10. セントラルモール 極秘ミッション
ジェフはコーラを飲みながらサミーに諭すように言う。
「いいかサミー、ネットで『二十代 女性 プレゼント』とか検索するんじゃないぞ?」
セントラルモールの一階のフードコートにて。散々店内を見て回ったのち、今一度作戦会議しようとジェフが提唱したのだ。
「もう死ぬほど検索しました。訳がわかりません、サイトによって書いてあることが違います!」
(AIが死ぬほどってどれだけ検索したんだよ……)
零はコメントが全く思い浮かばずにだんまりを決め込んだ。
「いいこと? キャシーはサミーが心を込めて選べばなんでも喜んでくれるわ。それこそ靴下とか帽子とかなんでもいいのよ。統計データとか引っ張り出してきちゃダメよ」
「すでに散々引っ張り出しました。おしゃれでコスメやブランド物にも詳しいキャシーにデパコスをあげて喜ぶとは思えません」
「すまん……デパコスって何?」
「ジェフ、あなたデパコスも知らないの?」
流石に自分でも知っていると零は思った。
「デパートのコスメ売り場で扱っている化粧品をメインとしたブランドのことです。この度学びました。驚くほど高価ですし、女性は大変ですね……」
「無知で申し訳ない!」
ジェフ、思ったより役に立たないなぁなどと零はこっそりと思いはしたが、流石に口には出さずにおいた。
「やはり消え物がいいんですかね? スイーツとか? バスグッズとか?」
(消え物っておい……)
サミー、どれだけ調べたんだよと零は心の中でツッコミを入れた。
なぜなら、零自身も散々調べたからである。色々検索した。「二十代 女性 友達 プレゼント」などなど色々と検索した。とても口に出しては言えないが。
「消え物じゃなくてもいいんじゃないか? せっかくあげるんだから、俺は形が残る物がいいなぁ……ちょっと二階のエスニック雑貨見てくる」
「おう。俺らも場所動いたら連絡する」
零はドローンを飛ばした。
一番最初にちらりと場所だけ教わったのが、ジェフがよく買い物するというエスニック雑貨店だ。おしゃれで素朴なガラスの器とか、ラグとか、ああジェフの家の小物っぽいななどと思った。
問題はサミーだ。彼はこのような店は初めてだ。女性用のアクセサリー売り場に連れて行ったり、バスグッズなどのコーナーにも連れて行ったり、花屋でプリザーブドフラワーなんかを見せたりした。
それから、ヘアアクセなんかもいいかもしれない、とカナリアに言われて色々と見に行った。
確かにキャシーは髪が長いからありだろうとドルフィンもぼうっと付き添った。結果、サミーは今のようなプチパニック状態である。
(ばあちゃんがいつも言ってたっけ……)
AIは、未経験のことに遭遇すると混乱するのだ、と。
AIと戦うことがあれば奇行をして相手を混乱させて勝機を見出せと。その時はAIと戦うなんて、不思議ちゃんなばあちゃんがまた訳のわからんことを言っているなと思った記憶があるが、今思えばサミーの対応で役に立っている。
階段をひとっ飛びで二階に向かい、エスニック雑貨屋のアクセサリーコーナーに向かった。カジュアルなアクセサリーがいっぱいある。
もちろんラプターとて妙齢の女性なのだから、ハイジュエリーのネックレスなんかもいいのではとは思うが、普段の彼女は化粧っけがまるでない。ダイヤやサファイアのついたプラチナやゴールドのジュエリーを贈るなんてことをすれば、ジュエリーボックス行きになるし遠慮されまくる未来しか見えない。
だがラプターも全く化粧しないわけではないらしい。カナリアに聞いたところ、特別なお呼ばれなんかやキャシーとショッピングに行くときなんかはおしゃれもするらしい。
(だけど、普段使いしてもらえるものがいいなぁ……)
だったら素朴な方がいい。きっとラプターはその方が喜ぶ。
「あ……これいいな」
思わずスピーカーから声が出た。
羽がついたピアスだ。白い羽と黒い羽、それからインコカラーなのかカラフルなものがぶら下がっている。50ドルほどで、ドルフィンからすると子供のおもちゃのような値段だがまあ……このくらいが変に気負いしなくていいのではないだろうか。しかも、ラプターは耳たぶにピアスを開けている。
「何かお手伝いできることがあればお声がけください」
ちょうど店員の女性がやってきた。
「この羽のついたピアス、別の色ってありますか? グレーとか……」
「あ、あります。ちょっと探しますね」
店員はゴソゴソと下の引き出しを開けた。
「こちらは本物の羽に見えますが、樹脂粘土で職人が手作りしたものなので、動物愛護の観点からもとてもおすすめできる商品です。売上の一部を猛禽類の保護活動に寄付してます。どうぞ、こちらがグレーのものです」
ガラスのショーケースの上に店員が出してくれたそれ。これだ! と思った。ラプターの髪の色によく合う。表面に塗った塗料の色だろうか、彼女の髪の構造色のようにキラキラしている。
「金具パーツはチタンですが、ゴールドフィルドにも変更可能です。ピアスからイヤリングにもできます」
ゴールドフィルドとはなんだ。わからなかったので素直に聞いてみることにする。
「ゴールドフィルドってなんです? メッキと違うんですか?」
「ゴールドメッキと同じく金を圧着したものですが、膜がゴールドフィルドの方が分厚くてなかなか剥げないのでおすすめです」
なるほど、と思った。今まで、プラチナかK18ゴールドにしか縁のなかった零である。ラプターには金の方が似合いそうだなと思った。
「では、このグレーの羽のピアスをお願いします。ゴールドのピアスに金具変えてもらってもいいですか?」
「承知しました。ありがとうございます。少し店内でお待ちください」
ラッピングは透明フィルムバッグに入れてもらって、小さな紙製ショッパーに入れてもらった。
これはいい。絶対に似合う。会計をして店員にやたら礼を言って、零は店を後にした。
(さてサミーたちはどこに行った?)
時間を確認したら今は3時過ぎ。サミーは大丈夫だろうか。頭から煙でも出ているのではなかろうか。
ジェフにメッセージを送ると三階のルームウェアの店にいるらしい。ルームウェア? まあ、確かに服類は何もかもが官舎とともに廃棄処分だ。悪くないかもしれない。
零はアームにラプターへのプレゼントをぶら下げて飛んだ。
***
「ルームウェアとかどう? あんな男っぽい性格だけど、結構かわいい服が好きなのよ」
「なるほど、いいですね」
「たとえばここの店とかそう。この店は仮想現実のアバター用にも展開してるからよく知ってるんだけど、デザイン本当にかわいいわよ」
時間は遡って零が飛んでいってすぐのこと。
三人はまだフードコートにいた。カナリアとサミーが店内案内を見ながら話し合っている。ジェフはコーラを飲み干したところだった。
「ちょっと捨ててくる」
そう二人に告げて席を立つ。零は大丈夫だろうか? まあ、あいつはいい歳した大人だから大丈夫だろう。この店とかあの店とかいいのでは? と教えたら自分で飛んで買いに行った。
おそらくあの男がああも頼み込んできたのは、自分のプレゼントではなくサミーの手助けをしてほしいということだったのだろうとジェフには想像がついていた。確かにサミーの買い物に付き合うには一人だと辛い。自分を巻き込もうとした意味がわかる。
まあそれにしても、今日色々と零の話を聞いて金持ちは金持ちで大変なんだなとジェフは驚いた。手作りのものをもらえないなんて驚きだ。日系人だったら一度くらいはバレンタインデーに手作りのチョコレートをもらったりするものではなかろうか。それを経験していないだなんて。
自分達が若い頃は男性から女性にあげるのが流行っていた。ジェフだって、お返しのホワイトデーで手作りをもらったこともある。
学生時代は定期テストでぶっちぎりの点数を叩き出す零を憧れつつもやたらめったら僻んでいたこともあった。華麗なる出自で、参考書一冊買うことすら悩む自分とはまるで別。悩みなんてないだろう、そう思っていたのに。
(あいつも大変だったんだな……)
蓋を開けて氷を捨てて、カップをゴミ箱に捨てた。
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