6. ウィーンブロック 養護施設

「なんか、外でホークアイと話すのって新鮮……」

「私も少々戸惑っている。あまりこちらの文化に詳しくないのでやらかさないよう留意するが、何かあったら申し訳ない」


 次、非番が被った日にホークアイはドローンを飛ばしてやってきた。わざわざ部屋まで。

 ミラは荷物を持ち、スニーカーを履いて表に出た。


「そういえば遅くなったけどおめでとう。少佐か……」

「君たちの方がよほど活躍しているがね」 

「私たちは結局末端だから、それこそ指揮管制がちゃんとしていないとどうにもならない」


 二人はミラが少しだけ過ごした養護施設に向かっていた。

 学校や幼稚園は基本地上に設置されていて、養護施設も同様だ。散歩がてら訪問するとちょうどいい。


「ラプターは今でも施設に度々顔を出すんだな」

「うん、世話になったからね。子供好きだし」


 午前中は施設に顔を出すつもりだ、だから午後から会うのはどうだと提案した時、この男が可能ならくっついて行きたいと言い出したことが意外であった。


「ホークアイが来たいって言ったの正直驚いた」

「なんと言えばいいのだろうか。サミーも子供みたいなものだし、少し慣れた方がいいのではないかと……」

「ああ、なるほど」


 ドルフィンも「こんな身体になってまで子育てまがいをすることになるとは思わなかった」といつぞや言っていた。


「その代わりと言ってはなんだが、午後は私に付き合ってもらいたい」

「もちろん」


 その後しばし無言だった。

 話すネタがない。

 ミラはかたわらを飛ぶドローンをまじまじと見つめた。


「ドローンの操縦ってどんな感じ?」

「そうだな、私は普段こんなちょこまか細かい動きをしないから始めは少々慣れなかったが、まあこの通りだ」


 ひらりと宙返りをして見せる。

 彼のドローンは艶のないブラック一色。最近発売されたばかりの最新の機種だと聞いている。


 パネルにはシンボルマークがペイントされている。

 今、軍のサイボーグシップの間でドローンに己のシンボルをペイントすることが流行りらしい。

 サイボーグシップだと一目でわかるので、一般人の反応も違う。サイボーグをあまりよく思わない一般人も多いが、皮肉なことに戦時下となったことでサイボーグシップの活躍が目立つようになった。


 ドローンを飛ばしていても、シンボルがついているだけで邪魔扱いされることが減るようだ。

 隣を飛ぶホークアイのシンボルはタカの横顔だ。ただし、その目は照準のマーク。リボンのような帯があり、そこに飾り文字でHAWKEYEと刻まれている。


「ホークアイのシンボルの書体、格好いいなって思ってたけどドイツの文字?」

「ああ、フラクトゥールという書体でな、古くは神聖ローマ帝国で使われていたものだ。ドイツやオーストリアでは第二次世界大戦の頃まで使われていたようだ」

「よくドイツ系のパン屋の看板で見る文字だったけど、結構歴史があったんだ」

「パン屋か。あまりこちらに出てこないから気づかなかった」

「ドイツ料理の店もそのフォントの確率が高い」

「ほう、それは興味深いな」


 結局食べ物関係の話になってしまった。

 仮想現実空間では娯楽の一種として酒や飲み物などはあるが、基本的に食事という行為はできないと聞いている。


 大抵のサイボーグはそもそも機械の身体に組み込まれる前、生身の肉体で過ごしていた頃は食事すらままならなかった者が多いことから食事という考えがない者が多いのだそうだ。

 ホークアイ、パン屋の話なんて興味ないだろうに申し訳ない。そう思ってミラは別の話題を必死に探した。

 

 施設に着くと、ミラは持ってきたお菓子を職員に手渡して、皆にホークアイを紹介した。


「同じ軍の人。ホークアイ……あ、フローリアン・ミュラー少佐」

「パイロット?」


 子供から疑問の声が上がる。


「パイロットだ。TACタックネーム。つまりコードネームはホークアイ。君たちのお姉さんは戦闘機パイロットだが、私が操るのはもっと大きい。早期警戒管制機、AWACSエーワックスと呼ばれる軍用の航空宇宙機だ」


 ドローンで飛ぶと危ないので、早々に彼は机の上に着地してモニターを借りてプレゼンを始めた。


「一見旅客機に見えるが、最大の違いがある。どこだかわかるかね?」

「上になんか変なのついてるー!」


 ミラは吹き出しそうになった。確かに、AWACSエーワックスの機体は一見旅客機。実際に旅客機を原型として作られており、最大の違いは背中に背負っている円盤状のレーダーだ。


「そう。この変なのはレーダーだ。ここから電波を飛ばして電波が跳ね返ってきたらそれを解析する。もしもそれが正体不明機なら、最前線を飛んでいるそこのお姉さんに教える。どこどこの方角、距離いくつのところに正体不明機が飛んでいる、偵察に行ってほしい、とな」


 皆が一斉にこちらを見た。


「一緒に宇宙飛んでるの?」

「うん、飛びながらよく無線で話す。一緒に飛んでるけど、私よりもものすごく後ろで飛んでるんだ。後ろからバックアップしてくれるから安心して飛べる」


 ミラは言葉を選んで説明してみた。


「私は目がいいから、彼女のものすごく後ろから状況全体を見てアドバイスをできる」


 ホークアイの軍用機講座は男女問わず人気を博した。

 職員もなかなか興味深そうに聞いていて、ミラは彼を連れてきたことを少々誇りに思った。 

 


***


 プレゼンが終わった後、わらわら囲まれて質問攻めにあったが、その後大多数はサッカーボールを持って庭に駆けて行った。残っているのはラプターを取り囲む子供たちなど数名だ。

 今は、彼女を中心としてミサンガを編んでいる。ラプターはグローブを外して素手で作業していた。


(なるほど、鳥か……)


 フローリアンは彼女の手を初めて見たのだ。

 もうこの施設の子供たちはラプターがハイブリット人間ということをよく理解しているようだった。誰もその手を凝視したり、何か言及する様子もない。

 思わず視線が彼女の手に囚われてしまったが、あまりじろじろ見るのは良くない。


(自分だって昔はじろじろみられる側だったのにな……)


 フローリアンがはカメラを外に向けた。サッカーを興じる子供たちをぼうっと眺めていると、一人の少年が近寄ってきた。


「君は外に行かないのか?」

「僕は走ったらダメなんだ、すぐ骨折するから」


 ああ、もしかして、とフローリアンは思った。この子は自分と同じかもしれない。


「私もそうだ。4歳くらいまで君らと同じく生身の身体で過ごしていたが、数えきれないくらい骨折した。耳もあまり聞こえないし、目もよく見えない。だから機械の身体に入ることになった」

「骨形成不全?」

「そうだ。仲間だな。今、遺伝子治療の治験が順調だ、君が大人になるまでに治る病気になるだろう。名前は? 今幾つだ?」

「ティム、7歳」


 普通に立って歩いている。骨の変形も一見見受けられない。重症ではなさそうだ。7歳であるし、きっと間に合うのではなかろうか。


「ティムか。私のことはフローと呼んでくれ。私は君より相当おじさんな32歳だ」

「サイボーグって長生きなんでしょ? だったらおじさんじゃないよ」

「そうだ、よく知っているな。ではまだ若いと言うことにしておこうか」


***


 思いっきり病名が耳に入ってなんだか気まずくなったが、ミラは何も聞こえないふりをして子供たちとミサンガを編んでいた。


(同じ病気でも、ホークアイは相当重度なのだろう……)


 その病名は聞いたことがあった。全身の骨が脆くて重症だと日常生活に支障をきたす。場合によっては目や耳にも症状が出るようだ。

 だがもっと気になることがあった。32歳がおじさんだったらドルフィンはどうなる。あと、ジェフもそうだ。ティムの意見に賛成だった。


「ミラはサイボーグシップの友達いっぱいいるの?」


 隣に座っている女の子、ジェシーに問われて我に返る。


「他にもいるよ。仲がいいのはあと二人」

「戦闘機?」

「戦闘機と輸送機。輸送機は荷物とか人を運ぶ軍の航空宇宙船」


 もちろんドルフィンとエリカのことだ。


「私もサッカーはよく観るな。仮想現実空間ではあまりスポーツが盛んではないので実際プレイしたことはないが……この身体でなかったら、と少し思うな」


 ホークアイの声が耳に入ってくる。彼らは窓の外でサッカーに興じる子供たちを見ている。


「よしティム。窓を開けてくれるか? そこのモニターを借りて面白いものを見せてやろう」


 ホークアイのドローンが飛び立って、モニターに空撮映像が流れた。自分が暮らす施設やいつも遊ぶ庭を上から撮影した映像は新鮮だったようで、室内で遊んでいた子供たちの大半はモニターの前に集まった。


(ホークアイ、子供の扱いうまいなぁ)


 ドルフィンが、サミーは実質ホークアイとキャシーが育てていると言っていたことをふと思い出したミラであった。

 彼女は帰り際、仲のいい職員にまたホークアイを連れてきてくれないかと言われて、少し返答に困ってしまった。


 サミーが言っていたのだ。新しいレーダーシステムが実装されてからあまりホークアイが構ってくれないと。さすが少佐殿。忙しいらしい。


 ホークアイ本人はドローンで来るのはすぐにはなかなか難しいかもしれないが、今日のようにモニターを貸してくれれば仮想現実から繋ぐことは可能だと返していた。


 ホークアイも楽しそうだったし、ここに連れてきてよかったなとミラは思った。結局昼もご馳走してもらってしまい、施設を出たのは一時半のことであった。

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