7. 第一格納庫 ホークアイの機体 第三格納庫 零の機体

「子供の扱いが上手いからびっくりしてしまった」

「好きかどうか聞かれると返答に困るが、まあ苦手ではないな」


 二人は一度ミラの控室に向かった。ミラが制服に着替え終わったところで揃って第一格納庫に向かっていた。ホークアイの機体のある格納庫だ。


「私の機体ボディは君の知っての通り、E1オクルス。機内に乗り込んだことはあるか?」

「ない。もしかして乗せてくれるの?」

「ああ、せっかくだ。ドルフィンにデートするなどと挑発してしまった手前、それらしいことをしなければと思ってな」


(やっぱり挑発したのか……)


「サミーから聞いた。喧嘩になったって言ってたけど、なんでまた……」

「君たちを見ていると焦ったくて仕方ない。早くくっついてくれ。いやしかし、ドルフィンと取っ組み合いはダメだ。あの男図体がでかすぎる。簡単にやられるな……私のアバターは身長180センチに設定してあるんだが……まあ拳を使って語り合うなど慣れないことをしたことも敗因の一つだろう」


 冷静に分析し始めるホークアイに笑いそうになってしまった。


「ドルフィン、水泳だけじゃなくて柔道も黒帯って言ってたし運動神経も良さそうだから」

「まあ、そんなところも好きな要素の一つなんだろう?」


 完璧に見抜かれている。ミラは目を泳がせた。


「自分より背の大きい人見ると、それだけでとりあえず格好いいなとは思う」

「私は逆で自分より小さい男の方がいいな。女性でもだが。君に勘違いされたくないからあらかじめ言っておくが」

「ん?」

「ドルフィンはいい男だとは思うが、奴から欲しいのは信頼と友情だ。私にとってあの男は馬鹿騒ぎするのに最高な友達だ」

「大丈夫、それは心配してないよ。そうじゃなかったら私と今日出かけたりしないでしょ、ライバルな訳だし」

「違いないな」


 ホークアイは心底愉快そうに笑っていた。

 エレベーターで地下に降りたのち、水平式エスカレーター。通称動く歩道に乗る。


 無機質な銀色の天井がどこまでも続いている。


「我ら人類はDNAが遠い者に惹かれるというが、確かに人種が遠いからかアジア系はクールに見えるな。男女関係なく」

「ホークアイは、同じくらいタイプの男女が目の前にいたらどっちに声かける?」

「女性だな。間違いなく」

「へぇぇ、理由は?」

「女性の方が間違いなく抱き心地がいいからな……いやだが、男の方が同じ身体だから、どこがかわかっているから……うむ、迷うな。おっと、そんなドブネズミを見るような目で見ないでくれたまえ」


 ホークアイは愉快そうに笑った。

 移民船で暮らす人々、特にパイロットである彼らにとって、ネズミは配線をかじる天敵である。


(これ以上聞くのはやめよう……)


「いや、聞いた私が悪かった」


 彼がバイセクシャルなことは知っていたのでどこまで恋愛の話をしていいかミラも迷っていたが、彼が思ったよりもオープンに話すものでミラもつい聞きすぎた。

 抱き心地がどうだのなどとアダルティな話になるとは思わなかったミラである。


「私はバイセクシャルだからな。ゲイからは半端者扱いされるしストレートからは表立ってどうこうは言われないが、当然のごとく避けられる。君たちには感謝しているよ」

「人は理解できないものを避ける傾向がある。それは本能だから仕方ない。でもよく考えてみれば、私だって男の人だったら誰でも好きになるわけじゃないし、ホークアイもそうでしょ?」


 ミラはエレベーターの手すりにリラックスしたように寄りかかった。


「そう、そこなんだ。君はよくわかっている。私だって誰でもいいわけではないからな」

「私も普通……いや、この言葉は訂正する。マジョリティじゃないからね。存在自体が」


 人は、見慣れないものは忌避する。ドルフィンがそう言っていたことを思い出した。 


「なるほど、マイノリティ仲間か。そして君は猛禽仲間でもある。悪くないな……見えてきた。あれが私だ」


 小型旅客機をベースに作られた早期警戒管制機エーワックスホークアイの堂々たる機体が見えてきた。


 翼の下に、オプション兵装の小型のレーザーガンポッドを装備している。

 軍の輸送機などにも搭載できるものだ。実際使う場面はほとんどない。

 軍用機であるという誇示のためについていると言っても過言ではない、精度や威力は最低スペックのものである。


 それ以外は背負ったドーム状のレーダーを除けば、窓のない旅客機といった見た目である。


「間近で見るといつ見ても大きいなと思うよ」

「エーワックスとしては小型の方だがな」


 もうすでにタラップは設置されている。ミラはホークアイに促されて機内に乗り込んだ。


「コックピット広いー! すごい! アマツカゼなんてぎちぎちだよ! でもこれ本当に前しか見えないね」


 一般的な旅客機のそれに近いコックピットだ。戦闘機のものに比べるととても広い。窓はほぼフロントしか見えない。ミラとしたら正直不安になるほどの視界不良だ。


 データリンクしてもらえれば、ヘルメットのバイザーにヘッドアップディスプレイHUD、つまり視野の中に照準やらスピード計が表示される。最新式のものは戦闘機の機体をすかして身体の下なんかも見ることができる。

 おそらくそれが使えるだろう。この装備なら。


(旅客機や輸送機のパイロットに転向したらこんな感じなのか……)


「私や輸送機は君たちみたいに上下背後を気にする必要は通常ではないからな。まあ私はカメラを切り替えれば全方位見えるが。だがコックピットの窓自体は旅客機と変わらない」


 コックピットから出る。通常客席がある後ろ側には管制席がいくつかあるが、基本機材がぎっしりだ。


「ん?」


 そこにあったのはフライトスーツだ。


「飛ばないか? せっかくだから」


 ミラは唖然として目の前のドローンのカメラ、つまりホークアイの目を見つめた。


***


「ドルフィンがスクランブル待機だなんて世も末だな」

「君が俺のキャノピー磨いてるのもどうしちまったんだ? って感じだよ」

「「人手が足りない」」


 零とキャシーは二人して笑った。

 この日サミーの日常点検を終えたキャシーは善意で待機中のドルフィンの機体を磨いていた。


 副操縦士を置くエーワックスなどの一部軍用機を除き、サイボーグシップは基本コックピットには親しい人以外乗せないものだ。

 だが、点検や清掃となれば話は別である。


 本来サイボーグシップの機体の清掃は整備士やその他スタッフが行うことが多いが、彼の専属整備士は他のケーニッヒの修理の応援に行っていた。スクランブル時の発艦スタッフはいるが、かといってそこいらの発艦スタッフにコックピットに乗り込まれるのを好まない零が掃除を頼めるのはキャシーくらいである。


「機種として迎撃向きじゃないだろ明らかに。忍び寄ってドカンするのがケーニッヒの仕事だろ」

「まあな。でも残念ながら改造してるからそこそこ万能だし、この前みたいにアマツカゼのレーダーじゃダメとなるとなぁ」

「確かに……でもあれ、対策したんだろ。レーダー中継ポッドもフルで飛ばすようになったし、エーワックスのレーダーも色々改良したらしいし。おかげでホークアイは操作の習得でてんてこ舞いだって聞いたぞ」


 中継ポッドはそれ自体に燃料を積んで船団と同距離を常に保っている。運用コストが嵩むからと使い控えていたが、ここまできたら使えるものは使わなければ勝てる戦も負ける。


 前回と同程度のジャミングならば問題ないはずだ。やはりこの男がスクランブル待機させられているのは人員が足りないからである。


 ホークアイのタックネームが耳に、いやマイクから頭の中に直接叩き込まれて零は思い出した。

 今、ラプターとホークアイは一緒に出かけているらしい、という事実を。


「ん? どうかした?」


 急に黙り込んだ零を不思議に思ったのだろう、キャシーがカメラを覗き込んできた。


「今ラプターとホークアイがデートしてるのを思い出した……ああああなんで、どうしてこうなった……あいつまさかラプターに本気なのか? 無理だ。相手が生身の人間なら納得できるけどよりによって同じサイボーグ……」

「ドルフィンがミラを振るからだな!」

「だって俺……ああ、ため息をつきたい」

「断ったの、サイボーグだからってだけじゃないんだろ? シート座るぞ」

「ああ、君なら構わん」


 そう答えつつ、零は腹を括った。キャノピーが閉まる時の警告音を出してキャノピーを閉めた。


「え? え?」

「ちょっと話したい。外に聴かれたくない話だ」

「お、おういいぞ」


 キャシーは目をしばたたかせた。

 いきなり何が始まったと思っているのだろう。キャシーに話すなら今このタイミングしかない。


「そう。君が言う通りなんだ。サイボーグだからってだけじゃない……どうしてわかった?」

「ドルフィン、一般人じゃないだろ? ダガーがずっとドルフィンを警戒してたんだ。あいつのカンは一級だ。あいつがずっとなんか怪しい。ドルフィンはどことなく不気味だ。ミラのことが心配だから頼むって言ってきてさ。ドルフィン、あんた何者だ?」


 直球すぎる発言が飛んできた。ダガー、いい弟じゃないか。なかなかいい線をついている。


「実を言うと、俺のファミリーネームはサイボーグになった時に改姓したものだ……」


 そこまで言って、言い淀む。言わなきゃと言いつつ上手くブラボーⅠ時代の旧姓が出てこなかった。


「へぇ。でも割と普通なんだろ、改姓。エリカがずっとミュラー名乗ってるのが異例って聞いたぞ」

「俺の本当のファミリーネームは……朝倉だ。朝倉龍と相川一香の孫。朝倉京香の一人息子が俺の正体」

「……アサクラ?」


 キャシーは緑の目を見開いて硬直した。予想通りの反応で零は笑いが漏れそうにすらなった。

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