9. 宇宙空間 ミラとホークアイの散歩

「ホークアイの副操縦席……緊張する!」


 発艦担当のスタッフが機外を点検している間、ミラはそわそわしながらシートにバックルで身体を固定した。

 今回はお客さまではなく一応副操縦士として搭乗するため、復習がてら一通りコントロールパネルや操縦桿の説明を受ける。


 輸送機の操縦も訓練生時代に経験したことのあるミラにはなんの苦もなかった。各種レーダーを除いた操縦関係だけなら、戦闘機よりははるかにマシだからである。

 各種ベルト、酸素マスクも確認する。


「肩の力を抜きたまえラプター。点検完了。発艦整備員に合図する」


 ここで確認が終わるとパイロットは親指を立てて発艦指示係に合図を送るのだが、それができないサイボーグシップはコックピット内のグリーンのライトを点灯させる決まりだ。

 隣の無人の操縦席が不思議でならない。発進ラインへ進み、ゆっくりと機体がエレベーターに乗りこむ。


 問題なく甲板のリニアカタパルトの上まで辿り着いたところでまた最終チェックを受けて、ホークアイが機体の最終報告を行う。

 ミラは思った。


(自分の時と変わらないんだけどなんだろう……)


 ホークアイに乗っている。そう思うとなんだか落ち着かない。


「出るぞラプター、発艦準備完了だ」

「了解」


 機体にブレーキがかかる。視界の端で、スロットルレバーが勝手に押し込まれた。ミラはエンジン計器を確認する。


「エンジン出力安定スタビライズ!」

「離陸する」


 ミラのコールでホークアイがブレーキをリリースし、機体は宇宙空間へと打ち出された。そこから制限解除まではオートである。


「あまり変わらないのではないか?」

「複座に乗ってた頃を思い出した」


 訓練時代の練習機をしみじみと思い出す。

 管制の指示でホークアイは機体を旋回させた。


(自動演奏のピアノみたいだ……)


 隣の無人の席で勝手に動く操縦桿から目が離せない。


「ドルフィンもこうだぞ。しかも、私と違って自分の目の前にある操縦桿が勝手に動くから面白いはずだ。そのうち乗せてもらうといい」


 ……果たしてそのような未来は来るのだろうか、とミラは目を泳がせた。


「あの男は今頃、荒れまくっているはずだ。何せ君が私のコックピットにいるのだからな。面白くて仕方がない」


 ホークアイは笑っている。

 彼に誘われてひょいひょい乗り込んでしまったが、少々罪悪感を感じる。これではまさしくデートである。


 ミラはエリカが言っていたことを今になって思い出した。サイボーグシップは整備清掃関係以外ではコックピットに人を入れないのだと。ましてや、航行中は複座の機体であってもよほど信頼したパイロットしか乗せないと聞く。

 エーワックスはその仕事の関係上、専任の副操縦士を乗せて状況に応じてコントロールを預けると言うが、それは例外中の例外として扱われていると聞いていた。


 ホークアイはドルフィンを煽って喧嘩した挙句、後に引けなくなったのだろう。だから大サービスで自分を乗せてくれているのだ、きっと。


(ホークアイ、めちゃくちゃいい人だよね……マメだし)


 ミラは確認するように聞いてみた。


「通常は航行中のコックピットに人入れないんでしょ? サイボーグシップって」

「そうだ。私が操縦している時、コントロールパネルや各種計器、スロットルや操縦桿はコックピット内からは操作できないように制限はかけてあるが、私たちにとっては内臓のようなものだからな。君だって大して仲良くもない医療関係者でもない人間に身体をいじられるのはごめんだろう?」

「そう考えるとちょっとゾッとする」


 ミラは計器類を注視しながらそう返した。


「まあこれはたとえ話しだがな。そちらの計器も今から私が管理する。楽にしてくれて構わない……それにしても君、ソワソワしすぎだぞ。面白いな」

「なんだか急に……浮気しているような気分になってきた」

「君はお断りされたんだから、誰と出かけようがどのサイボーグシップと散歩に行こうが誰からも後ろ指刺されることはない。後ろ指刺されるべくはむしろこれでああだこうだ喚き散らして私の襟元を引っ掴んできたドルフィンだ。サミーも呆れていた」


 確かにサミーは呆れ返っていた。


「もうあのつまらない大馬鹿野郎の話はやめとしよう。君に聞きたかったことがあるんだ」

「何?」

「君の白い相棒について教えてくれないか? 私とドルフィンで救助したあのぬいぐるみだ」


 ミラは分かりやすく破顔した。


「ニコのこと? なんでも聞いて!」


***


 相棒の話に話題が移ると、ラプターは一転して笑顔になった。


「彼は誰かからのプレゼントか?」

「実験室にいたとき、家政婦をしてくれてた人がくれたんだ。ユキって名前の人。料理がうまくて、私とダガーをすごく可愛がってくれた」


 フローリアンは驚きを隠せなかった。彼女たちに寄り添ってくれた職員もいたのか。


 だがわからない、第二次大戦中も収容所のユダヤ人に一見寄り添うそぶりを見せて、子供たちにおぞましい実験を行っていた医者がいたことを彼は自身の出自もあってよく知っていた。

 悪名高き独裁者、アドルフ・ヒトラーは自らのルーツ、オーストリアの出身である。


「そうか、名前は君が?」

「名前はね、その人の息子のシュンイチって人がつけてくれた。二人は……私たち寄りだった。シュンイチは心臓が悪くて、親戚のあの男に頼って、それで……」


 フローリアンはふと思い出した。内部告発者がいた。ファミリーネームは同じマツヤマ。名前は確か、ユキと言った。


「ユキ・マツヤマだな。思い出した。君たちの実験室を告発した人間だ」


 実験室のことに関して、フローリアンは誰よりもよく記憶していた。

 遺伝子操作で優れた人間を作り出そうという発想が、自分の存在を何もかも否定していたからである。

 自分の場合、頭はそれなりに役立つはずなのに身体はそれについてこないのだ。


「そう。シュンイチもとても学校に通えるような容体じゃなかった。実験室で私たちと一緒に育ったんだ。シュンイチの手術も終わって、容体も安定した。そしてあの頃は本当に私たちの扱いがひどくなってた。思ったほど能力が発現しないと……」


 ラプターは目を伏せた。ホークアイは言葉を促すように言った。


「安楽死か。そんな中で君は生き残ったんだな」

「うん。でもフィリップ……ダガーは危うかった。今でこそものすごく耳がいいけど、子供の頃はそんな片鱗全然なかったから次の処分リストに載ったみたい。ユキは自分が世話してる子供を殺されるのが許せなかったんだ。それで……」


 次の処分リスト。人相手に聞くような単語ではない。

 彼女は生き残るために必死に己の才能を磨いてきたのではなかろうか。


「なるほどな。彼女なら納得だ。確か君たち実験室の犠牲者が署名活動して恩赦で釈放されたんだろう?」

「うん、今はブラボーⅠにいる。向こうは社会からドロップアウトしちゃった仲間がいっぱいいるから。シュンイチはあの後大学に入って、今は研究者として働いてるみたい。お母さんとお兄ちゃんがいたらあんな感じなのかもしれない」


(きちんと育ててくれた大人がいたんだな……)


 ホークアイは船団に背面を向けて航行をしながらラプターに声をかけた。


「話の途中ですまないが、外を見てほしい。普段操縦で忙しいと、なかなか外を見ている暇もなかろう」


 言ってすぐ、窓の外には恒星の光を浴びて輝く船団の姿が見えてくる。


「本当だすごい! なかなかこんなにゆっくり飛ばないからゆっくり見るの初めてだ」

「……私は君たちほどビュンビュン飛び回る必要がないからな」


 無邪気に喜ぶ姿は一見一流のパイロットとは思えない。ラプターは不思議な女性だなとフローリアンはしみじみと思った。

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