12. AWACSの操縦 ミサイルアラート

「なんだ? サンダーボルト!」


 ホークアイが声を上げて、戸惑いながらも操縦桿を握り続けていたミラの目の前のレーダーディスプレイの一部が欠ける。


 我が目を疑いそうになるが、これは現実である。

 続いて、サンダーボルトに随行していた護衛の戦闘機がレーダー上からロスト。


「ラプター、サンダーボルトが被弾した。なんてことだ、近づかれるまでまったく見えなかった。アクティブ・フェイズドアレイ型の最新式特殊レーダーが……」


 このレーダーを逆探知することはほぼ不可能だ。ミラはそう思っていた。ホークアイもそう思っていたはずだ。


(どうやって狙った!?)


 ワンテンポ遅れてサンダーボルトからも通信が入る。


「こちらサンダーボルト。レーダーに何か喰らった! 航行に問題はないが完全に目を潰された。帰投する」

「こちら管制塔、ワイバーン小隊発艦準備完了。サミットも無理やりエレベーターでリニアカタパルトに上がった」


(サミー、まったく勝手なことを!)


 またもやレーダーにノイズが走って消える。


「メインアイランドのレーダー一基、ロスト。ミサイルではないだろうな。あの距離からここまでピンポイント射撃だと? 馬鹿な……レールガンか何かか?」

「迎撃システムが作動しない兵器?」


 あまりにも弾が小さすぎれば探知は不可能だ。


「ああ、どうやらそのようだ」


 ミラは管制塔が見える位置まで機体を飛ばした。そして、言葉を失う。


「な……」


 メインレーダーと管制塔は大破、跡形もなくなっていた。


「こちら攻撃管制。データリンクシステムがダウン。何も見えない! 管制塔との通信途絶。ホークアイ、管制業務を引き継いでくれ!」

「こちらホークアイ、了解した。管制塔を目視した。メインレーダーとともに大破だ! Scheisseクソが! ユニバーサルウィングは何を……」


 その時であった。船団背後を守っていたもう一機のエーワックス、ユニバーサルウィングがレーダー上からロスト。後方のレーダーも一部欠落。


 メインアイランドには他にも複数のレーダーが備えられているが、メインアイランドのデータリンクシステムが完全にダウンしている。

 今や、サブアイランド搭載レーダーで中・近距離をなんとかカバーしている状態だ。流石のホークアイも言葉を失ったようだ。


「こちらホークアイ操縦中のラプター。ユニバーサルウィング、レーダー上からロストを確認、護衛の戦闘機も全機ロスト!」

「こちら攻撃管制。ラプター、ホークアイの補佐を頼む!」


 それは悲痛な声だった。

 本来宙域の状況を確認し発艦などの許可を下す管制塔がやられ、迎撃作戦を指揮管制する攻撃管制はメインアイランドのデータリンクシステムのダウンでレーダーを見ることもできなくなった。

 他にもサブシステムは存在するが、さすがの損害ですぐに復旧ができないのだろう。


 AWACSは他にも何機も存在するが、宇宙に出ていなければ何の意味もない。

 残っている管制は最早ホークアイだけなのだ。全ては彼にかかっている。

 向こうもわかっているのだ、散歩していただけの戦闘機パイロットに頼むには酷な仕事だということを。だが、頼みの綱が他にない。


「こちらラプター、了解」


 自分に出来ることは限られていた。だが、せめて、ドルフィンが来るまで堪えなければ。

 彼ならきっとこの戦況をひっくり返せる。根拠も何もないがそう信じている。


「こちらガーゴイルワン、会敵まで20秒」

「こちらホークアイ、交戦を許可する。砲座を備えた機体をなんとしても破壊せよ!」

「了解した!」

「ガーゴイル小隊がやられてないってことは、動きが早い相手には当てられないってことか!」


 ミラははっとして声を上げる。そうだ。自分達も今まで低速ではあるが航行していた。

 船団は慣性航行中、他のエーワックスたちはそれを先行、あるいは随行する形で、ほぼ同じ場所に留まっていた。動きを読めたから当てられたのだ。


「停泊や慣性航行は危険だ。前線管制ができるこのエリアでメインアイランド周辺を周回してくれ。だが一定スピードだと読まれかねん。こんな訳のわからん指示を出したくないが、臨機応変に頼む!」


 ディスプレイにエリアが指示された。よし、これなら任せてほしい。


「了解!」


 ホークアイの操縦にやっと慣れてきた。やはり戦闘機とは手応えがまるで違う。とにかく大きくて重くて俊敏な動きなどできない。 

 周囲を見渡せば、サブアイランドのドックから緊急発進をかけてきた護衛艦隊が展開して行くさまが見える。


「やはり足は遅いな。だが仕事は的確だ……」


 レーダーが復旧してくる。護衛艦隊の各艦のレーダーとホークアイの管制システムがリンクされたのだ。この間も、ホークアイは前線に指示を送り続けているのだろう。


「こちらサン・フランシスコのラーズグリーズ! 管制のノン・サイボーグどもは当てにならん! ホークアイ、後ろは任せて前線管制に集中してくれ。レーダーはAI支援でなんとかなるが管制は引き受けられない! 私の甲板のアマツカゼ2機をそちらに出撃させ護衛させる!」


 凛々しい女性の声が聞こえた。

 全長二キロを誇る、ブラボーⅡが誇る主要戦艦のサン・フランシスコ。

 次の瞬間、ブラボーⅡで最も古参のフル・サイボーグ、ラーズグリーズが核となっているサイボーグ・ミサイル駆逐艦のイージス・システムがデータリンクされた。


 サン・フランシスコに載っているフル・サイボーグはラーズグリーズただ一人。通常複数名でコントロールするシステムを一人でこなす彼女は、サイボーグシップの中では格が下な駆逐艦のサイボーグシップであるにもかかわらず一目置かれる存在だと聞いている。


「ラーズグリーズ、助かります。ですが、私は今専属でもないノン・サイボーグに操縦桿を任せているんですよ?」

「何だって!? 珍しいこともあるものだな? 後で紹介してくれ」


(よくしゃべるな……)


 信じられない。サイボーグはこんなに私語が多いのか? いや、逆に追い詰められすぎてしゃべっているのだろうか?


「ラーズグリーズ、六時方向から未確認機接近中! かなりステルス機能が高い! 途切れ途切れにしか見えない」


 ホークアイが吠える。


「未確認機確認、ミサイルランチャーとプラズマ・ビームで迎撃する!」

「こちらドルフィン! いつでも上がれる! おい、上はどうなってる? 安全確認なんてどうでもいいから誰か発艦許可をよこせ!」


 無線からドルフィンがやたら早口で訴えかけてきた。

 ミラの目には、リニアカタパルト上のケーニッヒの姿が見えた。


「こちらホークアイ。攻撃管制、前線の敵機はユニコーン小隊とガーゴイル小隊で砲座付きの中型機に攻撃後、全機撤退。ガーゴイル小隊にしばらく周囲の哨戒を行わせる。ユニコーン小隊被害甚大。救護班の準備を!」


 この間もホークアイはたった一人で前線管制を続けているのか? ミラにはまったく理解ができなかった。


「ホークアイ、エンジントラブルで戦闘機を上げられない!」


 ラーズグリーズが焦ったように言う。

 サンフランシスコの甲板でスクランブル待機していたアマツカゼを上げられないと言うのだ。


「こちら攻撃管制、ホークアイ、了解した。救護班の準備をする。周辺状況を報告してくれ。ワイバーン小隊は上がって問題ないか?」


 攻撃管制からの通信だ。

 目をつぶされているから安全確認が出来ていないのだろう。だからドルフィンが上がれないのだ。

 もうミラは状況理解さえもままならない状態であった。

 無線とレーダーディスプレイからありとあらゆる情報が入ってくる。頭の中が洪水状態だ。

 通常、ホークアイの機体は操縦士以外に機器の操作員が通常二十名搭乗できる。AI支援でフルに搭乗しなくても運用に問題ないが、それに近い人数の仕事を彼は今、一人でこなしているのである。


「私にどれだけ仕事をさせれば気が済むんだ!?」


 ホークアイは悪態をついた。その直後無線がオンとなり彼は攻撃管制に応答する。


「こちらホークアイ、ワイバーン小隊、発艦よろし! 今すぐ上げろ! もう構わん、サミーも上がれ!」


 ヤケクソ状態のホークアイ。それに応答する攻撃管制。


「こちら攻撃管制。了解した。リニアカタパルト準備よし」

「ワイバーンワン、出撃する!」

「ワイバーンツー、出ます!」

SUMMITサミット、上がります」


 ワイバーン小隊の隊長、ドルフィン。そのウイングマンのソックス、そしてサミーの三機である。  


「こちらーズグリーズ、二匹逃した! ホークアイ、そちらに向かっている!」

 ミラは状況確認のため首を振った。ヘッドアップディスプレイに敵機一機の擬似解析映像が映る。 

 このもっさりした動きしかできない機体でどうしたらいい? もう一機はどこだ?


 首を正面に戻した時、そのもう一機が背面飛行でこちらに向かってくるのを確認した。真正面だ。


「しまった!」


 ホークアイが声を上げた。ミラはもう声も出なかった。


(なっ……!)


 もうやられる! そう思った時だった。敵機は逆噴射を行ったのだろう。ほぼ真上、背面を合わせるような状態で止まったように見えた。


(信じられない……)


 人間にはこれを行うことはもちろん、この機動に耐えることもできない。

 ミラは機体を透かして敵機を見上げた。

 一瞬見つめ合うように対峙すると、その機体は後方に飛び去っていった。

 

 ミラは我に返って機体をバンクさせた。背後にいたはずのもう一機がこちらに向かって突っ込んできた。

 アラートが嵐のように鳴った。ロックオンされたのだ。


(一機目で解析してもう一機で攻撃といったところか?)


 ミラがチャフとフレアをばら撒くと、ミサイルが誤認識して爆発。


「ナイスだラプター!」


 敵の猛攻にチャフとフレアの残弾など考えている余裕もない。立て続けに鳴るアラートに、ミラは間髪なくチャフとフレアを展開。


 空気のない宇宙空間で一定秒数発熱するように設計されているフレアは装置自体が大型だ。それほどの球数は載せていない。あっという間に残弾が尽きる。

 右の翼をビーム砲が擦過。敵機は後方に飛び去っていく。


 敵機反転に入る。


 先ほどの行動の意図が読めないが、今や敵機は完璧にこちらに攻撃を加えようとしている。


 このままだと六時方向、つまり背後からやられる。チャフもフレアも残弾はゼロなのだから。

 ドルフィンはまだだろうか。


「こちらホークアイ! ワイバーン小隊、サミー、制限を解除する! 援護を頼む!」


 ホークアイはワイバーン小隊、つまりドルフィンに助けを求めた。 


「ホークアイ! 尻につかれてるぞ! クソが!! 間に合わん!」


 ドルフィンの声が無線に響いた。

 チャフもフレアも尽きたこの鈍足の機体でどうやって敵の攻撃から身を守ればいい?


 レーダーモニターで発光するレーダー中継ポッドが目についた。

 ミラは思いついた。

 ないなら、作ればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る