15. トルコレストラン カラ・デニズ 機体復活祝い

「ラク、美味しいよ! 仮想現実でも飲めるようになればいいのに……単体よりも、このメゼに合わせてってのが合う感じだけど」


 ミラは乾杯でトルコビールを飲んだあと、ラクを飲んでいた。

 確かに少しだけアニスの薬っぽい香りはするけれど、アルコール度数の割には飲みやすいと思う。ウイスキーなんかの方がよっぽどアルコール感がきついのではないか?

 そして何より面白いのだ。ラク自体は透明なのに、水を入れると白く濁る。


「それ面白いな……なんで仮想現実あっちにないんだ?」


 ドルフィンのドローンはミラの目の前に陣取っていた。それが定位置と言わんばかりに。

 今日の快気祝いが終わるまでは、想いを告げるのはやめておこうと思っていたミラである。


(いつにするか考えなきゃ……)


 ミラはグラスを傾けながら考えた。


「トルコ料理か。実は食べたことないから全くわからないんだよな。そのメゼってのも美味しそうだな」


 メゼは前菜である。ナスやひよこ豆、色々なペーストやサラダ、オリーブをカタクチイワシで巻いたもの、それから摘めるチーズ。酒に合う前菜の盛り合わせだ。それを、パンと共に食べるらしい。


「いろんな味があるよ。ナスのペーストが一番好きだな」

「細かく刻んだ焼きナスにヨーグルト、それからニンニク。他にも色々調味料が入ってます」


 フォローしたのはソックスだ。


「ナス美味しいね。こんなにナスが美味しいなんて思ったことなかった」

「ナスはトルコ料理のメイン野菜と言っても過言ではありません。そろそろ温かいメゼもできてるかと。持って来ますね!」


 ミラとドルフィンはキッチンに飛んで行ったソックスを見送って、金色の目とドローンのカメラを見合わせた。

 ドルフィンがミラの意図を読んだかのように言った。


「張り切ってるな」

「そうだね。嬉しいんだろうね。トルコ料理ってあんまりメジャーじゃないから」

「世界三大料理なはずなんだけどなぁ……まあ、俺も五体満足な時に食べたことはなかった。食べときゃよかったなぁってちょっと思う」


 ***


「ドルフィンって、ラプターのこと好きなの……か? べったりだな……」


 ショーンが独り言のようにつぶやいた。


「自分はノーコメントでお願いしたいです」


 これはキャシー。


「ショーン、なかなか鋭いわね」


 こう答えたのはカナリアだ。


「両思いなことに気づいてないの、零だけだろ」


 ジェフがビンに入ったトルコビールをグラスに注ぎながら言う。


「ラプターも? へぇ……」


 これ以上突っ込んで聞いてくれるなよ、とジェフは内心ハラハラしていた。

 この新しい整備士がその辺どう考えているかわからない。

 サイボーグは「エリート階級の重度身体障害者」でしかない。偏見を持つ者も多いのである。


「カナリアもそうだが、健常者、サイボーグ関係なく仲良くできるのはいいことだな」


 まともそうなやつでよかった、とジェフはトルコビールを傾けながら内心安堵していた。


(それもそうか、零の専任整備士だもんな……)


 人事はその辺考えて配属している。もしも仮に失敗配属があったとしても、零が一言「ショーンを専属から外せ」と言われれば個人的な事情も聞かずに解散となる。


 双方の査定にマイナスがつくこともない。

 それは、パイロット同士でも同じことだ。零が一言「ソックスと切りたい」と言ったらそれまでである。

 その辺はうまくできているのだ。


「うまくいったらいいな。二人ともとても優秀なパイロットだ」


 ショーンは目を細めてラクを傾けた。


「君が零の整備士で俺は安心した」

「何をおっしゃる。自分こそドルフィンには感謝しています。彼の整備士になれるほど光栄なことはありませんよ、セキ少佐。まぎれもなくうちの船団のエースです」

「ジェフでいい」

「では自分のこともショーンと」

「ああ。ショーン。ところでお前、日系人だろ? 日本語はどうなんだ?」

「ほぼ全くですね。日系人ですが、祖父がかろうじて日本人という具合で……あなたやドルフィンが羨ましいです。日本語は難しすぎますね」

「ちょっと勉強してみようと思ったけど、やっぱり難しいのね……」


 エリカが悩ましげに言う。


「あんまり薦めないなぁ……ブラボーⅡにいるなら中国語とかのほうが役に立ちそうだと思う」

「ルーツなので頑張りたいとは思うんですが、文字がひらがなカタカナ、漢字とある状態でもうお手上げです」

「日本語0Sのコンピュータは言語処理の負荷が増えます。我々としてもなかなか恐ろしい言語です。ですが、一人称の種類も多く、ニュアンスの付け方も様々で複雑な敬語表現もあります。表現力に溢れた言語だと思います」


 手放しで褒めるサミーに、ショーンは小さく笑みを浮かべた。


「だよなぁ。今日ドルフィンとジェフが日本語で立ち話しているの見ていいなぁって思った」


 いいやつっぽい。これなら零の専属でも問題ないだろう。

 ジェフは実のところ、この男の値踏みに来たのである。


 今でこそ零は安定しているが、最初は自分が第一級障がい者になってしまったことにたいそうショックを受けていた。プライベートでなら零は何を言われてもへこたれないが、仕事で変な男と組むことになるのは避けたいのだ。

 ジェフはムサッカを口に運んだ。ナスと挽肉の重ね蒸し煮だ。

 肉の油とナスの相性がいいことがよくわかる。


(これは零にもいい刺激だろうな……きっと後で尋問される)

 

 味をきちんと覚えておこうと思った。

 まあ、最悪ソックスに助けを請おう。

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