第六章

1. 基地内 バー タカの止まり木

 ミラの機体の用意ができてのち、正式にアグレッサーに異動となった。


 慣れないことも多かったが、一つ気が楽なこともあった。

 サミーもアグレッサーに配属となり、ミラと彼女のウイングマンであり弟分のダガーことフィリップ、それからサミーの変則的三機で編隊を組むことになったのである。


 ミラはフィリップとは元々組んでいて気心知れているし、サミーとも何度も一緒に戦っているので連携もなかなかうまくいっている。

 だが、問題はサミーとフィリップであった。フィリップはそりゃあ一般人より頑丈だが、ミラほど能力が高いわけではないし飛行経験も圧倒的に少ない。


「フィリップがものすごく苦労してる」


 ミラはモヒートに山盛りのミントをストローで潰しながら言った。

 場所は基地内のバーである。その名も、タカの止まり木。

 右も左も軍人とその関係者ばかりだ。必然会話は仕事の話になる。


「ダガーも大変だろ、ミラはともかくサミーとも飛ばなきゃならないなんて同情する」


(サミーは結構ズバズバ言うからなぁ……)


 的確な指摘はミラにとってはありがたいが、やれあそこがダメだったここはこうしろと言われ続けているフィリップや他の隊員はたまったものではない。

 サミーはドルフィンを見て育ってしまったので全ての評価基準がドルフィンなのだ。


「軍は一兵卒ができる行動指針で動かないとダメだってのは口すっぱく言ってるんだけど……なかなか難しいね。AI教育は」

「サミーも悪い子じゃないんだ。ただちょっと焦ってる。サミーなりにゼノン対抗のプランは色々あるみたいだけど、みんなが自分についてこられないから。まあ無理だよなぁ。尉官だとドルフィンとミラくらいだろ、サミーが合格点出すのなんて」


 クリムゾンなどのベテランはテクニックと経験でカバーできるかもしれないが、普通に肉体を持っている若手パイロットがサミーを相手するのはかなり難しい。


「機体の件がなければ、ミラ、ドルフィン、サミーの三機で組むのがベストよねぇ……」


 ドルフィンがサミーと組んでいたのは変則的だから置いておくとして、同じ機種で小隊を組むのがセオリーだ。


「この前ちょっとドルフィンのお釈迦になった機体見せてもらったけど、あれものすごく改造してある。ドルフィンの特殊仕様って感じ。めちゃくちゃでかいんだな、ドルフィンの生命維持装置。ありゃアマツカゼには載らない。絶対無理」


 キャシーはここのところアマツカゼだけでなくケーニッヒの修理や整備を手伝うことも多いらしい。人手不足なのである。

 メインアイランドに大穴が空いたあの襲撃。日付から6.29事変と呼ばれるが、あの日、整備士も多く被害を受けた。二ヶ月が経過した今も入院している者が多くいる。


「ドルフィン、自前の臓器は心臓と神経系くらいしか残ってないって聞いた」

「本当に生きてるのが奇跡だと思うぞ。今度調べてみろよ。この前偶然あのテロの被曝時の論文が出てきて、そんなに詳細は書いてなかったけど結構すごかった。壮絶。ジェフってあんな感じだけど、あのプロジェクトにいきなり放り込まれたって相当頭のキレる男だよ」

「ジェフ、未だに心配になってちょくちょくドルフィンのバイタル確認しちゃうって言ってたわね。あのテロ、本当に大変だったみたい」

「エリカ、ジェフと結構連絡取ってるんだな」

「この前映画行ったのよ。仮想現実の方の映画館は全部抽選落ちて、リアルの方も初日人気すぎてカップルシートしか取れなくて! ジェフは出遅れて予約失敗したって嘆いてたから、あらじゃあ隣座って? って」

「じゃあ、それでその時に直接会って色々話したってことか?」


 キャシーはエル・ディアブロを傾けた。テキーラが入った真っ赤なロングカクテルである。意味は悪魔。

 なんだか、サミーの目のような色をしてるなぁとミラは思った。


「そう、終わった後しばらく色々おしゃべりしたのよね」

「私もドルフィンとどこか行きたいなぁ……二人っきりになりたいだけかも」

「デートに誘えばいいんじゃなくて?」

「そうだね……うん」


 ミラはもじもじしながら手でグラスを弄んだ。いつぞやバードウォッチングに行った時みたいなピクニックなんかも理想だ。初めて会った時みたいにカフェのテラス席でまったりとかもいい。


「ドルフィンならどこでも行ってくれるって。ミラ、本当はわかってんだろ? 脈アリだぜ、完璧に」

「わかってる……」


 少なからずドルフィンが自分に対し興味を持っていることはわかっている。それが、一緒にいたいのかそうでなく一時の気まぐれなのかまではわからないが。

 気づいたのは割と最近だ。あの男、声が人工的なのでとにかく分かりにくい。表情だってわからないから余計だ。


 だが、流石にサミーとキャシーと暮らしてみて気づいた。

 ドルフィンはありとあらゆる人に優しいが、自分はちょっと贔屓されているのでは、と。


「あらじゃあミラ、頑張っちゃう?」

「でもあんな格好いい人が私みたいなデカくて腕力やばい女に興味持つとか未だに信じられない……しかも私はサイボーグじゃないし」


 ミラは顔面を両手で覆った。そう、そこなのだ。同じサイボーグ同士なら普通に恋愛ができる。向こうの世界、つまり仮想現実空間で彼を狙っているサイボーグの女性がいっぱいいてもおかしくない。


「おいおいミラ~」

「ドルフィンのこと狙ってるサイボーグの美人とかいっぱいいるでしょ? いないわけない。だってあんなエース街道まっしぐらのパイロットだし……優しいし、格好いいし優しいしご飯美味しいし完璧だし優しいしご飯最高だしたまにブンブン飛んでるのがかわいくってもう無理無理無理……」

「いい? ドルフィンは仲良いサイボーグがほとんどいないわ。たまに集まりの帰りなんかに逆ナンされてるの見るけどはっきりきっぱり拒否してそそくさと帰ってるし。最近はサミーとフローとつるんでることが多いから誰も近寄らないわね」


 エリカはミラの言葉を遮るようにスピーカーから声を発した。

 フローとはホークアイだ。つるんでいるから近寄らないとはどういうことだ?


「サミーと一緒にいると何かあるのか?」

「仕事でお世話してるんじゃないかってみんな思ってあんまり近寄らないの。基本パーティ大好きで遊び人のフローがサミーと一緒にいるなんて信じられない、仕事だろうってみんな思うのよ」


 遊び人……あの紳士的で状況判断も的確なホークアイがそんな男だとは俄かに信じ難いが。


「サミー、あんなにかわいいのに一緒にいたら仕事だなんて言われてたなんて。だいたい、ホークアイは私の救助にも来てくれた。そんなちっさい男じゃないぜ、あいつ。プライベートで会ってる時は、エリカの友達ならそう畏まるなって言ってくれたしなぁ」

「ええ、本当はとても優しいのよ。フローは義務感だけでサミーと一緒にいるとは思えないわ。きっとドルフィンとサミーと一緒にいて楽しいの。私、正直言って安心してるのよ。フローは一緒にいて心から楽しいと思える仲間を見つけたのねって」

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