分達を大切に思ってくれていることには少々嬉しくなったミラであった。


「悪いことってわかってるだろうからもう言わないよ。じゃあ、ここからは私個人としての言葉。ありがとう、助かった」


 実際、結果オーライではある。

 ドルフィンとソックスの二機だけではこうはうまくいかなかった可能性が高い。現に、ソックスは撃墜されてしまった。

 しかも、ラーズグリーズの護衛戦闘機に関しては不具合が発生して発艦できなかった。


 他にも待機していた機体は多数あったはずだが、管制塔がやられたことによるシステム不具合と混乱によってスクランブルできなかったのだろう。


 おそらくサミーは最悪の事態の確率をさっさと計算で叩き出していたのだ。だから自分を出せと言ったのである。

 そして、現実問題あの時にすぐに出られる機体はサミーしかいなかったのだろう。サミーは時局を考慮し、人間の命令すらも無視できるらしい。

 なんとも恐ろしい気がしたが、サミーならば選択を間違うことはないだろう。ミラは心からそう思っていた。


「二人が無事でよかったです」

「サミーも無事でよかった。機体の調子も大丈夫?」

「はい、機体に問題はありません。私のことはいいんです。あなた方は唯一無二です。私の戦闘データは外部サーバーにもデータがあります。別のAIに乗せればいいんです。替えがいくらでも効きます。ですがあなた方はそうではありません。大切な友人なんです。間に合ってよかったです」


(替えが効くだなんて……)


 サミーは唯一無二の存在だ。

 他のAIでは彼の代わりはできない。ミラにとってですらそうなので、だったらキャシーがどう思うかなどいうまでもなかった。


「別のAI戦闘機にサミーの戦闘データを移し替えても、私とホークアイを助けにきてくれなかったでしょ? サミーも私たちにとっては唯一の存在だ。忘れないで、自分を大切にしてほしい」


 AIにも生存本能がプログラミングされている。それを優先するならば、その上人類の生存を優先するならば、ここで無理して自らの身を危険に晒してまで宇宙に飛び出してくることはないのである。

 最悪の事態、敵機の情報収集をして地球なり別の船団に逃げればいい。

 サミーは自分自身の意志でミラとホークアイを助けに来てくれたのだ。


「はい、わかりました」

「約束できる?」

「はい、約束します」


 ミラはその言葉に安心して、ドリンクホルダーのストローに口をつけた。


「ラプターも約束してください。ドルフィンを見捨てないであげてほしいんです」


 いきなりのドルフィンの話題に、ミラは盛大に噴き出しそうになった。


(もうちょっと脈絡のある会話をしてほしい……)


「見捨てない、見捨てないよ!」

「それはよかった、一安心です。ドルフィンはあなたがいないとダメなんです」

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