6. 零たちの部屋 手作りのブレスレット
ドルフィンからサミーと夜留守にする、との連絡に、これはチャンスだとミラとキャシーは沸き立った。
彼女たちにはこっそりやらねばならないミッションがあったのだ。
仕事が終わってルームシェアする部屋に帰ってきた二人は、キャシーが手際よく作った中国風の肉野菜炒めと卵スープで夕飯を済ませた。さすが中華系を養父母に持つキャシー。中国の家庭料理を作らせたら無敵である。
「よし、ドルフィンもサミーもいないなんて好都合だ。むしろ今しかない、やるぞミラ!」
「頑張ろう!」
ミラはテーブルの上にビーズやらハサミ、刺繍糸を広げた。そう、彼女たちはブレスレットを作っているのだ。
実は数日前からこそこそ進めていたものである。
だが、人が腕に嵌めるものではない。これはドローンの脚に括り付けようと思っているのだ。
ミラはブルーとグレーのワックスコードを編んでいる。ポリエステル素材に蝋引き加工した紐で、耐久性が高く水にも強い。
キャシーはサミーのイメージで赤とシルバー刺繍糸でミサンガを編んでいる。途中にビーズを挟めばそれっぽくなる。金属系のパーツと組み合わせるのも悪くない。
「タイガーアイのビーズとか入れちゃえば? ミラの目っぽいし」
「いや流石にそれは……」
「ドルフィンは嫌がらないと思うぞ」
「そうかな……」
タイガーアイは金と黒の模様が特徴的な石である。確かに自分の目の色と似ている。
「これって編み方合ってる?」
「うん。そのままで問題ない」
ミラは元々こういうことが好きだ。子供の頃ユキにミサンガの編み方を教わって、その後は自分で調べたりビーズを追加したりと色々作っている。近頃は、自分やフィリップが世話になった施設に行って、子どもたちと一緒に作ることも多い。施設では定期的にバサーを開催することもあるので、ミラが子供たちと作ったブレスレットやアンクレット、チョーカーの売上は施設に寄付している。みんなのおやつ代になっているらしい。
彼女の趣味といえる趣味はこれだ。
通常はアジャスターチェーンと、カニカンと呼ばれる留め具をつけるが、今回はドローンのアームでも簡単に取り外せるようにとマグネット式にしてある。
「あんまり長くしない方がいいと思う。どこかに絡むと邪魔だし」
「そうだな、これくらい?」
キャシーのものは既に5センチくらい編み上がっていた。綺麗だ。
「いいね。私もこのくらいにしておこうかな……」
真ん中にイルカのチャームをつけた。もらってくれるといいのだが。
「アクセサリーとか嫌がられたらどうしよ」
「そりゃあ生身の腕につけるとかだったら嫌がるかもしれない。ドルフィンってあんまりそういうイメージじゃないし。首からぶら下げるのはドッグタグだけです! って顔してるけど、ドローンにくっつけるならストラップとかキーホルダーみたいなもんだし、ミラからもらったら喜ぶと思うよ」
「そうかな……」
「そもそも同じ機種の同じ色のドローン買ったサミーが悪い。まああの子もまさかドルフィン、ミラと私がルームシェアするとは思っていなかっただろうしなぁ」
それはそうだろう。ドルフィンの機体があの状態なこともあり、夜間訓練、偵察飛行やスクランブルもなく、毎日帰ると定時で既に上がった彼がお疲れ様と出迎えてくれる。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、夕飯もできている。
「心臓がもたない」
「だよなぁ。いきなり好きな男とルームシェアしたら頭爆発するよなぁ……告白しないのミラ?」
「……無理。無理無理無理無理!」
ミラは飛び上がって全力で否定した。
「なんで? ドルフィンのこと大好きだろ? 昔の写真とか動画見て盛り上がってた頃が懐かしいよなぁ。中身もちゃんとイケメンだし飯は美味いし? 仕事だってあれだけできるしいいとこしかないじゃん」
ちら、とミラはキャシーに目をやった。キャシーは遠慮がちに言った。
「死人を悪く言う気はないけど、前回のあいつは……ほら、私もエリカもあんまりいい顔してなかったのミラも気づいてただろ? でもドルフィンはそんなことない」
ミラの手が止まった。元カレ。一人だけ付き合ったことがある人。最初の攻撃で殉職したアグレッサーの男だ。確かに、彼と付き合うことになった時にキャシーもエリカもあまりいい反応はなかった。でも、ミラは大好きで猛アタックした男と付き合えて浮かれ切っていた。だからその時はよくわかっていなかった。
「そうだね……二人は言葉にこそしなかったけど反対してた。でも私は浮かれ切ってた」
彼はミラを大事にしてくれなかった。デートも直前でドタキャンしたし、外では手も繋いでくれなかった。
挙句、ミラが頑張って誘ってホテルに行けば、「その足を見せるな、萎える」と言い放った。
流石に我慢ならなくて部屋から放り出し、それ以来、ミラはドルフィンと弟分であるダガーことフィリップを除いて男性と二人で出かけてすらいない。
色々と心配したクリムゾンが飲みに連れて行ってくれたこともあったが、あれはノーカウントだ。既婚者だし、師弟関係だし。
「ドルフィンはそんな酷いこと絶対に言わない。そうだろ?」
「……そもそもホテルなんて行けないからね」
自分が仮想現実空間に行ければよかったんだが、こればかりはどうにもならない。頭にチップを埋め込む外科手術をしないとノン・サイボーグはフル・サイボーグのコミュニティに入れない。
だけど、それをしたら、自分はパイロットとしてのキャリアを全て失う。流石にそこまでできないし、それをするような自分を彼が受け入れてくれるとは到底思えなかった。
「でも、足見ても引いたりしなかったんだろ?」
「うん……」
でも、どうなのだろう。彼が自分のようなサイボーグではない人間と付き合おうと思ったりするだろうか。そもそも、サイボーグが現実空間で生活していることが珍しいらしい。サイボーグは基本仮想現実空間に入り浸りだ。サイボーグ同士なら仮想現実空間で触れ合える。自分に勝ち目はない。
「ちょっとエリカに嫉妬した。向こうなら触れ合えるし……エリカは何も悪くないのに」
「まあエリカはドルフィンのことなんとも思ってないだろうしなぁ」
「なんかエリカに申し訳ない……」
なんて自分は醜いのだろう。エリカを妬むだなんて。
「エリカだったら『代わってあげたいわ』とか普通に言うくらいだと思う。気にすんなよ」
ミラは編み上がったブレスレットの両端にマグネットをくっつけた。これで一応完成だ。逆側とくっ付ければ輪っかになった。イルカのチャームがゆらゆら揺れている。
電源がオフ状態のドルフィンのドローンはすぐ目の前のサイドボードの上にいたので、勝手にくっつけてみたりした。いい感じである。
「うん、でもどうしよ……」
「とりあえず、もっとデートとか誘ってみたら? お、いい感じじゃん。私もあとちょっと……」
このままくっつけておくのはどうかと思うしちゃんと話をしながら渡したいので、ひとまず取り外した。デートか。デートか……どこに行けばいい? 根っからの引きこもりなので困る。
キャシーも反対側のマグネットをつけ終わって完成した。もう夜の11時だ。帰ってきたら早速渡そうなどと話をしながら片付けをしていると、インターホンが鳴った。
ドルフィンもサミーもわざわざインターホンの音を鳴らして帰ってくるのだ。まあいきなりカメラオンされたり、ドローンのスイッチが入って飛び上がったりしたらちょっとびっくりするのでありがたい。
「ただいまー!」
「ただいま帰りました」
サミーのドローンに青いランプがつき、壁のメインランプ、つまりドルフィンのカメラにも青いランプがついた。キャシーが声を上げた。
「おかえり!」
「おかえり二人とも! ホークアイと三人で何してたの?」
ミラは早速問いかけた。社会科見学とはなんだろう。
「ダーツをしました。カウンターバーもあったので、ドルフィンはバーボンを飲んでました」
「ドルフィンのことだ、飲んでもそれなりに強かっただろ?」
キャシーは笑みを深めた。
「ええ。私はやはり初めてのことはダメですね。前半はボロ負けでした」
「久しぶりにこんなに遊んでしまった。二人は明日仕事だろ。気にしないで眠かったら寝てくれ」
キャシーがこっちを見てニッと笑った。プレゼントタイムである。ミラはおずおずと切り出した。
「ドルフィンに渡したいものがあるんだ。キャシーはサミーに」
「なんですか?」
「俺に渡したいもの?」
壁の青ランプが消えて、ドルフィンのドローンにランプがついた。彼はテーブルの上に飛んできた。
ミラはドルフィンのドローンの足にさっき完成したばかりのブレスレットをくっつけた。長すぎずちょうどいい。どこかに引っかかりそうな感じもしない。
ドルフィンは壁のメインカメラに向かってドローンを飛ばした。メインカメラのランプがチカチカ光った。
きっと今、壁のカメラからドローンの足のブレスレットと言うべきかアンクレットと言うべきかミラも悩む手製のそれをまじまじと眺めているようだ。あんまり見られるとなんだか恥ずかしい気もする。
「これ……イルカだ。もしかして作ったの?」
「うん、二人のドローンがそっくりだから見分けにくいねってキャシーと」
サミーのドローンの足にもキャシーお手製のブレスレットがあった。
「キャシー、ありがとうございます。大切にします」
「邪魔な時は外してくれ。マグネット式にしてあるからアームでも簡単に外せると思う。ミラのアイディアだけどな」
「ありがとうラプター、こんなのもらったのは初めてだ。嬉しい」
アクセサリーなんて全くしなさそうなドルフィンにそう言ってもらえて、ミラは安堵の息を吐いた。
「気に入ってもらえたみたいでよかった」
「青が好きって言った覚えなかったけどよくわかったな」
そりゃあわかると言うものだ。この部屋の調度品の色味とか、ドルフィンの機体に刻まれたエンブレムの色だとかでどことなくわかる。
ミラは笑みを浮かべてドローンのボディを撫でた。受け入れてくれた。もらってくれた。それだけでこんなに嬉しいなんて、本当に自分はどうにかしているなぁなどと心の片隅で思いながら。
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