5. トレーニングルーム  ジェフの執務室

 馬鹿になるまで飲んだ翌日だが、もちろん酒の影響を残すようなミラではなかった。


「へぇ、サミーにはきょうだいがいるのか」


 基地内、トレーニングルームのランニングマシンで走りながらサミーと話をする。サミーは仮想現実空間からこちらに繋いでいるので、ランニングマシンに付属のモニターにアバターが映っている状態だ。


 走りながら会話しているミラであるが、もちろん息は上がってはいない。ミラの心肺機能は人よりも鳥に近い。人にはない優秀な空気循環のポンプ機能、気嚢が肺に付属して常に肺に新鮮な空気を送ることができるのだ。


「ええ、機密なので最近まで明かせませんでした。一番上の兄が地球に。彼のプロジェクト名はABSOLUTEアブソリュート、ブラボーⅠには姉のCHECK MATEチェックメイト。そして私、SUMMITサミット。あと、弟もいます。彼はPOLARISポラリスと言います。チャーリーⅠに在籍しています」


 チャーリーⅠは三隻目の移民船だ。


「性別はドクター・アイカワが決めて創ったの?」

「いえ、我々にそもそも性別という概念はありません。声の調整をしたときに各々が決めました。私は完全に中性的な声にすることも考えましたが、人に不気味に思われたら元も子もありません」

「そうか、一理あるね。男性にした決定打は?」

「……その方がキャシーがかわいがってくれるかなと。あ、キャシーには内緒にしてくださいね!」


 かわいすぎるAIである。健気だ。健気すぎる。ハグしてよしよししてやりたいなと思った。


「キャシーのこと大好きだもんねぇ。正解だと思うよ。キャシー、サミーのアバター気に入ってるみたいだし」

 

 設定時間を超えたのでランニングマシンがゆっくりと止まる。ミラはのんびりと歩きながらベンチに戻った。 

 サミーのドローンが飛んできて、自分の隣に降り立った。


「ところでラプター、ホークアイと出かけるんですか?」


 ミラは口に含んでいたスポーツドリンクを噴き出しそうになった。


「なんでそれを知ってるの?」


 唐突に誘われたのだ。ドローンを買ったので、ちょっと出かけないか? と。 


「ドルフィンに宣言してましたよ。自分がラプターをデートに誘ってもいいんだな? と。そして案の定大喧嘩になりました。勘弁してくださいよ」

「う、嘘でしょ!?」

「でもホークアイはあなたに本気というわけではないかと思いますよ。明らかに腰抜け野郎ドルフィンを挑発するために言ってました」


 仮想現実空間の仲良し三人組の仲が崩壊寸前な事態が起こっているとは完璧に予想外で、ミラは顔を青くした。


「それ、私に言う?」

「ホークアイは多分あなたとドルフィンの話をしたいのかと。付き合ってあげてください」

「……わかった」


 サミーやホークアイにここまで気遣われているとは思わなかった。いや、こうも周りが大騒ぎになっているとは思わなかった。


 午後、ジェフにも面談という名目で呼ばれている。

 絶対にドルフィンの話になるに決まっている。

 あの頑固なドルフィンを相手に何度アタックしてもうんと言わせる術が全く思いつかないミラは遠い目をした。



「ごめんミラ……俺、あんっなに焚き付けたのに……」


 ミラの予想通り、ジェフは開口一番謝ってきた。


「誰から聞いたんです?」


 ミラは目を白黒させながら聞いた。


「零が変だったから根掘り葉掘り聞いて吐かせた」


(ああ、ドルフィンからか……)


「……なんか大騒ぎになってて驚きです」

「絶対大丈夫だとか言って申し訳なかった……まさか」

「ジェフが悪いんじゃあないですよ。伝えることを決めたのは私です。大丈夫です。もう昨日ほどへこんでませんから」

「無理すんなよミラ」


 肩をよしよしと撫でられた。あれだけ応援してくれていたのになんだか申し訳ない気持ちだ。


「ドルフィンが嘘ついてるのはわかってるのでいいんです。多分、私のことはそれなり好きだけど、付き合うのはダメなんでしょうね」 

「それなりなんかじゃないベタ惚れだよ。そこは自信持て」


 ミラはなんと返事していいかわからず、もじもじしながら膝の上の自分の手元に視線を落とした。黒い皮のグローブを見つめる。


「でもなぁ、あいつは……一度言ったことはなかなか曲げない」

「頑固ですもんね」


 それはミラもよくわかっていた。彼は間違いは素直に認める柔軟な性格だが、自分の言ったことには絶対の責任を持ちたがる男である。


「昔から有言実行だ。リハビリも一ヶ月で組んだメニューをそんなの二週間で終わらせるって宣言した。一週間半してうまく行ってなくて、俺が三週間にしようぜって言っても前言撤回は絶対にしないって二週間で完璧にするような奴だ」

「すごいですね」

「そ、本当に格好いい。そして機械の手足を一年で完璧にモノにした。あいつと一緒にいたかったから俺はブラボーⅠに残った。そして軍に入った。もう知ってるだろうけど、零はすごく根性あるやつなんだよ。だけどちょっと孤独で人間不信で偏屈だから……」


 ジェフはそう言って、一度言葉を切った。そして言葉を選ぶように言った。  


「どうしたらいいか俺は今なんの助言もできない。でも一つだけ言えるのは、君の問題じゃあない、あいつ自身の問題だ。時間を与えてやってほしい。他に気になる男が出てくるまでの間だっていい」

「はい、今すぐルームシェアが解散する感じでもないので。それに……」

「それに?」

「ドルフィン以上に好きになれる人なんて、そうそういませんよ。自分より強くて優しくて格好いい人が好きなんです。あと、かわいくて料理が上手な人」


 ジェフは口元を綻ばせた。


「かわいい以外は理解できるな」

「かわいいんですよ、ドルフィン。大丈夫です、私は諦めが悪いので。キルコールした相手が撃墜を認めないなんてことあったらダメなので絶対に認めさせますよ」

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