2. 仮想現実空間 いつもの三人組

「これはもうダメだな」 

「ドルフィン、どうしたんです? 一体何が?」

「俺は……どうすればよかったんだ……」


 仮想現実空間。膝を抱えてソファに座り、虚空を見つめながらぶつくさつぶやくドルフィンを見下ろすホークアイことフローリアンとサミー。

 サミーに呼ばれて来てみればこの有様であった。


「ドルフィン、おいドルフィン」

「……よお、少佐殿」


 ちら、とこちらに視線が投げられた。

 確かにフローリアンは先日昇進したのだが、今はそんなことはどうでもいい。


「茶化すなドルフィン」

「説明してくださいドルフィン。ラプターの様子が明らかにおかしかったんですが、あなた何をしたんですか?」


 サミーの話によると、昼間のラプターは明らかに精彩を欠いていたということだ。だが、目の前のこの男は明らかにもっと様子がおかしくなっている。


(二人ともおかしいということは……喧嘩か? いや、振られたのか?)


 フローリアンは恐る恐る口を開く。


「喧嘩でもしたのか? もしや君、振られたのか? そしてラプターは自己嫌悪状態か? にわかに信じ難いな」

「……逆だ。俺が振った」

「「はっ??????」」


 サミーとフローリアンの声が重なる。


「ちょっと待て、君が振ったのか?」

「なんで? どういうことですか? あんなに大好きですよね! 私にだってわかりますよ!」


 フローリアンはかたわらのAIを見上げた。これほど混乱しているサミーを見たのは初めてだ。

 とりあえずフローリアンはドルフィンの隣に腰を下ろして意気消沈しているその背に肩を回した。


(肩幅すごいな……これリアルを再現してるんだろう?)


 美形揃いのサイボーグ界隈だが、顔はともかく体型は両親から算出したり、自分の実際の姿から合成することが多い。

 アジア系ということを考慮すると少々驚きを隠せない見事な逆三角形に一瞬圧倒させられるが、平静を取り繕って口を開く。


「なあどうしたんだ? 君らしくない。混乱して思ってもいないことを言ってしまったのなら今から謝ればよかろう」

「そう……俺は落ち込んでるラプターをこうやって慰めることもできない……それなのに? 付き合うなんてどうやって? 俺のためなんかに時間を使わせたら勿体無い」


 フローリアンはどう声をかけてやればいいかわからなかった。この男が真面目なのは知っていたが、ここまでラプターに対して愚直だとは思ってもみなかった。


「……そこまで自分を卑下してどうする?」

「そうです。あなたほど優秀な人間を私は知りません」


 サミーもドルフィンの隣に腰を下ろした。


「俺は人の支援がない限り、自分で自分の世話もできないただの重度障がい者だ。生命維持装置から出たら1秒もたずに干からびて死ぬ。ラプターにはいつも助けられて機体が戻るまで戦いもできず俺は……もう無理だ。恥ずかしすぎて……」

「サイボーグは全員重度障がい者だぞ。だからなんだというんだ?」


 これにはフローリアンも流石にムッとせざるを得なかった。

 自分もそうだ。先天性ではあるが、だが、自分は欠陥品でもなんでもない。

 ああ、だからこそか……とも思う。


 後天的に障がいを負ったからこそ、五体満足だった頃を完全無欠だと思ってしまうのだ。

 フローリアンにとっては機械の身体を手に入れた今こそ本来の自分だと思っているが、彼にとってはきっとそうではない。

 この男はまだ過去の自分に囚われているのだ。


「恋愛するもしないも、その選択は個人に与えられています。人であるなら、誰にでも。あなたは自分に自分で禁止しているだけです」

「できるわけないだろ。サイボーグ同士ならともかく」


 別に自分を欠陥品と言われたわけではない。ここでこの男相手に怒りをぶつけたからと言ってどうにかなるわけではない。


 サイボーグになれず、働くこともままならない障がい者は国からの支援で生きている。人権侵害となるので差別的発言を公の場でする人間はいないが、資源の乏しい宇宙空間を旅する移民船団は「人類存続に寄与できない人間は切り捨てろ」という思想が跋扈している。


 だから、彼はよく知っていた。


 障がい者が、移民船団では一部の過激な団体からごく潰しと思われていることを。

 だが、機械の身体を与えられたことで自分は人並み以上に働けるようになった。


 だからこそサイボーグ協会の幹部として働いているのだ。

 健常者からの理解が得られないなら、自分達サイボーグが支えればいい。

 誰しも、人として幸福に生きる権利はあるのだから。

 そうして立場さえ向上すれば、もっといい医療や支援を受けられる。輝ける場所も見つかるはずだ。


 フローリアンは一度頭を冷却してから言葉を選んで口を開いた。


「君だってラプターからの好意には気づいていただろう? そんな風に思っているならなぜ距離を置かなかったんだ?」

「俺や俺の作る食事を結構気に入ってくれてるのは知ってた。でも恋愛対象に思っているだなんて全く思っていなかった。考えてみたこともなかった。好きなのは自分だけかと思っていた」


 嘘だろう。嘘でなければ、鈍すぎるにも程があるのではないか? 

 いや、まさか自分のようなフル・サイボーグがノン・サイボーグに恋愛対象にされるとは全く思っていなかったのではあるまいか。

 ならばこの反応も納得がいく。

 フローリアンがなぜそう思ったかというと、自分も全くその通りだからである。

 その事実に愕然とさせられた。


 最近はノン・サイボーグの知り合いも増えた。だが、自分を恋愛対象と思ってくる者などいないだろうと知らないうちに決めつけていた。今もし自分が彼の立場で健常者から想いを告げられても驚くだけだ。考えてみたことすらなかったのだ!


 だがそう考えるとこの男は健気だなと思う。応えてくれるとは露ほども思っていない相手に対し、あれほど献身的に尽くしていたというのか。

 なかなかできることではないのではなかろうか。


「私の目から見てもラプターはドルフィンにぞっこんでしたが。ラプターはいつもわかりやすくあなたにアピールしていましたよ。なぜ気づかなかったんですか? あなたは人間にしては頭のいい方だと思っていましたが、思ったほどではないですね」

「サミー、学力と恋愛力は別だ……そして言い過ぎだ」


 やたら興奮しているサミーをフローリアンが嗜める。

 サミーはに遭遇して明らかに混乱している。

 その時のことだ、ずっと黙ったままのドルフィンが口を開いた。


「ホークアイ。俺はずっと水族館のイルカだったんだ」

「イルカ?」

「ああ。水族館にいる珍しいイルカだ。たまにふれあい体験を望んだり、餌やり体験を望むのは朝倉家に近寄りたい野心のある人間か物好きばっかりだった……」


 急に神妙な面持ちなった男を覗き込んだ。


「そして、俺はひょんなことからサイボーグイルカになって、俺を誰も知らない水族館に移った。普通のイルカより泳ぎはうまいが、サイボーグだから皆当たり前だと言うようになった。そうしたら、たまに観にくる人はいるがたいてい素通りされるようになった。だけどある時、一羽のオウギワシハーピーイーグルが現れた。彼女は俺の泳ぎに興味を持って、コミュニケーションを取ろうとしてくれた」

「ラプターらしいな」

「俺は彼女が翼を休められる止まり木を用意して、お腹を空かせていたからご飯もあげた。すると定期的に会いにきてくれるようになった。そう。それだけだったのに。俺はそれだけで満足だった。いや、満足だと思おうとしてた。だってそれで満足するしか俺には術がない。だけど、ラプターは違ったんだ。だからうちに上がっていけとかよく言われたのか……嘘だろ。あの子は俺と付き合ってどうするつもりなんだ……」


 フローリアンはその発言に心底呆れ果てた。


(ラプター、心の底から同情する……)


「今ラプターはどうしてるんだ? 誰か家にいるのか?」

「ダガーと飲みに行くとグループメッセージに連絡がありました。キャシーは残業中です。部屋は無人です」


 フローリアンはゆるりと立ち上がった。そして腕組みをしてドルフィンを見下ろす。


「そうか。彼女は随分と落胆しているだろうな。私は明日にでもラプターに声をかけよう。こんな腰抜け腑抜け野郎は放っておいて私とデートしようとな」

「なんだって?」


 煽ってみればドルフィンは予想通り顔を上げた。その形相にフローリアンは内心ほくそ笑んだ。

 この男は我を失ったくらいでちょうどいい。


「君に私を止める権利はないぞ。君はを振ったんだ。そこで指を咥えて見ているといい」


 ゆらりと立ち上がったドルフィンを見てフローリアンは覚悟を決めた。


(ああ、これはキレたな)


 その後、取っ組み合いになった二人を止めたのはサミーだった。


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