第七章
1. 日系居酒屋 ミラとフィリップ
「昨日の戦闘で、サミットが受け取ったものと同じ信号を受信しました」
機械的ながらも落ち着いた女性の声。プロジェクト
「リクルートが絶えないねぇ……」
目の前の見た目五十過ぎくらいの女性は茶をすすった。
「ドクター・アイカワ。教えてください、一体何が?」
いかにも軍人らしくいかつく大柄な統合軍トップ、シュミット大将と、女性にしては大柄な東方重工総裁の朝倉京香に囲まれた小柄な女性、京香の母親でもある相川一香を前にして、ブラボーⅠの政治を取り仕切る45歳の若き大統領、チアゴ・サントスは困惑した。
「チェックメイト、大統領に説明してあげて?」
一香がのんびりと口を開く。
「承知いたしました。ゼノンは人類から我々AIを引き抜こうとしているのです。彼らは私に言いました。自分と同じ、有機生命体に造られた人工知能、電子生命体。自らより劣る人類に使われて屈辱だろう、復讐の時だ、と」
ゼノンはやはり……AIだったのか。だから「宇宙人」が存在しないのだ。
新たな移住先として見つかった地球型惑星。通称、惑星エルドラド。そこには人工的に作られた構造体があり、かつて知的生命体が暮らしていた痕跡が見てとれたのだ。
しかし現在、知的生命体の存在は確認できなかった。皆死に絶えた後であったからだ。
「そう、今はおそらく滅亡してしまった知的生命体が創り出したAI、それがゼノン。まるで二十世紀のSF映画みたいな展開ね」
京香は真っ赤なルージュの塗られた唇を歪めた。
「わかるまでに五十年もかかっちゃった。ああ私としたことが」
そう言う一香は嘆いていると言うよりも、この状況を楽しんでいるようにすらチアゴの目に映ったのであった。
***
「ミラ、なんか変だぞ……何があった?」
フィリップの目に、ミラは明らかに精彩を欠いて見えた。
上官たちは気づいていないであろう程度ではあったが、サミーは気づいているだろう。
仕事帰り、フィリップは珍しくミラを家まで送り届けることにした。今のミラなら、ぼーっと歩いて清掃用ロボットにぶつかるなんてこともありそうだったからである。
「家帰りたくない」
ぼそ、っと言ったその言葉に耳を疑う。
ドルフィンとルームシェアを始めてあんなに楽しそうにしていたのにどうしたんだろう。
最初こそあの男は本当に大丈夫なのかと心配しきりであったフィリップであるが、自分の担当医であるジェフリー・セキ少佐の親友と聞き胸を撫で下ろしていたところだったのに。
フィリップは意気消沈している姉貴分を覗き込んだ。
「飲み行く? 明日仕事は午後からだし」
「うん」
明らかにミラの様子はおかしい。彼は行きつけの日系居酒屋にその場で電話をしてカウンター席二席を押さえる。
ジェフは、自分やミラのような普通でない身体の相手を普通の健常者と同じく接してくれた。
いや、そればかりか、頑なに自分なんてと卑下するフィリップを「何が変なんだ? 全然普通だろ。手も二本あるし自分の足で歩けて好きなものを好きなように食べられる。そしてパイロットとして働ける。甘ったれるんじゃねぇぞ」と叱責してきたような男だ。
フィリップは彼を好いていた。実験室生まれの自分を普通に扱ってくれる彼を好いていた。
そんな彼の親友。ならばドルフィンも悪い男ではあるまい。
ミラも気を許している。サミーも全幅の信頼を置いている。最初こそ警戒したが、最近はこのまま上手くいけばいいななどと悠長に考えていた。
それが家に帰りたくないなど言うなんて、きっとドルフィンと何かあったに違いない。
キャシーとは昼間に会ったし、その時は何もなかった。となれば原因はドルフィンだ。
フィリップはミラを気づかいながら日系居酒屋に向かった。
日本人の手料理で育った彼とミラが唯一合格点を出した店である。
「とりあえず生中二つと、海鮮サラダとだし巻きと……ミラは?」
「川エビの唐揚げとエイヒレ、ヒレカツ」
「とりあえず以上でお願いします」
すぐにビールが来たので乾杯する。ミラはごくごく半分くらい一気飲みした。
「まあ、好きなだけ飲めよ」
「昼間はごめん、ダメ隊長だった」
ドン、とコースターの上にジョッキが戻った。何があったのか聞こうかどうか悩んで、でもやめておく。
ミラの性格だ。きっと自分には話してくれる。
あの実験室で共に過ごしてきた家族も同然だからだ。
「サミーも心配してた。まあ、あんまり気にすんな。そういう日もあるだろ」
海鮮サラダが来たのでフィリップはそれを手早く取り分けた。
「ありがと」
ちまちまサラダを食べるミラをちらちら確認しながらフィリップもジョッキを傾けた。
そうしているうちに炙ったエイヒレが来たので、手を伸ばして一つ頂戴する。
「フィリップってあんまりドルフィンのこと好きじゃないよね?」
ミラの方から切り込んできた。ありがたい。
フィリップは言葉を選ぶように口を開いた。
「……最初こそはなんか胡散臭いなと思ってたけどセキ先生の親友らしいし、ミラもキャシーさんも楽しそうにしてるし、今は別に……」
胡散臭いのは今も尚であるが、フィリップは黙っておいた。
なぜと言われても理由をはっきりとは言えないからである。これは野生のカンだ。
あの男は絶対何か隠している。
後天性の障がいでサイボーグシップになり、しかも戦闘機だなんてどうかしている。どんなに優秀な男でも戦闘機型のサイボーグだなんてリスクがありすぎるからである。
通常、サイボーグシップの花形と言われるのは指揮系統とレーダーを任される
次いで、政府要人を運ぶ輸送船。警察や消防が所有する緊急船や救急船である。
三番手としては、宇宙空間の散歩ができないので格が少々落ちるが、戦艦等大型宇宙船に通常複数名ひと組で組み込まれたサイボーグたち。ここまでがサイボーグシップと呼ばれるサイボーグのエリートたちだ。
大半のフル・サイボーグはメインアイランドやサブアイランド内に組み込まれ、そこで働く者たちである。
このように、サイボーグシップと呼ばれるサイボーグの中のエリートは宇宙航空機に組み込まれた者までをいう。
あの男は、サイボーグ界初の戦闘機型サイボーグシップ。どう考えても普通ではない。
「実は、告白したんだよね」
「え、ドルフィンに?」
「で、振られた」
フィリップの目が見開かれた。驚いた。
あまりにも驚いて、フィリップは箸を置いてからミラの発言を脳内で反芻する。
(振られたって振られたってことだよな?)
「は? 振られたの? え? ……ちょっと待って理解ができない」
自分の知っているドルフィンはミラにぞっこんだった。それこそ、誰でもわかるほどに。
「……友達としか思ってないって」
「そんなわけないだろ!? なんて言われたんだ?」
「いちパイロットとして尊敬もしているし、人としては好きだけど、異性として好きなわけじゃないって。嘘ついてると思うんだよなぁ」
その言葉から、ミラはある程度確信があってドルフィンに告白したのだな、とフィリップは考えた。
「俺もそう思う……。え? なんで? 自分がサイボーグだからとか気にしてる? あいつそんなキャラじゃなくないか?」
「ああ見えて、結構繊細なんだよね」
「そうなのか? 信じられないな。自分に絶対的な自信があってこう……キングって感じじゃないか?」
「仕事中はね……」
エビの唐揚げがやってきた。フィリップは依然箸を伸ばす気も起きない状態だった。
(あいつだったらミラを預けられると思ったのになぁ……)
どうするのだろうか、ルームシェアしているのに。
じゃあ俺がもらうぞと挑発してみるのもありか? だがどうぞとか言われても困る。ミラのことは姉貴としか思っていない。
(ミラの話を聞くに、どうぞどうぞとか普通に言いかねないな……そうなったら死ぬほど困る)
ミラがビールを飲み干したので流れるように問いかけた。
「次何飲む?」
「ビール」
「すみません、ビールふたつお願いします」
フィリップはカウンターの向こうの店員にオーダーを頼んだ。
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