11. 零たちの部屋 打ち上げⅡ
「ところでドルフィン、なんでミラにワインレッドのドレスなんて着せようと思ったんだ? あんまりイメージないから私もびっくりしたけど、予想外に似合ってた」
ドルフィンはワインボトルを手にとって、レストランのソムリエのように優雅に注いだ。
(これをミラの前でやれよ! イチコロだから!!)
ドルフィンは確かにいい筋肉を備えてはいるが、ゴリラというような見た目ではない。ボディビルダーのような不自然さはなく、むしろ実用的な筋肉がスマートについている。
その身体の上には端正な顔。鑑賞するには最高だ。
「ラプターの髪、グレーだろ。同じくグレーの大型インコでヨウムってのがいるんだ」
ヨウム。キャシーも知っている鳥だった。知能が非常に良く、人の言葉を覚えることで有名だ。
「ああ、おしゃべりするインコだろ? それがどうしたんだ?」
「正面から見るとグレーの地味な鳥なんだけど、尻尾が鮮やかな赤でさ。ってことはラプターに赤いドレスもいいんじゃないかって……どうかした?」
(ドルフィンって超絶イケメンなんだけど、たまに発想が常軌を逸しているよな……)
どうやら思っていたことが顔に出ていたようだ。キャシーは誤魔化すようにポテトチップスに手を伸ばした。
「いや、まさかヨウムからとは思わなかった……」
「俺にはラプターはかわいいインコちゃんに見える」
「そんなこと言ってるのなんて本当にドルフィンくらいだよ。ミラ、ゴリマッチョの海兵を訓練で伸したことがあるからな……」
ミラは、どこからそんなパワーが出るのかというくらい良質な筋肉に、走ってもなかなか息が上がらないとんでもない心肺機能を持っている。幹部候補生時代、陸軍の特殊部隊にだって余裕で入れるくらいの成績を叩き出しているのだ。
聞くところによると、軍の他の男たちはミラを恐竜かモンスターだと認識しているのである。
そんな扱いを受けているのであんなふうに拗らせているのだ。ある意味仕方ないとも言える。
「俺はヒール履いたラプターよりもでかいからな。あの子は強くてかわいい小鳥ちゃんだ」
確かに先ほど並んだ姿はばっちりお似合いの姿だった。
「ドルフィンって身長いくつだったの?」
「188センチ」
「それでその体格か。スーツとかオーダーしてた?」
「ああ、スーツのジャケットどころかパイロットになってからはワイシャツも入らなかった。首のボタンが止まらない。肩とかもパッツパツになるし。あと太腿もギッチギチで、ハイスクールの時に丈の長さくらいしかいじってない制服履いてしゃがんだら尻が破けたことがあった。恥ずかしすぎて死ぬのかと思った。母さんは俺のこと指差して笑ってたな。それが卒業式だよ。やばくないか?」
キャシーは申し訳ないと思いつつも笑いが止まらなかった。ハイスクールの卒業式に尻が破けるのは悲惨すぎる。
「ミラよりよっぽどドルフィンの方が規格外じゃないかそれ」
「昔も今も規格外」
そう言って、ドルフィンは皮肉げな笑みを浮かべてみせた。
「確かに、特注ケーニッヒじゃないとドルフィンの身体は入らないし、整備士の私から見てもちょっと規格外な感じはあるな……」
「基本、サイボーグってのは五歳になる前あたりで脳下垂体に手術を施してそれ以上本体が大きくならないようにする、だからサイボーグの身体が入ってるチタンカプセルはそんなに大きくない」
「なるほどな」
「だけど俺の場合は、後から培養した臓器も何もかも成人サイズだ。だからデカい」
「今も昔も」
「そうそう」
早々にビールは無くなった。キャシーは二本目を開けることにした。
「なんか簡単なもの作るよ。もうお昼の時間だ。喋りながらできるやつ」
キッチンから冷蔵庫の開く音、それからアームのモーター音が聞こえてきた。
「悪いな」
「構わないよ、これくらい」
10分ほどでそれは完成した。一品目は生ハムで巻かれた何かだ。もう一品はキムチとアボカドを混ぜたもの。
「これは?」
「甘唐辛子を刻んで、クリームチーズと混ぜて生ハムで巻いた。もう一品は見ての通り、荒く刻んだキムチとアボカドを混ぜてちょっとだけ味噌入れてごま振ってみた。大丈夫かな? 味見してほしい」
キャシーは早速口に運んでみた。生ハム巻きは間違いないが、アボカドキムチも絶品だ。味噌が隠し味となっていてごまもいいアクセントになっている。
「完璧」
「そりゃあよかった。あともう一品ホットメニューを作る」
昼間から完璧な居酒屋メニューである。
キャシーは一度だけ日系の居酒屋に行ったことがあるが、前菜として出てきたものはもっと簡単なものだったと記憶していた。
これを簡単と言うドルフィンはどうかしていると思う。
「美味しいよ。今度ミラにも作ってやってくれ」
「ありがとう」
ドルフィンは満足そうにワインを傾けた。
「ドルフィンってさ、本当に軍人かってくらい所作が綺麗だけど、やっぱりいいとこの家の出なんだよな? 何で軍人になんてなろうと思ったんだ?」
「まあそうだな、上流階級ではあるね……俺はパイロットになりたかった。性格的に、旅客機より軍用機だなって」
「私は勉強しながら金がもらえるから士官学校に進学した。脳梗塞で倒れて要介護になった養父とパートタイマーの養母に、大学の費用なんててとてもじゃないけどお願いできなかったから。士官学校なら寮もあるし、ドルフィンも知ってるだろうけど金を使う暇もないから実家に仕送りできた」
士官学校は外に出る暇もなければ、外泊も基本的にはできない。門限があるのだ。
しかも消灯時間も決まっているので、できることが限られる。
その後、養母も癌になり、キャシーが二十三の時に亡くなった。
「俺は君やラプターに比べたらものすごく恵まれていると思う……」
「別に人の境遇に嫉妬したりはしないからそんな顔するなよ」
キャシーはビールを飲みながらケタケタ笑った。
「いや、でもさ……俺は、」
ドルフィンがそう何かを言いかけた時、バツっと音がして突然全てのライトが消えた。
「うわぁぁぁぁっ! 何!? 敵襲??」
暗闇でキャシーは立ち上がった。
その時、ドローンのライトが煌々と光を放つ。
「キャシー、ブレーカーが落ちた。すまん」
「ブレーカー?」
混乱しているキャシーは一瞬何のことかわからなかった。
「立体ホロ、電力消費が激しすぎる。今、エネルギー制限きてるから無理だったんだ。アスパラの肉巻き作ろうと思ってコンロに火を入れたらブレーカー落ちた。再起動中」
メインアイランドに大穴が空いたあの敵襲以降、一般家庭へのエネルギー供給は制限がかけられている。官舎も一般家庭の枠内なのだ。
「そういうこと……びっくりした」
キャシーはへなへなとソファに腰を下ろした。
「これあれだな……ホロ、エネルギー問題が解決するまで使うのやめた方がいいな」
ということは、ミラはこのバーチャルドルフィンと飲めないと言うことだ。画面越しでしか二人は酒盛りができない。
(しまった! ドルフィンとサシ飲みしてしまった。ミラを差し置いて!)
「動作確認しておいてよかったよ。予想外の方向でダメだったな」
その時、再起動が終わったのか部屋のライトが復旧した。
「……まあ仕方ないか。エネルギー問題だし」
動作確認した結果がダメだった。それだけのことだ。仕方ない。
若干ミラへの罪悪感があるが仕方ない。
ドルフィンがへこんでなきゃいいんだが、と思った時、彼の声がスピーカーから流れた。
「エネルギー不足が解消された頃の楽しみに取っておくよ。じゃ、肉巻きアスパラを焼くぞ」
(ドルフィン、めちゃくちゃ前向きだな……)
ミラは恋愛や自分の容姿を除いてかなりポジティブシンキングだが、ドルフィンも彼女に負けないくらい前向きだと思う。
そうでもなければ今頃楽しそうに料理なんかしていないだろう。
キャシーはそれが不思議で仕方がなかった。成人過ぎまで五体満足で食事だって何だってしていたのに、それなのにその日常を突如奪われて……。
不思議でしかなかったが、とてもではないが聞くことはできない。
肉巻きアスパラはポン酢で味がつけてあり、さっぱりとして美味しかった。
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