4. 零たちの部屋 にゅうめん カレーうどん
「ただいま……」
艦内演習から帰宅したラプターはヨレヨレだった。すでに日付が変わっている。なんだかちょっと顔色が悪い。
「おかえり。疲れてそうだな……ご飯は?」
「食べる……」
ワンテンポ遅れて、サミーのドローンにランプがついた。
「ただいま帰りました。少しクリムゾンと話をしていました。キャシー、先に帰らせたのですがどうしてます?」
「おかえりサミー。元気そうだな。キャシーは疲れたって言って、もう寝てる」
「では静かにしないとですね。私はスリープモードにします。おやすみなさい」
「「おやすみ」」
零とラプターがそう言った途端、サミーのランプが切れた。二人っきりだ。なぜだかわからないが、なんだか緊張した。
だが、今さら二人きりだからなんだというのだ! 今までだって散々二人きりになっているではないか!
(やばいぞ俺、童貞中学生みたいだな……)
「風呂沸いてるよ。サミーが仕事上がり教えてくれたから、先に用意してた。入浴剤もあるよ」
ジャスミンの香り、と謳っている入浴剤だ。スーパーで目に止まったので買ってきたのである。
「ありがとう!」
「ご飯はガッツリがいい? 胃に優しいのがいい?」
「胃に優しめでお願い」
ラプターは部屋に戻って着替えを持ってくると、入浴剤を持って風呂に向かった。彼女が胃に優しめをチョイスするなんて珍しい。相当疲れているようだ。
(にゅうめんでも作るか……疲れてそうだからネギと卵と鶏肉をたっぷり入れよう)
零はキッチンに向かって、冷蔵庫から鶏肉を取り出した。
***
「なにこれ!」
「そうめん、ってあったかいのも美味しいんだよ。にゅうめんって言うんだ」
器にあったのは、ほかほか湯気を立てる温かい麺。スープは見たところ卵スープっぽい。
鶏肉、それからネギ。最近ドルフィンがキッチンのライトで育てていた豆苗もたっぷり添えられている。
「美味しそう! いただきます!!」
ミラは手を合わせた。
「どうぞ、召し上がれ」
疲れ切った身体に染み入る優しい味だった。鶏肉はプルプルで柔らかい。
いくら料理をしないといっても、ささみを茹でるくらいはしたことのあるミラである。
普通はパサパサになるのに。え、なんだこれは。
「鶏肉美味しい……」
「片栗粉まぶして茹でるとしっとりになるんだ。美味しいでしょ?」
「これすごい……」
「今度茹でてサラダにもしてみようか。キャシーも喜びそうだし。おろしポン酢あたりも合いそうだな」
ミラは麺をすすって汁も飲んでみた。美味しい。
「美味しい……鶏肉、サラダに合いそうだね! あ、今度、ドルフィンのうどんも食べてみたい」
「OK、普通のもいいけど、カレーうどんとかどうかな? 出汁たっぷりの。ジェフが好きでよく作ってた」
カレーとうどんだって? ミラはカレーライスが大好きだ、美味しいに違いないと目を輝かせた。
「うん、食べる!」
疲れ切っているのも忘れたミラは、元気な声を出した。
「よし、今度の休みにでも作るよ!」
「うん! 楽しみ!」
ミラは全く気づいていなかったが、ミラに少し笑顔が戻ってドルフィンは内心胸を撫で下ろしていた。
念願の休日がやってきた。
「カレーうどん、うま! なにこれ考えた人天才じゃん!」
キャシーは感嘆の声を上げた。
ミラも、カレーうどんは無敵だと思った。豚コマ肉が大量に入っていて食べ応えも抜群。
ほのかにスパイスが香る、出汁の旨味たっぷりのカレースープがうどんによく絡んで最高だ。
ちょっとドルフィンぽい感じがした。食べやすくて穏やか、まろやかな風味だが、ピリリと香るスパイスが鼻腔をくすぐる。
「美味しい? よかった! 本物の豚コマたっぷり入れて油の旨味も出てると思うし、出汁も効かせた」
この世で最強の食べ物は、ハンバーガーではない。カレーうどんである。
ミラは無言で平らげた。正直、あと三杯食べたい。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
昼間、ショッピングに費やしてクッタクタの身体が癒された気がした。
そう、今日はキャシーとドルフィンとショッピングモールに行って、パーティードレスを買ってきたのである。サミーも暇なのかくっついてきてメンバーとしては気楽な面々であったが、何度も試着して正直ぐったりだったのである。
「デザートにメロンがあるよ」
「「メロン!」」
ミラは、キッチンにうどんの器を片づけがてら、メロンを受け取りに行った。もちろんキャシーの分も。
「ありがとう!」
キャシーの前に皿を置いて、自分も席についた。黄色い果肉のメロンだ。スプーンを手に取った。
「この前スーパーで美味しそうだなと思って買ったんだ。ちょうどいい感じに熟れてきたから冷やしておいた」
ミラは果肉をスプーンで救って口に運んだ。みずみずしくて甘くて、デザートに最適である。
「メロン最高」
「美味しかったならよかった」
***
美味しそうにカレーうどんをすするラプターを見て、ご機嫌回復だな、と零は胸を撫で下ろした。
昼間は大変だった。
服屋で、こんなの似合わないとごねるラプターをキャシーとおだてて試着室に行かせることの繰り返しだったからだ。
零はいっそキャシーに驚いた。友達でもこんなに面倒な相手、放りだしてもおかしくない。でもキャシーはそう思ってはいないようだった。
「ラプター、好かれてるんだな……」
ミラが服屋で会計している時のことである。
カウンターの上で、ラプターが選んだワインレッドのパーティドレスが綺麗に畳まれていくのが遠目に見える。
「ん? なんのこと?」
「友達だったとしても、こんな休みまるまる潰してって辛いだろ?」
「いいんだ。私もミラにはおしゃれしてほしい。馬鹿どものせいであの子は拗らせちゃってるから仕方ない。根気強く君はかわいいんだよってドルフィンが教えてあげなきゃ」
「俺?」
「男が言った方が効くだろ。イケメンが言った方が」
イケメンもクソもないだろうと正直思ったが、まあケーニッヒが今の身体だとすると戦闘機オタクのラプターやキャシーからしたらイケメンかと納得する。
「……そうかもね、灰色ペンギンとか灰色フクロウちゃんって呼ぶとなんかちょっと照れてるし」
鳥の名前で呼ぶとだいたいいつももじもじしている。なんだかそれがかわいくて呼んでしまう。
彼女と付き合うことに前向きでない零には、それはあんまりよくないことだとわかっていた。わかっているのにやめられない。
(麻薬かよ……)
そう思いつつも、薬物に手を出したことはない。まあ、治療の際に鎮静・鎮痛剤として医療用の合成麻薬をバンバン使われていたらしいがそれはまた別である。
「ドルフィンもタラシ野郎だよなぁ……」
心外である。
「ラプターじゃなきゃそんなこと言わない」
「安心だよ。こっちとしてはな。これで仮想現実空間で遊びまくってる男だったらサミーにぶん殴ってもらってる」
「サミーでかいから殴られたらやばそうだな。俺と変わらないくらい背がでかいよ。アバターだけど」
零がキャシーと暇つぶしがてらおしゃべりしていると、ラプターは買った商品を受け取ってこちらに歩いてきた。
セクシーでグラマラスなラプターのボディにピッタリなワインレッドのパーティドレスを買わせることに成功して、彼はなかなかハイテンションだった。
鎖骨が綺麗に見えるオフショルダーだ。
零がゴリ押しした自分の好みのデザインである。
キャシーは休みを取ってラプターのヘアメイクをするらしい。零もその日は何がなんでも仕事を休もうと決意した。休まなければ、多分一生後悔する。
「お待たせ……時間かかっちゃって申し訳ない」
迷惑をかけたと流石に感じているのか、ラプターはどこかしょんぼりした顔で言った。
(やばいかわいい……)
「いいよ。似合うのあってよかったな」
「うん、キャシーの言う通りだ。いいよいいよ。これから夕飯の買い物行こう。せっかくだからパスタとか買いだめしたい。ちょこっと持ってもらってもいい?」
「「もちろん」」
昼間のことを少々思い出しながら、零は壁にくっついたメインカメラでメロンを平らげて満足そうにニコニコしているラプターを見下ろした。
(かわいい……)
重症である。
何をしているところを見てもかわいいし、昼間のように少々わがままを言われても全てを許せる。許せるどころかわがままを言ってもらえて嬉しささえ感じる。終わった。自分は終わった。
かわいい小鳥ちゃんの爪に捕まって、地面に叩きつけられた哀れなドローンであることを自覚した。それどころか、散々くちばしでつっつかれて再起不能なまでに破壊されている。
「もうダメだな……」
「ん? なんか言った?」
「今の
ラプターとキャシーが口々に言った。しまった。久しぶりに心の声が出てしまった。よかった日本語だったか。思考言語は状況にもよるが基本日本語だ。
「心の声が出た。切替え間違えた」
「ええ~、なんて言ったんだよドルフィン?」
「秘密だ」
「教えてくれてもいいよねー?」
ラプターはこっちを上目遣いで見上げた。破壊力抜群である。零は心臓が止まるのではと色々覚悟した。
「ダメ。独り言だ! 忘れて!」
その時のことであった、インターホンが鳴る。サミーだ。
よし、いいタイミングで帰ってきた。なんて空気の読めるAIだ!
ワンテンポ遅れて、ドローンのランプが青くなる。
「ただいま帰りました。遅くなってしまいましたね」
皆口々におかえりと出迎えて、最後にキャシーがサミーを褒めた。
「サミー。今日もえらいぞ」
今日はサミーの大嫌いな会議というやつだったらしい。
「なぜ人間はあんな非効率な会議なんてものをするんでしょうかね……まあ言語コミュニケーションする生き物なので仕方ないのは理解しているんですが。ドクターアイカワが居眠りしていました。東方重工のアサクラ総裁がつっついて起こしてました」
(まじかよばあちゃん!)
「え、ドクターアイカワも遠隔で? アサクラ総裁も!」
びっくりした声を上げたのはキャシーだった。
「キャシー、アサクラ総裁憧れだもんね……」
(……何も言うまい)
零はボロを出さないように、始終ダンマリを貫き通した。
祖母も母も仕事人としては一流かもしれないが、家庭人としてはポンコツの極みだからである。
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