9. 零たちの部屋 ドレスアップ

「こんなのやっぱり似合わないよ!」


 ラプターが声を上げる。


「大丈夫、髪もアップしてメイクもするから私に任せろ」


 腕まくりして気合の入っているキャシーがラプターの肩を抱いた。


「……うん」


 パーティドレスを着たラプターは、俯き加減に頷いた。彼女はまだ化粧もしていないし髪も伸びかけたショートカットを降ろしたままだったが、零の目にはそのアンバランスさが妙にそそった。

 とても、口に出しては言えないが。


『ドルフィン、あなた今いやらしいこと考えていましたね?』


 サミーからメッセージが飛んできた。なんて鋭いAIだ! まあスピーカーで垂れ流さなかっただけましか。

 このAI、最近さらに色々学習して人間臭さが増している。


『何言ってるんだ。寝言は寝て言え!』


 ラプターにカメラの視線を戻す。ちょっと八の字になった眉もかわいい。

 ピアスは先日あげた鳥の羽のピアスをしている。フォーマルなパーティでもないし問題ないという。


「ドルフィン……本当にこの格好大丈夫かな?」

「似合ってるよ」


 そう言ったが若干不服そうだ。


「サミーもかわいいと思うだろ?」


 キャシーがサミーに問いかける。


「ええ。ラプターは世間一般的に見ても美人だと思いますよ。自信を持ってください」


 サミーにそう言われても渋い顔をしている。これは信じていないな。

 うん、これは奥の手を使うしかないと零は思った。その時、サミーがスピーカーから音声を発した。


「キャシーのヘアメイクで完璧になったラプターを見たいのですが、呼び出しがかかりました。飛ぶわけではないのでキャシーはそのままで大丈夫です」

「サミー仕事?」


 ラプターは顔を上げた。


「あ、サミー仕事か。ミラは任せておけ!」


 キャシーは任せろとサミーに微笑んだ。

 サミー、なかなか忙しいのだな。ドルフィンもサミーにじゃあな、行ってこいと声をかけた。


「後で完成したラプターの写真を見せてください。では行ってきます」


 サミーのドローンは充電器の上に飛び乗って、電源が切れた。やれやれ、と零は音声を発した。


「ブラボーⅠとも色々連携して仕事してるから忙しいらしい」


 サミーはよくこうして呼び出されている。トップの会議に呼ばれるなんてのもしばしばある。


「過労になったりしないから、こうやってしょっちゅう呼び出されるんだよな……あいつにも余暇を与えて欲しいよ、見てて本当に辛い」


 キャシーが化粧品を取り出しながら言った。クリームっぽいのがいくつかと、多分アイシャドウっぽいケース、多分ファンデーションの入った容器。それからアイライナーだか眉用だかのペン状のものが何本か。


 わからん、と零は思った。同時に、女性は大変だなぁとも思った。

 彼は同時にこっそり仮想現実世界にログインした。これからラプターをヨイショするための奥の手を使う準備である。


***


 手鏡の中の自分を見る。


 化粧はキャシーがしてくれた。左右対称の綺麗なアイラインを引いてくれた。見事だと思う。伸びかけたショートカットも綺麗にアップしてくれた。


 確かにすごい。


 脚にはストッキング、中に詰め物をしたパンプスを履いた。足の鱗はそれほど目立たないので、十分に隠せるのだ。

 そしてミラは、立ち上がってキャシーをいつもより上方から


「ヒール高すぎたかな?」

「5センチくらいだろ? ミドルヒールくらい。ちょうどいいよ」

「そうかなぁ……」


 ミラは姿見の前に移動した。最近ドルフィンが壁に設置したものだ。


(キャシー、やっぱりヘアメイク上手いな)


 自分の素材が残念すぎるせいで申し訳ないくらいだ。これでは小鳥ではなく大鳥だ。赤くてでっかい鳥。外に出るのが怖い。


「え、ちょ? は? ドルフィン?」


 突如、キャシーの驚愕の声が響いた。

 びっくりしてそちらを見たミラも目を見開いた。

 そこにドルフィンがいた。いつもモニター越しでしか見たことないドルフィンの姿があったのである。

 一瞬、呼吸を忘れた。


「ど? 家庭用立体ホロ。ちょっと透けてるけど」


 苦笑しながらこちらに歩いてきた。動けるのか! ミラは動揺して口をぱくぱくするしかなかった。

 彼はスーツ姿だった。紺色のネクタイにジレ。ミラよりも背が大きい。どうしよう。思考停止するくらい格好いい。


「ひ、ひえ! え! ホロ?」

「そう。ほら、鏡見て?」


 壁に張り付いている姿見の前に二人並ぶ。鏡を見ると、ホロが透けてドルフィンの頭の後ろの辺りに飛んでいるドローンが見えた。


「ほら、並ぶとちょうどいいくらいだ。俺よりこんなに小さいんだから」


 ミラは挙動不審気味にドルフィンの足元から頭のてっぺんまでまじまじと見た。

 ヒールを履いている状態で、珍しく隣の人物を見上げたのである。


(190くらいある? もしかして……)


 彼は照れくさそうに微笑んだ。

 心臓を撃ち抜かれた気がした。


「自信を持って。君はこんなにかわいいんだから」

「う、うん……」

「俺に身体があったら、君をこのままエスコートして行きたいくらいだ」


***


 キャシーはお似合いな二人の邪魔をしないように口をつぐんで背景になりきっていた。


(ドルフィン、こう見るとやっぱり超級イケメンだな……)


 モニター越しに見るのとはやはりインパクトが違う。

 ヒールを履いたミラの隣でも見劣りしない姿。軍の礼服姿もちょっと見たいかもしれない。


 ものすごく絵になる二人である。

 ミラの隣にドルフィンがいれば、変なことを言う野郎も湧かないだろう。

 ミラは体格もいいし、背も大きいが、目が大きめでちょっと童顔なのだ。そして何より、男が目を引かれるだろうメリハリのある体つき。

 だから余計変な男に絡まれるのだろうとキャシーは踏んでいた。


「パーティ、行けそう?」

「うん、ごちゃごちゃごねてごめんね……」


 シュンとしてミラはドルフィンの方を見上げていた。

 あれは破壊的なのではないだろうか。絶対今ドルフィンは悩殺されているはずだ。


「気にするな、普段着なれないカラーのドレスを薦めたのは俺だし」


 キャシーはそんな映画のような絵になる二人をぼーっと眺めてはっと我に返る。

 写真を撮っておかないと。サミーも見たいと言っていたし。

 だが、声をかけるのが忍びない。邪魔をしたくない。

 でももう時間も迫りつつあった。キャシーは意を決して口を開いた。


「お二人、ちょっと写真撮らないか? サミーも見たいって言ってたし」


 端末を躊躇いがちに掲げた。

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