13. 零たちの部屋 リビング 零のプレゼント

「ただいま……もう食べられない」


 クリムゾンを家まで送り届け、すぐそこでダガーと別れたミラである。まだ破裂しそうなほどお腹がいっぱいであった。


(もう無理……)


 クリムゾン、頼みすぎである。我ながらよく食べた。玄関までドルフィンが飛んできて出迎えてくれた。


「ラプター、おかえり。大丈夫?」

「なんとか……クリムゾン、奢ってくれるのは気前いいんだけど、頼む量が……」

「ああ、あのおっさんやばいよな。昔から食べろ食べろって」

「小さい時から知ってるんでしょ? 今日聞いた」

「ああ、親戚のおっさんって感じかなぁ? 俺にとっては」


 リビングに向かうとキャシーも出迎えてくれた。


「ミラ、おかえり!」

「あれ、その部屋着どうしたの?」


 キャシーが着ていたのはかわいいルームウェアだった。キャシーによく似合っている。


「サミーがくれたんだ。結構センスいいよな」

「すごいねサミー、プレゼントか! いいねえいいねぇ!」


 キャシーは元来おしゃれ好き。官舎があのようなことになり、服や化粧品にアクセサリー、全てを処分せざるを得なかった。おしゃれな部屋着はテンションが上がるだろう。


「はい、このブレスレットのお礼です」


 なんてかわいいんだろうサミーは。自分のことではないのにとても嬉しかった。ミラはニコニコしながら荷物を部屋に置きに行った。

 さっとシャワーを浴びるか。ほとんど酒も残っていないし。


「ちょっとシャワー浴びて着替えてくる!」


 プレゼントを渡すタイミングを伺ってソワソワしているドルフィンがいることなど、この時のミラは考えもしていなかった。



「あーさっぱりした!」


 シャワーを浴びて歯も磨いて、すっきりさっぱりなミラがリビングに戻ってくると、リビングにキャシーとサミーはいなかった。


「ラプター、お茶冷えてるよ。飲む?」

「ありがとう!」


 すぐさまドルフィンのドローンが飛んできた。キッチンの方から冷蔵庫のドアが開閉する音が聞こえる。自分で取りに行こうとすると、持ってくるから座って待っていて、とドルフィンに制される。

 この男はどれだけ自分を甘やかすつもりなのだろうか。配膳ロボットがこちらに走ってきた。


「はいどうぞ」

「ありがと、ドルフィン」


 グラスに麦茶。氷が小気味よい音を立てた。風呂上がりの一杯、最高だ。

 半分くらい飲み干して、テーブルの上にグラスを置いて一息。


「実は俺も君にプレゼントがある」


 ゆったりソファに背中を預けていたミラであったが、ドルフィンのその言葉に弾かれるように身体を起こした。


「え、そ! そんな! 気にしなくていいのに!」


 まさか自分にもあるなんて思ってもみなかった。


「義務感とかじゃなくって、ちょうど君に何かあげたいと思ったんだ。だから受け取ってほしい」


 手に乗るくらいの小さなショッパーをぶら下げたドルフィンが目の前でホバリングしていた。ミラはそれを両手で受け取った。

 知っている店だ。少しだけ覗いたことがあるエスニック雑貨店である。


「開けていい?」

「ああ、開けてみて」


 シールを剥がして、中の物を取り出した。透明ビニールでラッピングされたそれはピアスだ。

 きらきらとライトを反射して光るグレーの羽が一枚ぶら下がっている。かわいい! カジュアルな服にも合うし、普段使いもできそうだ。


「羽ついてる! ありがとう! ちょっとつけてくるね!」


 ミラは自室に飛ぶように移動した。クローゼットの扉に鏡がついているのだ。早速つける。質感は本当の羽ではなくて人工っぽい素材だ。でも全く安っぽく見えない。キラキラしている。髪の色とも相性バッチリだ。


「入っていい?」


 ドルフィンの声が開けっぱなしの入り口から聞こえた。


「入って入って!」


 ファンの音を響かせながらドルフィンのドローンが飛んできた。


「よく似合ってる」

「ありがとう、大切にするね」


 嬉しい。どうしよう。鳥なのに羽が生えていない自分にちょうどいい。綺麗でおしゃれ。なんてかわいいんだ! 何より、ドルフィンがくれたことが一番嬉しい。


「金具、ゴールドにしてよかった。目が金色だからマッチしてる。羽の色も髪と合ってる」


 この人は、やはり自分が鳥であることをプラスとして捉えてくれる。

 皆、普通はそこには触れないものだ。間違っても鳥の羽モチーフのプレゼントなんて寄越さない。

 腫れ物として扱ってくる人間が断然多い。


 彼がサイボーグでよかった。エリカがかつて言っていたのだ。身体の残った部分をどう使うか、自分の能力を最大に活かせるのは何か。それをよく理解して、秀才ばかりの世界でのし上がるのがサイボーグだと。

 彼も典型的なサイボーグだ。本当の自分である「鳥人間であるミラ」を見てくれる。自分の特性をよくわかって受け入れてくれているのだと感じた。


「わざわざお店に行って選んでくれたの?」

「ああ。せっかくだから自分で選びたいなと思って」


 ミラは両手をドローンに向かって伸ばした。子猫や子犬を持ち上げるように両手で掴むと、ファンがゆっくりと停止して収納された。

 そのまま額を寄せた。この部屋のカメラは自分が住むようになって撤去されている。今、彼はドローンのカメラでこちらを見るしかなかった。その死角に唇を落とす。気づかれないように細心の注意を払って。


「抱っこしてくれるのは嬉しいけど、なんにも見えない」

「いいよ見ないで」

「リビングに来てくれたら見えるのに」

「やだ。見ないで」


 なんだか今日の自分はおかしいなとミラは思った。酔いは結構覚めたはずなのに。


「小鳥ちゃん、どうかしたの?」


 いきなりアグレッサーの配属が決定したこともあり、少々情緒は不安定だった自覚はあった。しかも、そのきっかけはこの男だ。

 そして、プレゼントまで。


「私、アグレッサーへの配属が決まった」

「出世じゃないか! おめでとう!」

「ありがとう、ドルフィン。サミーとホークアイとで、あのこと上に言ってくれたんでしょ?」


 あのこと。そう、現在の上官のことである。

 彼は案の定、あのことと言っただけでわかってくれた。


「一番憤っていたのは多分、ホークアイだ。サミーは君の考えを尊重したいキャシーとの間で板挟みになってすごく辛そうだった」


 サミーに悪いことをしてしまったな。早く自分で上に訴えればよかったとミラは少々後悔した。


「申し訳ないことをした……」

「これはクリムゾンから聞いた話だったけど、トップは割れたらしい。自分がハラスメント受け続けて、それを訴えられないような……自分の世話をできないパイロットをアグレッサーに入れるのはどうなんだって。それにクリムゾンはブチ切れたらしい。君の立場だとそれは難しい。今、敵が攻めてきている状況もあって、訴えられないのは当然だと」


 ああ、想像に難くない。クリムゾンに改めて礼を言いたくなった。


「……うん、軍には拾ってもらって置いてもらってるって恩義がある。だから迷惑をかけたくなかった。扱いにくいとも思われたくなかった。しかもゼノンも現れていっぱいパイロットが死んだ。私さえ我慢してればいいって」

「わかるよ。俺だって戦闘機のサイボーグシップは一人だから。扱いにくいだろうな。遠隔機が使えないとなった今、機体ぶっ壊れたらサブの機体に乗ることもできないし。だけど、自慢じゃないし自分で言うのもどうかと思うけど、それなりの成果は残してる。俺や君が辞めるなんて言ったらみんな全力で引き留めるだろう」

「そうだね、自分でも、そこそこ自信を持てる活躍をしたとは思ってる」

「ああ、もうなくてはならない存在だ。前例がいなけりゃ君が前例になればいい。俺も俺自身が前例になろうって最近思えてきた」

「うん」

「もう死にたがるのはやめることにした。これからも仕事もプライベートもよろしく頼む。切磋琢磨できる貴重な存在だ」

「うん」


 よろしく頼みたいのは自分の方だとミラは思った。ミラは胸元のドローンを抱え直してリビングに戻った。

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