2. 零たちの部屋 ダイニングルーム
人は戦争が始まると成婚率が増える。古今東西その傾向があるが、これは宇宙空間においても変わりなかった。
今、ブラボーⅡでも空前の結婚ブームが訪れている。
「パーティドレスなんて官舎と一緒に廃棄……」
「だろうね……」
ミラはドルフィンが作った焼きそばを頬張りながら、行儀が悪いのは分かりつつも端末でパーティドレスを検索していた。今度知人の結婚パーティに呼ばれているのである。
披露宴ではないが、おしゃれなレストランを貸し切ってパーティするらしい。
今は昼の11時半。キャシーは昨晩夜遅くまでのシフトだったのでまだ起きていない。ミラも仕事は昼過ぎからだ。なのでダラダラと調べ物をしているのである。
「前のは何色だったの?」
ドルフィンは人っぽくドローンのカメラで端末を覗き込んでいる。
「前はね、ネイビー」
「もっと派手な色でもいいと思うよ?」
「似合うかなぁ」
「似合うよ。髪も目も綺麗なんだから!」
「……これ?」
ミラは髪を指先で摘んだ。
「緑にもピンクにも紫にも見える。なんでも似合うと思うよ」
そうかなぁなどと思いながら、ミラは色々サイトを見て回る。まあ。大きいサイズがないと自分の体格では着るに着られないのだが。
「赤とかシルバーとかどう?」
ショーパブなんかの女装パフォーマー、つまりドラァグクイーンみたいにならないか?
「派手じゃない?」
「ホワイトじゃなきゃなんだってOKだよ! せっかくだからおしゃれしようよ」
カラー選択を変えてみた。大丈夫か、目立ちそうだぞ。
そんなことを考えていた時、キャシーの部屋の扉が開いた。
「おはよ~!」
大あくびをするキャシーが部屋から出てきた。寝癖がすごい。赤毛が見事に爆発している。
ミラもドルフィンもキャシーにおはようと返した。
後ろからサミーのドローンも飛んできた。
「おはようございます」
「キャシー、ちょっと待って。朝ごはん作るね」
「ありがとうドルフィン……やばい起きたけど眠い……」
「無理するなよ、眠いなら寝直すのもアリだぞ。4時間くらいしか寝てないだろ」
これはドルフィンの声である。キャシーは朝方5時ごろまで働いていたのだ。機体トラブルで応援を頼まれ、思ったよりも長引いてしまったのである。まだ起きるには早すぎる。
ミラは口に焼きそばが詰まっていたので、キャシーにブンブン頷いてみせた。
「キャシー、言ってくれれば私が起こしますよ?」
「これ以上寝たら昼夜逆転だ! 起きる!」
ミラはちら、と時計を確認した。あと1時間後にはここを出なければならない。
端末を切って焼きそばに集中した。香ばしい麺、ソースの奥に、少しだけ醤油の香りもする。添えられた紅しょうがで口の中をリセットして、改めて箸を伸ばす。
野菜もシャキシャキだ。昔、実験室にいた頃、自分達だけで焼きそばを作ったことがある。だが、こうはいかなかったなぁと美味しさを噛み締める。
もうドルフィンのご飯から逃れられない。関係が壊れてこの最高な同居生活が解消されてしまったら、自分はどうにかなってしまうかもしれない。
そう思うとなかなか足を踏み出せないミラであった。
***
サミーとミラは出勤して行った。対ゼノンのブリーフィングがあるらしい。飛ぶのは夜間になってから。なので、キャシーの出勤はまだだ。今、キャシーはドルフィンと二人である。
「どうぞ、朝ごはん」
ダイニングテーブルの上には、ミルクたっぷりのカフェオレ。その隣には、黄金色の焼き目とハチミツが艶やかなフレンチトーストがあった。
「うわ、おいしそ! いただきまーす!」
キャシーはカトラリーに手を伸ばした。ナイフを入れると奥まで卵液がしみしみ。一口大に切って口へ。
ふわふわでしっとりとろとろ。卵液は甘さ控えめで、ハチミツをかけてもしつこくない甘さでちょうどいい。絶品だ。
「今日も最高」
「ありがとう、今度ラプターのおやつに出そうかなって思って。あの子朝ごはんはしょっぱい方が好きみたいだけど君は甘いのもOKだろ?」
ああ確かに、とキャシーは思った。
「ミラは甘いものそこまで好きじゃないっぽいからなぁ。おやつに食べるのは好きみたいだけど、朝からドーナツとかよりもいつもハンバーガーだったし」
「朝からハンバーガー……」
言葉を失っているドルフィンをよそに、キャシーはカフェオレの入ったマグカップに手を伸ばした。フレンチトーストが甘いので、無糖のカフェオレがちょうどいい。
「ミラに食べさせたいものがあれば、味見はいくらでもする」
「……それはありがたい」
ドルフィン、絶対照れてるなぁ。フレンチトーストをうっとりと味わう。本当に早くくっつけばいいのに、この二人はなんでこうもじれじれしているのだろう。
まあ、見ている分には楽しくって仕方ない。
「キャシー、ちょっとラプターのことで相談なんだけど」
「なになに~?」
「今度結婚式に参加するみたいなんだけど、ものすごく着るものとか悩んでて……普通女の子ってそういうの楽しみにするもんだと思うんだけど……」
「ああ、ミラはほら、見た目が色々目立つからできるだけ地味な服とか着ようとするんだよな。パーティの時は手にはレースの手袋して、足は柄物のストッキングとか履いてるけど、さらに身長がデカいから綺麗なものとかかわいいものに怖気づいちゃうっていうか……小物程度ならいいんだけど、パーティドレスは完璧にダメだ。苦手なはず」
「そんなに苦手なの?」
ドルフィンが不思議そうに言った。
「前パーティーの後で二軒目飲みに行ったらさ、『そんなにデカいなんて元男だろ? その胸は偽物か?』って絡んできたおっさんがいて……」
「ちょっとその野郎、どこの誰だか知らんが俺が物理の力で元男にしてやろうか?」
物騒なことを言い始めたドルフィンをキャシーは完璧に無視した。
「体格もいいから、自分はそんなふうに見えるんだ……って凹んじゃって。なあドルフィンなんとかならないかなぁ……あんなに美人でプロポーションいいのにオーバーサイズのシャツとジーンズばっかりで勿体無い」
「日系人だとあの体格は珍しいけど、欧米系だと別に気になるほどじゃないだろ。そうかそんなことがあったのか。かわいそうに……」
ミラの買い物に何度も付き合っているキャシーは思うのだ。ブランドを選べば身長、肩幅、ウエストサイズ的に着るものはないわけではない。だから突拍子もない体格ではない。ただちょっと胸が大きいので入らなかったりすることもあるが、それはまた別の問題だ。
「今度、無理やりどっか引っ張っていってパーティドレス買わせよう。大丈夫、私がくっついて行ってうまいことやる」
「俺も時間が合えば同行したい」
「よし、計画しよう!」
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