9. ジェフの部屋 極秘ミッションのブリーフィング
ジェフはその日、久しぶりの非番であった。
朝から公園をランニングしてシャワーを浴びる。帰りにコンビニに寄って買ってきたパンを齧り、コーヒーを飲みながらまったりとニュース番組を見ていると、端末がけたたましく鳴った。
これは仕事用ではなく個人用の着信音だ。
「零だろどうせ……」
個人的に連絡をよこす人間など零くらいしかいない。表示名を見れば、やはりそうだった。
端末を手に取って、スピーカーをオンにする。
「ジェフ、おはよう」
「おはよう。お前も非番か?」
「ああ。さっき医務局の人間に聞いたらお前非番だって聞いたから電話した。今大丈夫だったか?」
「ああ、今日は一日家でまったりのつもりだ」
その時のことだった。インターホンが鳴る。嫌な予感がした。自分のまったりな休日の終焉の鐘だと悟る。
端末に玄関モニターを映すと、そっくりなドローンが二機ホバリングしている様子が写っている。
ミラとキャシーが仕事だから来たのか? ジェフはとりあえず室内に迎え入れた。
「なんだなんだ? あれだろ、今日は水曜だからその件?」
水曜日だ。延命更新日である。だからってなぜサミーまで一緒なんだ。ジェフは訳もわからずとりあえずダイニングの椅子に腰を下ろした。
「あー、その件もある。もう一週間更新はやめだ」
ジェフは驚いて目を見開いた。来た。ついにこの日が来た!
「……一ヶ月に延長?」
「無期限休止。小鳥ちゃんのご飯作りで俺は忙しいんだ。間が空いたら忘れそう。一旦休止」
きっぱりと言い切った。やばい、今日は一人で酒をめちゃめちゃ開けよう。ミラ様女神様観音様。ジェフはミラを拝みたい気持ちでいっぱいだった。
「おおお~! 思い切ったなぁ。で、いつミラに告白すんの?」
「するかよ!」
「しないんですか?」
隣のドローンからサミーの声がした。
「……俺も色々考えがあるんだ。ほっとけ」
あんまり刺激してへそを曲げられ、また一週間更新になると元も子もない。とりあえずジェフは黙っておくことにした。
サミーにも黙っておけと目配せしてみたが、AIに「空気を読む」という行為ができるのか甚だ疑問である。頼むサミー。ジェフは祈った。
「ではその件は放っておいて早速本題に入りましょう」
ジェフはブンブン首を縦に振った。
(やるじゃないかサミー!)
「ジェフ、この辺で、女の子が好きそうな雑貨とかアクセサリーが売ってる店、知ってる?」
なぜ自分にそんなことを聞くんだ? 知るわけがなかろう! ミラに何かプレゼントしたいのだろうなということは想像に難くないが、聞く相手を間違えるにもほどがあるのではないか。
「俺がそんなの知ってる訳ないだろ……キャシーに聞けばいいじゃねぇか」
「キャシーじゃダメなんです。私もキャシーに贈り物をしたいので」
「どういうこと?」
ジェフの頭の中を疑問符が飛び交った。
***
「なるほど、そのブレスレットのお礼をしたいと」
ジェフは目に見えてニヤニヤしている。この男に相談するのではなかったと零は若干後悔した。
だが、ジェフは自分と違ってそこらへんに散歩がてらふらふら買い物に行くのが好みだ。
インテリアなんかも結構こだわるので、部屋にはおしゃれなスタンドライトが置いてあるし、壁にかかったタペストリー、カーテンやソファカバー、クッションもエスニック調でセンスはいい。観葉植物も茂っていて、インテリア用品店の広告のように綺麗な部屋である。
「その辺のクッションとか買った店とかさ、そのラグとかおしゃれなペン立てとか売ってた場所とか、なんかその辺教えてくれればそれでいい」
「OK、でもさ、俺だけだと色々心もとないからレディーの視点を入れようぜ」
「誰?」
「エリカ」
「カナリアなら安心ですね」
「でも今日休みか?」
流石に全員勢揃いはないだろうと零は訝しんだ。
「あんまりでかい声では言えないが、今日の午前中、健康診断のオーダーが入ってた。だから非番だ。予定さえなければ来るはず」
連絡すればすぐにカナリアはドローンを飛ばしてきた。健康診断も簡易検査なので、神経接続したままでいいらしく勝手に医官や看護師、技師がやってくれるらしい。
しかも今日は一日予定もなく暇だったようだ。呼ばれたことにものすごく喜んでいる。
「そんなにかわいいの作ってもらったの? あらあらドルフィンもサミーも嬉しいわね~!」
幼児みたいな扱いをしないでほしい。そりゃあ嬉しいが。手作りのものをもらったなんて初めてだからだ。しかもラプターからなんて嬉しすぎる。
「女性から手作りの物をもらったのは初めてだ」
「「え? 本当に?」」
ジェフとカナリアの声が重なった。
「当たり前だ。変なもん仕込まれてたら困るからな。基本未開封の市販品しか受け取らなかった」
「ドルフィンの家柄なら仕方なしですね」
「じゃあ、そのもらったプレゼントとかのお返しはどうやって選んでたの?」
「デパートの外商に色々頼んでた。だからよくわからん。今まで女性にプレゼントしたものは、高級ジュエリーとかハイブランドのバッグとかラプターがドン引きしそうなものばっかりだ」
零はジェフの顔芸を見る羽目になった。そうだよなぁと思った。ジェフは母子家庭の育ちと聞いている。
今でこそ彼自身そこそこ金がある身分だが、奨学金とバイト代で医学部を卒業した男だ。完璧に別世界の話だろう。
「……てことはだ、小学生男児とか中学生が初めて女の子からプレゼントもらって、そのお返しに悩んでる状態ってことか?」
言われてその通りだなと妙に納得してしまった。サミーに至っては本当にその状態である。
「ちょっとジェフ! あなた率直すぎよ!」
「素直に認める。そのレベルだ……だけどあの子がそんな高いものもらって喜んだりしないのは重々わかってる。しかもサイボーグだから、リアルのものが売っている店に疎い。だけどオンラインショップじゃなくて自分で見て選びたい。だから助けてほしい」
零は真摯に頼み込んだ。身体があったらきっと頭を下げている。
「仕方ねぇなぁ。今日逃したら非番もそうそうないし、夜までになんとかミッションクリアするぞ」
「ええ、大体その手の店は夜の8時には閉まるわ。今日の夕飯は?」
「今日は用事があるから作れないと言ってある。たまに俺も夜に仕事とかあるから、その辺は二人とも何も疑ってない」
「じゃあ残り時間は9時間弱ね。ミッションスタート。とりあえずセントラルモールに行くわよ」
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