10. 宇宙空間 サンダーボルト

 ブラボーⅡは暗黒に埋め込まれたような宇宙空間で燦然と輝いているように見えた。


 地球に生まれこの船に乗り込んだものはどんな心境だったのだろう。夢や希望を抱いて乗り込んだに違いない。

 ミラは思った。この船は人類の夢を積んでいる。絶対に守らなければならない。


「こちらサンダーボルト。ホークアイ、君が散歩しているなんて珍しい。どんな風の吹き回しだ?」


 突如通信が入った。


「こちらホークアイ、私も散歩くらいはする。今日は同乗者がいるのでな」

「新人の整備士か? それとも管制官か? レーダー技師か?」

「存外食いつくな? 友人のパイロットだ」


 ホークアイは心底面倒そうに今日の宇宙そらを守るエーワックスのサンダーボルトに通信を返した。


「パイロット?」

「サンダーボルト、こちらホークアイの副操縦席のラプターだ」


 ミラは焦ったくなって声を出した。


「先の戦闘の英雄だな。なるほど、同じサイボーグのドルフィンの恩人となれば君のような偏屈サイボーグでも興味を持つか」


 偏屈などとまあよく言うものだ。


「無駄口はやめて仕事をしたまえ。有事以外で連絡はするなよ!」


 ホークアイはばっさり言い放って通信を切った。


「全く、これだからあの男は……」


 サンダーボルトはミラたちと同じ健常者だ。ホークアイが言うところのノン・サイボーグである。


「サンダーボルトはなんて言うか、そういうの好きだよね。どこの誰と誰が付き合ってるとか」

「明日から変な噂が流れそうだな」


 ホークアイの声色は存外楽しそうだ。


(これはまずい……)


「ドルフィンの耳に入ったら面白くなりそうだな。奴をいじるネタが増えて嬉しい」

「ちょっとホークアイそれは!」

「私は性格が悪いんだラプター。自分よりできる男を揺さぶるネタがあるのは楽しくて仕方ない。大丈夫だ、私は君に意地悪する気はないから安心したまえ」

「あ……そうですか」


 まあ確かにドルフィンはいじると面白いのかもしれない。いじられ慣れてなさそうだ。

 だが、ミラはそれより気になることがあった。


「ちょっと話戻していい? ……サンダーボルトが言ってたけど」

「なんだね?」

「ホークアイはあんまり散歩しないの?」

「あまりしないな。私の場合コストがかかりすぎる。散歩は権利としては認められているが、個人的に思うに、散歩は権利としてに意義がある。まあ親戚くらいは乗せたことあるがな。機材が多くて重いこともある。……そう気にするな。ドルフィンはミサイルを何発も抱え込んでいても、私なんぞよりよほど軽い」


 ミラは前の上官のサリバンが言っていたことを思い出した。

 確かに燃料は税金だ。宇宙空間を飛ぶためには推進剤も積んでいかなければならない。

 あの男の言っていたことも確かに間違いではないのである。


***


(早く自分が特権階級だと言いたまえ、ドルフィン)


 ブラボーⅡはゼノンからの大規模攻撃以降、ブラボーⅠからかなりの武器、兵器の援助を得ている。その出どころはほとんどが東方重工ブラボーⅠ社である。


 東方重工ブラボーⅡはメイン工場をゼノンに破壊されて、その生産性は半分以下に落ちている。


 東方重工の競合である地球のアメリカにある航空宇宙船の開発製造会社、プログレス・ゴールドシュミット社にも応援を頼んでいるが、ブラボー姉妹船団は圧倒的に東方重工製の戦闘機や宇宙船、武器が幅を利かせていた。

 皆他社製品の操作に不得手なのである。

 フローリアンの機体も製造元は東方重工なのだ。


 彼はよくわかっていた。ドルフィンがここブラボーⅡにいる意義を。


(さもなくばとっくに船団丸ごと宇宙の藻屑になっていただろうな……)


 ドルフィンはそれこそ毎日のように好き勝手飛び回って燃料を浪費しても、誰にも文句を言われないほど存在自体に価値のある男である。

 だがしかし彼もあれでいて分別がある男なので、散歩は月に一回するかしないかくらいだということは聞いていた。


「ドルフィンとて月に一度くらいしかしないし、エリカもそうだ。あまり気にすることじゃない」

「まあでも……税金だもんね」

「我らはそれ以上の働きをしている。人命とかけがえのない生活というプライスレスなものを守っているんだ、身体を張ってな。これくらいの娯楽、特権が認められなくば誰が過酷なサイボーグシップなどなるだろうか。我らサイボーグシップに散歩に誘われることは名誉なことだぞ、ラプター」


 フル・サイボーグになることが決まった時点で、公務員になることがほぼ決定する。

 しかもサイボーグシップとなれば身体を張らなければならないかなり危険な仕事になることも多い。


「ありがとう、ホークアイ」

「私は事実を述べているだけだ」


 ラプターは隣のシートに手を伸ばしてそろりと撫でてきた。目はこちらのカメラに向いている。


(サイボーグの扱いをよく心得ているな……)


 きちんとカメラを見て話しかけてくれるのである。

 ラプターはなんて人たらしなのだろうとフローリアンは思った。

 あれほど優秀な面々が彼女の周りに集まる意味が、少々わかった気がした。

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