12. ニューヨークブロック 結婚パーティ 

「いやぁ、平和ボケしちゃいますねぇ」

「最近全然奴ら攻めてこないなぁ……いや、攻めてこないことはいいことなんだけど、大規模攻撃とかありそうで怖い」


 今回の結婚パーティは基本立食式だがいくつかハイチェアやカウンター席があって、バーカウンターから好きにドリンクを頼む飲み放題。


 ミラはドルフィンのウィングマン、ソックスとジェフと窓辺のカウンターでハイチェアに腰を下ろしながら軽食をつまみつつ、うだうだ飲んでいた。


 もう新郎と新婦への挨拶もとうに済ませ、写真を撮ったり祝いを述べたりやらなくてはならないことは全部終わった後だったのである。

 新郎新婦は他の招待客と盛り上がっていた。自分達は会場の隅っこにいても問題なさそうである。


「戦闘がないことはいいことですけど、確かにそうですね……平和ボケしそうです」


 ミラはジン・トニックを喉に流し込んだ。絶妙な甘さに苦味。それからすっきりとした味わいは彼女の好みそのものであった。


「ジェフはブラボーⅠの出身ですよね? あちらはどうですか?」


 ソックスはマリブ・スノーを飲んでいる。ヨーグルトリキュールとマリブの比較的甘いカクテルだ。

 自分は不真面目なイスラームと公言しているソックスは最初からアルコールを飲みつづけている。トルコ系は往々にしてそのような人物も多いらしい。


「うーん、そうだなぁ。ここに比べたらぬるいらしいよな、攻撃が」


 ジェフは日本酒を傾けた。


「そうですか。ラプターは他の船団とか地球の件、何か聞いてます?」

「地球も結構ダメージあるらしいけど、やっぱりブラボーⅡが一番酷いって聞いた。そういえばジェフ、新天地の話は何か情報入ってます?」


 新天地とは、ブラボーⅠ船団が発見した移住先の地球型惑星のことだ。


「あれだろ、惑星エルドラド。名称発表した後なんにも情報ないよなぁ……」

「ブラボーⅠにいるご家族から何か聞いたりは?」


 ソックスはマリブ・スノーを飲み干した。


「この前うちの母親に電話したけど、全くなんにも聞いてないって言ってたな。あの人『ドルフィンは元気? ドルフィンはどうしてる?』ばっかりだし。あとは何話したっけ……」

「え、ドルフィンとジェフのお母さんって面識あるんですか?」


 ミラは思わず身を乗り出して問いかけた。


「俺の母親、ブラボーⅠの基地内の酒場のママやってるんだ」


 ミラはあんぐりと口を開けた。

 ソックスは驚きの声を上げる。


「えええええ! まじですか! それで知らないってんなら知らないんでしょうね。箝口令敷かれてるなら別ですけど」


 そうか、ジェフの母親も五体満足だった頃のドルフィンをよく知っているのか。

 いいなぁと思った。

 自分はサイボーグになってからのドルフィンしか知らない。


「もう一通り調査も終わって東方建設が基地建設と都市開発始めてるはずなのに、確かになんにもないな。逆に、なんかあるのかもしれんぞ。一般人が知ってはならない情報とかな」



 パーティがお開きになって、ソックスは足早に帰っていった。

 ジェフはミラを部屋まで送ると言ったので、ミラは流石に遠慮した。


「君を送らないと、俺は零にミンチにされてしまう……」

「ミンチ!?」

「帰りは送れって言われてるから頼むミラ」


 思い切り手を合わせて懇願され、ノーと言えるミラではなかった。


「わかりました! ちょっと化粧室寄ってからでもいいですか?」


 ドルフィンはまたジェフに無茶振りをしているのか、まだ昼間だし、なんの問題もなく一人で帰れるのに。

 ドルフィンはジェフを好きというか全面の信頼を置いているというか、振り回している。そしてジェフも喜んで振り回されている。とにかく彼らはお互いに対して心から気を許している。


 目下、ミラの最大のライバルはジェフと言っても過言ではない。医者と患者という立場をこえてそばにいてくれるジェフにドルフィンは依存して自分を生かしてきたに違いない。その十年の絆にはそう簡単に勝てないというものである。

 ミラが急いで化粧室に行き、玄関前にバタバタ戻ってくると、外から壮大な雨音が聞こえた。ジェフはうんざりした顔をして言った。


「土砂降りだ……」

「そんな予報でしたっけ?」

「天井に穴が空いた後、まだ大気が不安定なんだろうな。積乱雲が発生してこの通り、ゲリラ豪雨」

「傘は……持ってきてませんね!」


 もうこうなったらなるようにしかならない。努めて明るく言った。


「おう、俺もない!」


 ジェフも明るく言った。結構この男も前向きなんだなと思う。

 そうでもなければ、あのドルフィンの担当を十年もやってられないだろう。

 それにしてもなかなか勢いのすごい豪雨だ。地下街に潜り込めればいいのだが、ここは地上にしかアクセスできない場所である。


 タクシーはそう簡単に捕まらないだろうと踏んだ。皆同じように配車要請していることだろう。


「普段なら濡れて帰るの構わないけど、君もいる上にこの一張羅のジャケット濡らしたくないんだよな」


 ミラは軒先に出て隣の建物を指差した。ちょうど、カフェがあったのだ。


「お茶していきます?」

「……そうだな」


***


「この店初めて入るな」


 観葉植物が多く、割とおしゃれな雰囲気で女性客が多い。席はちょうどお茶の時間だからか、ほとんど埋まっていた。

 窓辺の席に案内された。衝立で隣と仕切られている。

 ミラとしては手袋も外して気楽に過ごせてきっといいだろう。だが、おそらく服装も相まって100パーセントカップルだと思われている。


(やばい、零にひき肉にされる……)


「私も初めて入りました。わあパフェとかケーキとかいっぱいありますね!」


 ミラは目を輝かせた。ジェフは内心ドン引きした。


(さっきあんなに飲み食いしてまだ食えるのか……腹の中にブラックホールでも飼ってるのか?)


「まだ食えるの? すごいね?」

「……ジェフがそう言うならやめておきます」


 やばい、気分を害したか?


「いやいやいや食べなよ、俺は気にしなくていい! ごめん気にしないで! ガトーショコラ? チーズケーキ? フルーツタルト? あ、フルーツパフェもあるぞパフェ! チョコレートパフェも!! 奢るぞ奢る!」


 ジェフは慌ててメニューを差し出した。


「誘ったのは私なので自分で払いますよ」


 ミラは苦笑している。


「いいよいいよ。俺は零から君を任されているし、びしょ濡れで返すわけにもいかない。素直に歳上に奢られとけ。で、パフェにする? これ?」


 ミラの視線は明らかにフルーツパフェに釘づけであった。


「……はい」


「飲み物どうする? 俺は紅茶でも飲もうかなぁ。あ、ミラは酒でもいいよ?」


 にっこり問いかけてみたが、流石に酒は固辞された。ブラックコーヒーをご所望とのこと。


 ミラは、やたら死にたがる零の自殺願望を止めてくれた女神様であり観音様であり救世主である。地球産の超高級酒であっても喜んで奢れる。

 ジェフはミラのパフェとコーヒー、自分の紅茶をオーダーした。

 そして十分後、運ばれてきたパフェにジェフは驚きの声を上げた。


「わ、結構でかいな」

「美味しそう~!!」


 メロンやイチゴ、マンゴーが贅沢に載ったフルーツパフェである。


「ちょっと食べる前にミラとパフェのツーショット撮ろうか。零に送りつける」


 ジェフは端末で写真を撮った。


(確かに美人だよな……)


 今日最初に会った時、確かにどきりとさせられた。制服姿かスポーティーな服装しか見たことがなかったこともあって、きちんと着飾っている姿はかなり新鮮であった。


 彼女が着ているのは艶のあるワインレッドのドレスだ。ジェフは名称など知る由もなかったが、オフショルダーで鎖骨が綺麗に見えている。

 立派すぎる上腕二頭筋を見事に隠すデザインで、かつマーメイドラインで出るところが出て引っ込むところが引っ込んだボディラインが綺麗に見えている。飾り気は控えめでシンプルだが、太ももがかなり大胆に見える深いスリットが入っていてよく似合っていた。


(零が好きそうなドレスだな……)


 別に異性としてどうこう思うわけではないが、何だろう、女優やモデルと会ったような気分である。彼女の隣を歩いていると気分がいい。自分の方が背は低いが。


「いただきまーす!」


 ミラはアイスをすくって口に入れた。それからマンゴーも美味しそうに頬張る。


(零が飯作り頑張る意味がちょっとわかるな……)


 ミラはとにかく美味しそうに幸せそうに食べるのである。

 ジェフも紅茶をカップに注いで、一口飲んでみた。ミルクも入れてみる。雨が止むまで、しばらく時間を稼げそうである。

 彼は端末をテーブルの上に置いた。


「ミラ、ドルフィンにまだキルコールしてないだろ?」


 はた、とミラの動きが止まった。


「いやいやいやキルコールなんて。お前を撃墜した!ってコールですよ? 私のこと好きでしょ? なんて言えます?」

「いや別にそんな言い方せんでもいいんだが……ちょっと試してみよう。零にミラの写真送ったら、3秒以内に絶対に返事が来る。見てろよ」


 ジェフは端末をミラでも見える位置に動かして、メッセージを起動、先ほど撮影したパフェを目の前にニッコニコのミラの写真を零に送った。

 いつも零とのやりとりは日本語だ。どんな返事が来てもミラはわからないはず。

 1秒も待たずに返信のメッセージが来た。


Why are youなんでお前、 on a date with 俺の愛しの小鳥ちゃん my cutie kotori-chanとデートしてるんだ!?』


 ジェフは言葉を失った。


(どうしてよりによって英語!?)


キューティーコトリ……」


 ぼそ、とミラが反芻するようにつぶやいた。


「なんで英語ぉぉぉ!?」


 ジェフは返信を電光石火で入力して送信した。


『豪雨だからカフェで雨宿り中。なんで英語なんだ? なんかあったのか?』


 瞬時に来た返事は日本語だった。


『別のメーカーのに日本語入力変えようと思って、前のアンインストールして新しいのインストール中でちょうど使えなかった。もう使える。今外雨なのか? そんな予報じゃなかったはずなのにな。まだ大気不安定か……天井に大穴空いたから仕方ない』

「まじかよ……なんか日本語入力のインストールし直してたらしい……」


 もう開き直るしかない。ジェフはミラに目を向けた。彼女は顔が真っ赤だ。


「今まで本気にしてなかったの? ぞっこんだよ」

「いや! そんな! だって! ……あんなに格好いい人が私みたいなの好きになるとか信じられないじゃないですか。なんか私の都合いい妄想なんじゃないかって!」


 都合のいい、妄想。

 ジェフはテーブルに突っ伏したくなった。


 口ではそう言っているが、彼女がわかっていないわけないのだ。多分、想いを告げる勇気が出ないことと、タイミングをはかりかねているのだろう。

 下手すりゃ楽しいルームシェア生活を破壊しかねないと思っているに違いない。


「……俺がキルコールって言った意味、もうわかった? 大丈夫、キャシーとサミーに気を遣ってるんだろうけど、ルームシェアが崩壊とかありえないから」

「はい……」


 ミラはこくりと頷いた。


「ちょっと零のこと、本気で考えてみてよ」


 ミラは誤魔化すようにコーヒーを口に運んだ。

 視線をさまよわせながら躊躇いがちに口を開く。


「あの……実は私、ちゃんと男の人と付き合ったことないんです。ドルフィンがもしYESって言ったらどうすればいいんですかね?」

「特別考え込まなくたっていいんだよ。あいつの飯食って今日も美味しいって言って、一緒におしゃべりして、そしてそれから、好きだよって言ってあげればいいんだ」

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