14. 格納庫 零の新しい機体
「格好いい~!」
ミラは目の前の青鈍色に輝く機体を見上げた。
「やっぱりこれでいてこそのドルフィンだな」
目の前にはピカピカのケーニッヒの機体があった。ドルフィンの新しい機体だ。もう身体も中に収まっている。
ドルフィンのエンブレムもペイントしたばかりでキラキラしている。
向かいには同じくエンブレムのペイントが終わったばかりのサミーの機体、アマツカゼもあった。
「キャシー、俺の機体の立ち上げ、いろいろ手伝ってくれてありがとう」
「私もケーニッヒの勉強ができたからよかったよ。こんなご時世だ。複数機体整備できないといざという時役に立てない」
作業着姿のキャシーはどこか誇らしげだ。
「ですが私の専属は譲りませんよ」
アマツカゼの機外スピーカーからサミーの声が聞こえた。
「心配するなサミー、お前の機体に私の名前入ってるだろ?」
「そうそう、俺の専属はショーンだから心配するな」
ドルフィンも機外スピーカーから声を発した。
「ウエムラ中尉、大変勉強になりました!」
キャシーは元気な声を出した。
「君も中尉で小隊長なんだからかしこまるなよ」
ショーン・ウエムラ中尉。最近ドルフィン、ソックスが所属するワイバーン小隊の機体専属となった整備士だ。
「いえ、自分はまだまだ経験不足の若輩なので。ありがとうございました!」
「こちらこそ学ぶところがあった。これからもよろしく頼む」
元気に礼を述べるキャシーに、ショーンも微笑んだ。年齢はミラより少し上くらいだろうか。くしゃりと人懐っこい笑みを浮かべる男だ。
キャシーもお互い切磋琢磨できる年の近いこの整備士を気に入ったようだ。
最近、九月となり期が変わると部隊の人事の組み替えがかなり大規模に行われた。
ゼノンの攻撃でパイロットもそれから整備士もかなり亡くなった。パイロットはメンタル不調を起こして離脱した者も多い。
まさか、正体不明の敵とこうも実戦に次ぐ実戦になるとは誰も思っていなかったからだ。ストレスが極限に達してしまった者も多い。
そんな人員不足によって、ミラとフィリップ、それからサミーの機体はキャシーの小隊で整備することになったのである。
***
『あの整備士野郎、キャシーにお礼言われたくらいで何喜んじゃってるんですか?』
『サミー、我慢しろ。キャシーはお前だけのモノじゃない。いち整備士、一人の人間として周りの人間とコミュニケーションとってるだけだ。尊重してやれ』
『わかってますよ。わかっているから口にも出さず、あなたにこっそり愚痴を言っているんです……私だってわかってます。頭では。でもムカつくんです。そして思い出すんです。自分が人じゃないことを』
キャシーとショーン、ラプターの三人は零とサミーの眼下で盛り上がっている。
零はため息をつきたくなった。
キャシーにもしも恋人ができたら、このAIは暴走するんじゃなかろうか。
(接し方間違ったかな……いきなりこんなミサイル搭載した自分より頭のいい子供を育てるなんて無茶があるんだよ、ばあちゃん)
人間の子供だって育てたことないのに! それにこんな身体だ。今後子育てすることもないだろう。
自分の子供はこのサミー、最初で最後だ。もう子育てはうんざりである。
(助けてくれホークアイ……)
こういう時に頼れるのは、零にはホークアイしかいない。ホークアイは変人だがサミーの世話や情操教育が上手いのだ。
だが近頃ホークアイは少佐に昇進した。忙しいらしく言葉も交わしていない。
しかもあの男、サイボーグ協会の副会長を務めている。目が回りそうな状態だと聞いた。
「隊長ー! 機体の調子はいかがですかー?」
突然声をかけられ機体下部のカメラに目を繋ぐと、そこにはソックスがいた。
「飛んでみたけど悪くない。 前よりも癖がないかもしれない」
「だろ? めちゃめちゃ追い込んで調整したからな!」
キャシーはサミーのそばに寄り添っていた。
「明日はサミーのタイヤ替えるからよろしく」
「はい、よろしくお願いします。私も手伝えたらいいんですが」
「いいよいいよ気にしない。世話されとけ。いざとなったら戦わなきゃならないんだから」
(まあ上手くやってるか……)
今から天が落ちてくることを恐れるのも馬鹿馬鹿しい。たらればを考えて前に進めなくなるのは零の悪い癖だ。彼自身自覚していた。慎重派なたちなのだ。
「あー皆さん、そろそろいいですか? うちの準備整ったのでそろそろ来るようにって親父から連絡が入ってます」
ソックスが皆に声をかけている。今日は自分の全快祝いということで、ソックスの実家の店を貸切にしてどんちゃん騒ぎをするのである。
酒は飲み放題。ソックスの父親が腕を振るったフルコースだ。
もちろん、会計は零の自腹である。
予算を伝えて、それくらいでどうですか? とソックスの父親に提案したら「丸ごと貸切でもそんなにいただけません!」と言われてしまった裏話がある。実はこの話、ソックスですら知らないが。
(やっぱりまだ金銭感覚ズレてるんかなぁ……? おかしいかな……)
店を一軒貸し切ってそれくらい普通だろ、と思っている零である。
実際彼はソックスの父親に運河を観光するクルーズ船をワインと食事付きでチャーターするのと同じくらいの金額を提示していた。零の金銭感覚は明らかにずれていたのである。
「わかった! 向かうかそろそろ。キャシー、サミー、大丈夫か?」
「ええ、いつでも。キャシー、大丈夫ですか」
「ああ、着替えてから向かうよ」
キャシーは更衣室に向かった。サミーはキャシーと来るとのことだ。
零はスタンバイモードにしていたドローンに切り替え、ファンを出して飛び上がった。
「ラプター、先に向かおう。いっぱい食べてくれ」
「うん、楽しみ! 今日はラク飲むぞー!」
「ラク?」
ラクってなんだ? 零は疑問に思ってソックスに問いかけた。
「トルコの酒です。ブドウとアニスで作る蒸留酒です。45度くらいありますが、ラプターなら問題ないかと。一般的には水割りで飲みます」
ソックスが丁寧に解説してくれた。
「ちょっとクセがありますが、美味しいですよ」
ショーンも会話に混ざって来た。
「ショーンも飲んだことあるのか? へぇぇぇ、仮想現実に出ないかなぁ」
「今はそっち、何飲めるの?」
ラプターに問われ、そうだなぁ、と零は仮想現実の方の酒のラインナップをあらためて脳内に書き出してみた。
「ビール、ワイン、ウイスキー、日本酒、カクテルベースによくなるジンとかウォッカ、テキーラ、あとはよくカクテルにサブで使われるようなカルーア、色が綺麗なカシス、ミドリ、ブルー・キュラソーあたりだ。ホークアイをダシにサイボーグ協会の会合で酒を紹介する会を開いたらやっぱりみんなカクテルに食いついた。あいつ、副会長だしな」
「ホークアイってものすごく顔広いらしいですよね。隊長、ラクが発売されたら普及させてくださいよ!」
単に顔が広いってだけじゃないんだぞ、と零は思ったが、女性陣がいるので黙っておいた。
最近は色々おとなしいようだが、ホークアイといえば暇さえあれば誰かを呼んでベッドに直行しているような男だ。
サミーにあれは普通の感覚じゃないからな、と散々言っているが、その辺はわかっているようである。しかも、あまりそういうことに興味ないらしい。あったらあったで怖いが。
(変な大人たちに育てられたサミーが心配すぎる……)
「ラクか。そうだな……俺もそのうち飲んでみたい。あっちで発売されて、俺が気に入ったら宣伝する!」
「ええ! そんなぁ。名前だけでも宣伝してくださいよ!」
「俺は口に合わないものは宣伝しないぞ!」
ソックスと零が酒の話で盛り上がっていると、申し訳なさそうにショーンが口を開いた。
「あ、では自分の控室そこなので、着替えてから向かいます」
ソックスが声を上げた。
「ショーン、うち来たことないよな? 待ってるから早く着替えてこい」
「恩に着る!」
ソックスの言葉に、足早に更衣室に向かっていったショーンを見送る。
「じゃ、隊長たちはお先にお二人でどうぞ」
ソックスが意味深かな笑みを浮かべて手を振ってきた。
自分に手があったら、このチャランポランなトルコ人に張り手を入れてやるのにな、と零は思った。
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