11. スクランブル 敵機発見

 未だドルフィンのコックピット内にいたキャシーは、ドルフィンをからかってみることにした。


「ミラ、今日はホークアイと一緒に散歩に行ってるだろ? あの子、このままもしかしてもしかするとホークアイにひっさらわれるかもしれないぞ。どうすんの?」

「ああああそれを言わないでくれ! 考えたくもない!」

「やっぱり早めに謝ったほうがいいんじゃないのか? 心にもない嘘をつきました、ごめんなさいって」


 操作パネルの隙間の埃をエアーで吹き飛ばし、細かなゴミをハンディ掃除機で吸いながらそう提案してみる。


「……そうだね」

「今更何って拒否られるかもしれないけど!」

「あああああ! やめてくれよぉぉぉ!」


 面白すぎて笑いが漏れる。

 まさかミラがそんな意地悪をするわけがないだろう。


 今日ホークアイと出かけているのだって、せっかくだから行ってこいよとキャシーが背中を押したことがきっかけだ。

 サイボーグを攻略するならサイボーグの男に色々教わるのが一番いい。そう考えたからである。この男に教えてやる気は一ミリどころか一ミクロンもないが。


「君に話してよかった。俺が誰だかわかった後もいつも通り接してくれる」

「そりゃあこれだけ付き合い重ねたら今更だろ。作戦勝ちだよ。まあ騙してたのかってブチ切れる人も中にはいるだろうけど、アサクラ一族ってなったら壮大すぎてなかなか言えないって冷静になるとわかる」


 銀河で一番有名な一家と言っても過言ではない。

 そうそう簡単に言えるようなことでもないだろう。


「君はブチ切れるタイプだと思ってた」

「どちらかというとそうだけど、流石に今回は……これでドルフィンを責めたら酷だろ。色々と葛藤あっただろうし」

「すごく辛かった。騙してる気分だった」


 だろうなぁとキャシーは流石に同情せざるを得なかった。

 レイ・アサクラか。なるほどしっくりくる名前である。


「でも話してくれて嬉しかったよ」

「そう言ってもらえてものすごく楽になった」

「さて、コントロールパネルも拭き終わったし、そろそろ戻る」

「ああ、ありがとう。助かった」


 キャノピがゆっくりと開いた。


「シートにも座っちゃったし、次はミラを乗せてやってくれよ。ちゃんと思ってること話してからでいいからさ。本当に」


 前回はバーチャルドルフィンともサシ飲みをしてしまったし、もういい加減ミラがやっていないことをドルフィンとするのはごめんだ。申し訳がなさすぎる。

 自分が彼女の立場だったら、嫉妬で怒り心頭でもおかしくない。


(ドルフィン、変なところで女性の扱いが下手すぎるな……)


「そうだね……話してみるよ」

「それがいいよ」


 荷物をまとめて、ラダーに足をかけようとしたその時。

 うるさいほどの警報が格納庫にこだまする。彼らにはよく知った警報だった。

 そう、スクランブルだ。


「ふざけんなよ!」


 キャシーは悪態をつきながらラダーを駆け降りる。


「なんだってこんな時に! エンジン入れる!」


 キャシーが地面に足をつけたことを確認してドルフィンが声をかけてきた。


「OK!」


 発艦担当のスタッフが駆け足でこちらに向かってくる。皆が各所の最終点検を始める。だが、様子がおかしい。


(ドルフィンは30分待機だったはず)


 別に待機しているガーゴイル小隊は5分待機ですぐさま発艦できる状態だ。ドルフィンの小隊、ワイバーン小隊は30分待機という比較的余裕のある待機区分。

 ゆえに、キャシーはコックピットの掃除などという呑気なことをやっていたのである。


 だが、この慌ただしさはただごとではない。ソックスの準備が出来次第すぐ上がるのだろう。

 二人が考えていることは一緒だった。何かが起こっている。

 今、ミラとホークアイは宇宙空間を散歩中だ。一刻も早く助けに向かわねばならない。

 

***


「まあドルフィンは……色々抱え込んでいる男だから待ってやってほしい。私が言えるのはそれくらいだ。決して君のことを……」

「わかってる。ドルフィンにも色々事情があるって」

「ならいいんだが」


 ラプターは明るく振る舞っているように見えて、存外気落ちしているようにフローリアンの目に映った。


「ねえ、仮想現実空間のドルフィンってどんな感じ?」

「そうだな……ログインはしていても、一人で部屋にいることが多いようだ。人前にはあまり出てこない。出てきてもサミーと遊ぶか……あとはそうだな、こちらの会合に参加するときくらいだ」

「あ、そうなんだ」

「どちらかというと、そちら側にいることが多いと思うぞ。安心したまえ、君の敵になるような女性はいない」


 何を言っているんだ、とでも言うようにラプターが戸惑った顔をした。


「奴は未だにサイボーグになりきれていない。どうしてもこちらだと浮いているな……こちらにドルフィンが来たとき一番最初に仲良くなったのがエリカだったから二人がくっつくかとも思ったんだが、お互いにピンと来なかったらしいな」

「私もそれは不思議だった」

「だから私も聞いてみたことがある。あれだけ気も合っているようだし、なぜだとな。ドルフィンは言った。なんとなく自分の母親に性格や言動が似ていて無理らしい」

「……ドルフィンのお母さんってあんな感じなんだ」


 その時だった、突如レーダーに何か映った。

 フローリアンは慌ててラプターに声をかける。


「ラプター、レーダーに怪しい影がある! 近いぞ。しまった、仕事中ではないから長距離レーダーを切っていた……」


 長距離レーダーは燃料を食うのである。オンにしていた中距離レーダーで敵機を捉えたのだ。

 メインアイランドのレーダーからは遠すぎて見えていない位置だ。早期警戒衛星やレーダーポッドを掻い潜ったのか。先行艦隊だって航行しているというのに。

 今までより強力なジャミングシステムを搭載している可能性に愕然とする。


(なんということだ……気づくのが遅すぎる)


 ここまで接近を許したサンダーボルトにも憤るが、先行する哨戒艦隊の目を盗んだというのか! 


 間違いであればいい。急いで詳細を解析するとともに、無線をオンにする。ラプターのディスプレイに情報を慌てて映す。五〇〇キロも離れていない。

 無線で敵機の情報を伝えようと声を出しかけたその時、ようやくサンダーボルトから通信が入る。 


「こちらエーワックスサンダーボルト。ポイントRロミオ13ワンスリーに正体不明機多数出現。偵察中のユニコーン小隊、コンタクト」


 コンタクト、ということは未だ交戦エンゲージには至っていない。


「やられる前にやらないと……」


 ラプターの言葉はもっともだった。少数で偵察に来ていたと思しきゼノンならばともかく、多数機で出現し、こちらの警告で逃げていったことなどほとんどない。



 フローリアンは自機が持ちうる全力で敵機の分析を始めた。相変わらずノイズが多い空間だ。

 彼は同時に戦闘管制に自分はどうすればいいかを問い合わせる。

 返事が来た。ラプターのいる機内へのスピーカーは切ったままで応答する。


『ホークアイ、現空域からメインアイランド腹側に退避しつつ、スクランブル部隊の補佐をせよ』


 指定座標が表示された。


『こちらホークアイ、了解した。上がってくるのはどの部隊だ?』

『ガーゴイル小隊とワイバーン小隊だ。ワイバーン小隊アルファ、ベータ機はホークアイの護衛に回す。な、SUMMITサミット! お前に発艦許可は降りていないぞ! おいっ!』


 ぶつり、と通信が切れた。サミーが出撃しようとしているに違いない。

 ワイバーン小隊はドルフィンが率いている小隊だ。

 フローリアンはレーダーに目を向ける。最早眩暈がした。


「交戦が始まってしまったようだ。これからガーゴイル小隊とワイバーン小隊がスクランブルしてくる。おそらくサミーも来そうだ。出せと暴れているらしい。私は前線に向かうガーゴイル小隊の目になるように命令が飛んできた。ワイバーン小隊は私の護衛についてくれる」


 ホークアイは旋回をして指定されたポイントに機首を向けた。


「え? サミーが?」

「おそらく我々がいるからだろうな。まったく、軍規に背いたらあやつとて懲罰……」

「ワイバーン小隊ってことはドルフィンも来るの?」

「ああ、安心しろラプター。ドルフィンが守ってくれる」


 フローリアンは半分自分に言い聞かせるように言った。

 自分は本来非番なのだ。半年くらい前にドルフィンとラプターにしでかしたことがまさか自分に降りかかってくるとは思ってもみなかった。


『こちらユニコーンワン、今まで見たことのない機体だ。中型、砲座を備えている……ユニコーンツーがやられた!』

『ユニコーンスリー、右エンジンに被弾!』


 次の瞬間にノイズが聞こえ、ユニコーンツーとスリーはレーダーからロストした。

 状況は最悪であった。



 フローリアンはメインアイランドに搭載されたレーダーとサンダーボルト、それから船団後方を観るもう一機のエーワックス、グローバルウィングのレーダーをデータリンクし、戦況を全て把握していた。


 彼は悩んだ。手も足も出ない状態のラプターに通信を聴かせるかどうか。

 だが、彼女とて百戦錬磨のパイロットだ。心は決まった。


「管制塔と攻撃管制の音声をオンにする」

「了解」

『こちら管制塔、ガーゴイル小隊へ、各種制限を解除する』


 レーダーに機影が出現。きっかり4分で発艦した。緊急発進スクランブルは5分以内と言われるが、実に優秀なパイロットと発艦スタッフである。


「嫌な予感がする」

「何か出来ることはある?」


 ひとりごとのように呟けば、ラプターがそう問いかけてきた。

 フローリアンはガーゴイル小隊の支援のために敵機の座標を送りながらしばし逡巡した。


 管制官もレーダー技師もいない。だが、それらをラプターに任せることはできない。自分で全てこなすしかない。


 彼女に任せられることは一つだ。

 ラプターほどのパイロットならば、身を委ねても構わない。ホークアイは腹を括った。


「……操縦を頼みたい。言うまでもないが、レーダーポッドだけ気をつけながらディスプレイで指示している範囲内にいてくれさえいればいい。速度も画面上で指示を出す」

「……わかった」

「役に立つかどうかわからんが、レーザーガンが使える。使用を許可する。初めに説明したチャフとフレアも君の判断で使って構わない」

「了解」

You have control!ユーハブコントロール


 フローリアンは制御を手放した。

 ぐ、と操縦桿をラプターが握る。


I have control!アイハブコントロール

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