7. スミルノフの執務室 愉快な三銃士の深刻な相談

 時間は遡り、夜の10時。


「ドルフィン、こんな時間にどうした?」

「相談があります、若干酒が入っていて申し訳ありません」


 言わなきゃわからんのにまあ真面目に申告してくるなぁとアレクセイは思った。

 零の上官である、アレクセイ・スミルノフ大佐はまだ自分の事務所にいた。モニターには部下であるドルフィンとサミー、それからホークアイことフローリアンがいた。驚きの三人組である。


(ドルフィンとサミーはともかく、フローリアンまでいるとは意外だな……)


 フローリアンとドルフィンが一緒にいることに驚きを隠せなかった。


「ラプターがサリバン大佐から不当な扱いを受けています」


 アレクセイはため息を吐いた。そんなことだろうと思った。あの男は昔から素行に問題があったが、上へのごますりだけは上手かった。幹部候補生時代の同期なので、その辺は誰よりもわかっているつもりであった。


「昔からあいつはそうだ。それなのにまぁ……扱いが難しいだろうにラプターとダガーを引き受けて……セクハラでもしてるのか? 昔から女にだらしがないからな」

「実は先日の戦闘の後、彼女を営倉に放り込みまして……」


 ドルフィンは衝撃的なことを言ってのけた。


「え? は? 営倉? ちょっと待て、俺は今英語のリスニングが出来なくなって……ないよな?」


 アレクセイの母語はロシア語だ。


「ないです。私が断言します」


 サミーの言葉に自分の頭や耳がどうにかなったわけではないのだと思い知らされる。あれだけの活躍をしてくれたラプターを営倉に放り込むとはどういうことだ? ドルフィンをメインアイランドの地面に降ろしてくれたのは紛れもなく彼女だ。


「叔父上どの、甥っ子の友人を救ってはくれないか?」

「え、叔父?」


 ドルフィンは流石に驚いた様子だ。


「母の妹の旦那だ。まあ義理の叔父と甥ってやつ。なあアレックス、私は非番だこの口調で構わんよな?」

「ああ、好きにしろ。だがフロー、お前ドルフィンと仲よかったのか?」

「ああ、最近仲良くなった。なあ兄弟、君は私の寝室にも来たことがあるくらいなのに……」


 フローリアンはドルフィンに馴れ馴れしく肩を組もうとして、思い切り振り払われていた。


「だーれがお前とそんな関係になるか! 肩を組もうとするな! 俺は足を踏み入れただけだ! 酒の飲み過ぎだぞ貴様!」

「そんなつれないことを言うなよ兄弟」

「俺は永遠の一人っ子だ! ええい近い! 離れろ! ……すみません大佐」


 人工的で抑揚に欠ける声であるのは相変わらずだが、嫌がっていることはわかるというものだ。

 まあ、本気で拒否していると言うよりもじゃれつかれてうるさそうにしているという雰囲気ではあるが。

 だが、あの真面目でクールなドルフィンがこうも振り回されるとは。笑いそうになって口元を歪め、咳払いをして誤魔化した。フローリアン、なかなかやるではないか。


「スミルノフ大佐、この二人は放っておきましょう。時間の無駄です、私が説明します。確か一時間後から幹部会議ですよね」


 サミーは戯れ合う黒髪と金髪の見た目まるで対照的な二人組を無視して言った。さすがAI、佐官の予定表も完璧に把握している。アレクセイは表情を取り繕って重々しく頷き、冷めかけたコーヒーを口元に運んだ。


「では私もおふざけの時間は終わりにしよう」


 フローリアンが涼しげな顔で言う。ドルフィンはそれに眉を吊り上げた。


「なんだと? だったら最初からふざけるな!」


 そのさまがあまりにも面白く、アレクセイはコーヒーの気管支への攻撃を許す羽目になった。


「大佐、大丈夫ですか!?」


 ドルフィンが少々うろたえながら身を乗り出す。アレクセイが散々むせているとスピーカーからフローリアンの舐め腐ったセリフが聞こえた。


「はあ、こういう時にノン・サイボーグは不便だな」

「お前は知らないだろうがな、いっぺんむせてみるといい。しんどいぞあれは」

「誤嚥性肺炎になることもあるようですね……人間は簡単に死にますね」

「誤嚥性肺炎で死ぬのは相当な年寄りばかりだ。調べろ」

「ああ、確かに……では大佐は大丈夫そうですね。一つ学びました。ラプターやキャシーも心配ないですね」


 本当にこいつらは楽しそうで仲良しで羨ましいくらいだと咳き込みながら思った。


 流石にアレクセイはドルフィンの出自のことも上から直々に聞いているし、テロに遭って生死をさまよい、サイボーグになったという経緯も聞いている。

 アサクラ一族の御曹司ということもあり、最初部下として引き受けてほしいと話を聞いた時は流石に冷や汗をかいた。だが、彼は天才学者を祖母に持ち、宇宙一有名な女傑を母に持つその男、ドルフィンを部下として引き受けることに決めたのだ。完全に興味本位であったと言っても間違いではない。


 いいところのおぼっちゃんがどんな生意気な小僧なのかと思って期待していたら、意外にも真面目に四機編隊隊長を務めているし、パイロットとしての能力はピカイチ。おまけに隊員たちにも慕われている。

 でも全くと言っていいほど自分に気を許してくれているとは思っていなかった。だが、こうも相談に来てくれるとは。少々嬉しくもあり驚きでもあった。


 コーヒーに気管をやられていたアレクセイだが、なんとか呼吸ができるようになってノロノロと顔を上げた。


「大佐、復活しましたか? 人間は呼吸をしなくてはならないので大変ですね」

「ああ……全くひどい目にあった。息が数分止まっただけで死ぬから、人間の扱いには気を使うんだぞ、サミー。ところでこの件、俺以外には誰に相談した?」


 ドルフィンが口を開いた。


「まだ誰にも。ですが、クリムゾンにも話そうかと思っています。ラプターとはかなり親しいらしいので」


 クリムゾンはアグレッサー部隊の隊長であるミシェル・リー大佐のタックネームだ。


「悪くない選択肢だ。俺はクリムゾンとはプライベートでも出かける仲だ。明日の午前中に奴と少々打ち合わせをするんだが、せっかくだから昼を一緒にという話をしている。ちょうどいい」


 アレクセイは笑みを深めた。ラプターには申し訳ないが、同期からはあまり評判の良くないあの男、ジョン・サリバンをどうにかできる千載一遇のチャンスだと思ったからだ。

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