8. 第三格納庫 朝倉一族の御曹司

 ドルフィンの告白を聞いて、キャシーの思考は文字通り止まった。

 ドクター・アイカワはAI開発の学者として有名だし、キョウカ・アサクラは……。


「……え?」

「アマツカゼやケーニッヒの製造元である東方重工、君の憧れの朝倉総裁は俺の母親だ」

「まじで?」

「ああ、まじで」

「……まじで?」

「うん」

「スーパー大富豪じゃん! なんでこんな危ないのに戦闘機のサイボーグシップを? どうして!? え???」


 東方重工は単に重工業だけの組織なわけではない。傘下には軽工業を営む子会社もある上、ホテル業などの観光事業も担っているし、IT関連会社もある。色々な事業を行っているし、株式も不動産もたくさん持っているはずだ。

 その一人息子であるならば、遊び呆けていても一生過ごせるくらいの金があるはず。


 仕事が欲しければ、関連企業を一つ任されたっておかしくない立場。

 それなのに、なぜ彼は戦闘機のサイボーグシップなのだ? 彼ならサイボーグシップのうち最もエリートと言われ、最前線での戦闘には巻き込まれることのほぼないエーワックスにだってなれただろう。


 サイボーグシップの戦闘機パイロットはあまりにも危険だ。キャシーは津波のように押し寄せる情報量にあっぷあっぷしていた。

 どこから話せばいいのだろうとドルフィンは考え込んでいるようだった。


「地球の……例えばイギリスのロイヤルファミリーなんかも軍に入るだろ。俺もまあ、この表現好きじゃないんだけどセレブの仲間だから、ノブレス・オブリージュを果たさなきゃならない。パイロットには元々なりたかったし、性格的にもまあ危ないけど戦闘機がいいなとは思ったよ。で、自然と軍に入った。ここはこの前話した通り」

「で、仕事中その身体になったって……」

「実は軍の仕事じゃなくて、政府から依頼された仕事だったんだ。核実験施設の視察。祖父母は学会で、でもうちの母親も社内で色々トラブルがあって……でも景気付けに朝倉家の誰かに来て欲しかったらしく。あんまりあの日のこと覚えてないんだよ。工作員が自爆臨界させた。同時多発的に爆弾持った奴が自爆。そんで被曝した上に骨折だの外傷も酷かったから生きながら身体が壊死し始めて……あとは君ならわかるな?」


 キャシーは言葉を失った。確かに、朝倉京香はキャリアウーマンでありシングルマザーだという話は聞いたことがあった。


 テロで一人息子が重傷という話までは聞いたが、その後の情報はさっぱりだ。退院したとかそんな話も知らない。少なくとも、自分は聞いた記憶がない。

 皆おそらく、朝倉零は今も病院で意識不明のままと思っているだろう。


(情報統制したのか……総裁たちが)


 家族のことを思うと心臓が締め付けられたように苦しくなった。

 被曝すると人体は再生しなくなる。ああ、だから彼は身体を失ったのか。

 自分達の代わりに視察に行って、愛する孫や子供が身体を失ってしまった。その辛さはいかほどだろうか。


「まじかよ……そんな」

「それで、戦闘機パイロットとして復帰したかった俺に、うちの母親はケーニッヒの機体ボディを作ってくれた。ずっと言えなかった。ごめん。ホークアイとかカナリアとかサイボーグ協会の関係者はみんな知ってる。うちの軍や政府のお偉いさんも。でも一般人は、他のサイボーグ含めラプターももちろん知らないから……それで、はい、お付き合いしてくださいなんて言えるか? 俺には無理だった。俺が朝倉一族だって知ったらあの子だって怖気づくだろ」

「ミラの出自からして、そうだな。最初から知ってたらミラはドルフィンに近寄らなかったと思う。先に言わなかったのはドルフィンの作戦勝ちだと思うぜ」

「作戦でもないし勝ってない。ビビって言わなかった……いや、言えなかった。ただの腰抜け野郎だ。言えるか? あの子が施設で生きるか死ぬかの大変な目に遭ってた頃、俺はなんて恵まれた……」


(一流の御曹司もこんなに悩むんだな……)


 上流階級の人間に、悩みなんてないと思っていた。偏見を抱いていたのだと今更ながら思う。

 ドルフィンとのルームシェアは本当に楽しいのだ。キャシーも今の今まで知らなくてよかったと正直なところ思った。


 彼女は絶対にこういう男には寄り付かないようにしていた。親なしで貧乏で、里親に拾ってもらえてなんとか這い上がってきた自分を惨めに思いたくなかったからである。

 でもドルフィンは彼女が想像していた生まれながらの金持ちとは全然違っていた。


「……で、今度はミラに話すのか?」

「彼女は俺みたいな金持ちとプライベートで付き合おうとは思わないはずだ。迷ってる」


 やれやれ、とキャシーは息を吐いた。


「あのさあドルフィン、もしもミラがドルフィンは御曹司だって知って、両手を上げて喜ぶような女だったらどうだ? 嫌だろ?」

「うん、嫌だ。実際俺はそれで一度失敗してる」

「だろ? そういう人は男女問わず仲良くするのやめた方がいいぜ? 遠慮したり逃げだそうとしたりするくらいのミラみたいな相手がいいって。ガンガンいこうぜ?」


 ドルフィンはしばし何も言わなかった。


(なんか言っちゃまずいこと言ったか私……)


 キャシーは若干不安になった。


「君はすごいね。俺よりずっと若いのにいつも勇気づけてくれる」

「そうか?」


 キャシーは緑の目でドルフィンのカメラを見つめた。


「そして頭もいい。君は実力でサミーを任された秀才だ。俺はこの歳になっても母親に機械の身体を作ってもらって、祖母のお膳立てでサミーの世話を任されて。自分一人じゃ何一つできないんだ。恥ずかしすぎる。本当にラプターに……本当のことなんて……」


 サミーの開発者はドルフィンの祖母だ。すっかりさっぱり忘れていた事実を思い出す。

 ドルフィンはサミーにとっては年上の甥っ子みたいなものか。なんだか不思議だ。


「私はパイロットじゃない。だからサミーに飛び方を教えてやることはできない。それに、あの子の存在は人類の命運がかかったプロジェクトだ。ドクター・アイカワや政府は孫だからってそんな重要なAI任せるような人じゃないだろ。だってあの子はミサイル搭載してその気になればそこら辺ブンブン飛び回れるんだぜ? いい子じゃなかったらって思うとゾッとするよ」


 気休めにしかならないかもしれない。他に言葉は思いつかなかった。事実、彼は本当に優秀なパイロットだと思う。そうでなければあれほどの敵機撃墜率は叩き出せない。


「ドルフィンの腕が良くなかったら、ドルフィンの飛び方が基礎になってるサミーはとっくにどうにかなってるよ。それにあの子がちゃんと育ってるのは仮想現実空間の方でサポートしてるドルフィンがしっかりしてるからだ。な、自信持てよ」

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