11. セントラルモール 極秘ミッションⅡ

 零が指定された店に向かうと、そこには通路からその店を遠巻きに眺めるジェフがいた。


「よう。俺は買い物終わった」

「お疲れ」

「こんな通路でどうした?」

「俺みたいなおっさん、こんなキラキラの店入れない……」


 まあ確かに、と零は思った。視線を向ければ、ふわふわモコモコパステルカラーの部屋着が並んでいるのが遠目からでもわかる。


「俺もここでラプターになんか買ってあげたいけど……」

「けど?」

「あの子背が大きいしちょうどいいサイズなさそうだなぁ」

「ああ、確かに。175の俺よりでかいもんな」


 零が聞いた時、ラプターは179センチあると言っていた。


「188の俺からするとラプターはちょうどいい……って思ったけど俺今その身長ねぇわ」


 ハグしたら絶対ピッタリなんだよなぁと思うが実際今零はその身長はない。


「ポテンシャルがあればいいんだよ」

「そう?」

「うん。大丈夫。お前は今の身長はケーニッヒの全高言っときゃあいい」

「……まあ間違ってはないが」

「格好いいし最高だろ。今度コックピットに乗せてあげれば?」


 言われて零は考えた。ラプターはケーニッヒの操縦経験もあるらしい。彼女の操縦で飛んでみるのもいいかもしれない。

 人の操縦で飛ぶなんてゾッとするが、彼女だったら構わない。


 レーダーを見ることが仕事のエーワックスなら致し方なしだが、基本、サイボーグシップはコックピットに人を入れないものだ。

 入れたとしても、家族くらい親しい人間くらいである。それほどプライベートな空間がサイボーグシップのコックピットだ。


「そうだな、それもいいかもしれない。ラプターなら操縦桿を握ってもらっても構わないどころか歓迎だな……」


 会話はそこで途切れた。10秒ほど無言の時間がつづいた。

 サミーに目をやれば、悩んでいるようでなかなか出てこない。


「それにしてもサミー、なかなか出てこないな」

「人生初の好きな人へのプレゼントみたいなもんだろ? そりゃあ悩むだろ」

「本当だよなぁ……初々しくていいなぁ……」


 零はサミーがなんだか羨ましい気がした。


「お前だっておんなじようなもんだろ? 多分」


 零は押し黙った。そして思い出してみる。

 こんなに人を好きになったことなんてあったか? いや、ない。通路の真ん中のベンチにジェフが腰を下ろしたので、零も隣に降り立った。


「その通りだ」

「ミラならお似合いだと思うけど?」

「だけどさ……向こうの幸せとか考えちゃうと色々あるよ、思うところは」

「そうか……そうだよなぁ……前好きだった相手と今回はなんか違うのか?」

「違う。なんだろう。ハードルがあると燃えるんだなぁ恋愛って」


 ぼそっと人ごとのように言った。

 ラプターはまず見た目が零の好みど真ん中だった。そして仕事中は格好いいのに普段はとてもかわいい。たまらないくらい好きだ。


 この想いはラプターに告げるつもりはない。でもそれでも毎日が楽しい。

 今更こんな中学生みたいな恋愛をするなんて思ってもみなくて零自身も驚いているところであった。だが振り返るとこれほど誰かを好きになったこともなかったかもしれない。今までの恋愛と今回は全然違う。

 だからといって、今が稚拙だとは思わないし、今までを後悔したりもない。


「俺もそういうのしてみたいなぁ……世界観が変わる感じの恋愛」


 世界観が変わる感じの恋愛。なるほどその通りだなと零は思った。


「そもそもジェフってどういう子が好きなんだ?」

「そうだなぁ……自分がポンコツだから割としっかりした子がいいなぁとは思うよ」

「お前ポンコツか? まともな方だと思うぞ」


 料理はあんまりしないらしいがその他は割ときっちりしている。いつ突撃訪問しても家は綺麗だし、自分が限界状態で色々体感したあの日々を思い起こすに、仕事だってできる。


「そうか?」

「仕事だってかなりの成績残してるだろ。私生活だって部屋は綺麗できちっとしてるし」

「仕事はお前のおかげだ。家はそうだな、寝に帰るだけだからなぁ……」


 己のことながら人ごとのように言うジェフを眺め、それから視線をサミーとエリカに戻した。


「サミー、時間かかってるな?」

「ちょっと見に行くか?」

「そうしよう」


 零はベンチから飛び上がった。


「……どっちが似合うのでしょうかね……」

「キャシーは暖色系なら割となんでも似合うと思うわ」


 結果、サミーが悩みに悩んでいるところに同席することとなった。


「キャシーならピンクでもオレンジでも赤でもなんでもいけるだろ」


 零は若干投げやりに言った。現在時刻は4時過ぎ。さすがに疲れ始めていた。

 サミーが悩んでいるが、結局遠巻きに眺めることしかできない。悩みに悩むサミーを惑わすことになるので、まともなコメントなんてできないからである。どかどか押し寄せても邪魔なだけなので、結局店の前の通路にあったベンチに舞い戻った。


「興味ない相手だと投げやりだな」


 ジェフは背もたれに寄りかかった。


「キャシーは友人としてはアリだから一概に興味がないとも言えん。お前だってキャシーのこと興味ないだろ?」

「ない。まあキャシーもいい子だけど、サミーを差し置いてどうこうしたらサミーに殺されそうだしなぁ」

「違いない」


 零は全面同意した。


「お前撃墜されないように気をつけろよ。多分、サミーが怒るとしたらキャシーネタしかない」


 サミーは基本的に人を殺すことができない。それはAIとして制限がかけられているからである。だが、戦闘機である以上敵機認定した相手を撃墜することは可能だ。


「ああ、気をつけるとするよ」


 零もよくわかっていた。自分はサイボーグ・シップだ。「敵機バンディット」として認定される可能性がある。

 認定されたら撃墜されてジ・エンドである。


「お、レジに向かったぞ」


 ジェフの声に視点を変える。


「あれにしたのか? いいんじゃないか?」


 薄紅色の太めのボーダーが入ったパーカーとハーフパンツだ。悪くない、と零は思った。


「あれならキャシーに似合いそうだな」


 ジェフは口元を綻ばせた。


「普通にあれうちで着てまったりしてくれそうだ」

「エリカ呼んでよかった」

「違いない」

「俺たちだけじゃ詰んでた」

「その通り」


 サミーは大きなショッパーをぶら下げて出てきたので、ジェフがそれを受け取った。ドローンには少々重いからである。零とサミーはお礼としてジェフに夕飯をご馳走することにした。モール併設の一番高いレストランに皆で雪崩れ込んだのだ。だが食べる人は一人しかいない。


「すみませんドローンばっかり」

「チャージ料さえ払ってくだされば問題ありませんよ」


 ジェフが恐縮しきりで言えば、幸いなことに店内は空いていて、店員も快く受け入れてくれた。確かにメニューは高めではあるが、モールに併設しているくらいなのでドレスコードなどはなく、比較的カジュアルな雰囲気だ。


「最近寛容になったわよねぇ」

「やっぱり昔はいい顔されなかったのか?」


 エリカが勝手に頼んだ本物の牛肉のサーロインステーキをナイフで切りながらジェフが問いかける。

 どうせ支払うのは零だ。構わない、どんどん食べればいい。このくらい、零にとっては痛くも痒くもない。

 東方重工のかなりの株式を所有している零である。正直働かなくても暮らしていけるくらいの余裕はある。


「ええ、テラス席ならいいけどって言われたり。私たちをペットの犬と同じ扱いするのよ。まあ金にならない客だという自覚はあるわ。だから生身の友人とどんどん疎遠になったのよね……なんか申し訳ないじゃない?」


 零はカナリアの気持ちがわかった。店員が露骨に嫌がって、一緒に出かけた相手に不快な思いをさせたくない。


「わかるな……幸いこの店はサイボーグフレンドリーだからよかった。俺はこういう時めちゃくちゃチップ払う。次もよろしくって」

「俺には気づけない世界があるんだな……」


 赤のグラスワインをジェフが飲み干したので、零は端末から二杯目のワインを勝手に頼もうとして一応確認する。


「次もマルベックがいい? それともカベルネ?」

「任せる」

「じゃあカベルネにしよう」


 零は次のグラスワインを頼んだ。次も赤。カベルネ・ソーヴィニヨン。きっと合うはず。


「お前酒詳しいよな」

「そんなに詳しくない。うちの母親が詳しいから付き合わされてちょっと覚えただけ」

「ねえサミー、マルベック? とかカベなんとか? って二人はなんの話をしてるの?」

「調べたところ、ワインに使われているぶどうの品種ですね。どちらも赤ワイン、肉に合うらしいですよ」


 サミーが丁寧に解説をする。


「成人過ぎまでノン・サイボーグとして過ごすと、こういうとこが強いわよね」

「今度仮想現実の方でみんなで飲む? 前回カナリアが飲んでたのはピノ・ノワールだったからカベルネとかマルベックの方が断然重めだけど」

「いいわね! 重めっていうのはなんのこと?」

「簡単に言うと、濃厚で渋めって言うんかなぁ」


 疑問符を浮かべたカナリアにジェフが解説する。

 そのまま二人とAIはジェフをいい感じにほろ酔いにさせた。

 別れ際に「零はプレゼント何にしたんだ?」と聞かれたが、零は気恥ずかしくて秘密と言い張った。どうせ後でバレるのだが。

 カナリアは「後でミラに見せてもらう」と言って部屋に帰っていった。


 零はショッパーをサミーと二人でぶら下げて家に向かった。一日中飛び回っていたこともあり、充電がピンチだ。玄関からインターホンを鳴らし、室内のスピーカーとカメラに繋げて声をかけた。

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