5. 仮想現実空間 ダーツ

 零は事務処理をこなして時間を確認した。定時も3分ほど過ぎたし、いい時間だ、そろそろ上がるかと思っているとホークアイからメッセージが入った。


『今サミーが遊びにきた。君も都合が合えば来たまえ』


 零は心の中で苦笑してみせた。本当に自由な野郎だなと思うが、サミーのこともこうして面倒を見てくれるし、この前もキャシーの救出に付き合ってくれた。嫌いではない。

 零は出勤記録を退勤済みにし、仮想現実空間にログインしてホークアイの部屋に直行する。


「お疲れ。今日は演習だったんだろ?」

「ああ、練度は最低だな。次の攻撃に耐えられるとは到底思えん。早く君やラプターに戻ってきてほしい」


 ゼノンの動きをコピーしたサミーとアグレッサーを仮想敵機として大規模な演習を行なったらしい。結果がどうだったかはホークアイの様子を見るに明らかであった。

 ラプターは今回参加していない。

 彼女が搭乗するための予備の機体すらまだ満足に用意できていないのだ。


「ええ、ドルフィンの機体も早く治るといいんですが……結構時間かかってますね」

「東方重工の工場も社員もかなりやられたからな……」


 あの戦闘で沈んだアイランドワンは観光艦であったが、地下には軍事工場もあった。それがあまりにも痛手すぎた。ブラボーⅠはありったけのケーニッヒとアマツカゼを送ると表明してきた。

 東方重工はかなりの部品を内製しているのでフル回転らしい。一部下請け工場も昼夜問わず生産に動いているだろうが、東方重工の工場で組み立てアッセンブリを行い、その後最終検査ファイナルインスペクションを通り抜けるまではかなり時間を要するだろう。


「先日、ラプターの戦闘報告を受けた上層部は、せめてラプターの乗る機体だけでも確保しようと試験型遠隔操作タイプのアマツカゼの改造を急がせているようです。キャシーもそれに駆り出されています」


 遠隔操作のアマツカゼとは、空母からサイボーグによって遠隔操作を目的として作られたアマツカゼだ。

 全部で6機あったが、その6機目は遠隔操作機のふりをしたサミーであった。残り、5機あるはずである。

 遠隔機は空母やエーワックスに積まれたサイボーグが操ることを想定してプロジェクトを進めていたが、先日、あまりの通信妨害があったのでこの計画は頓挫した。その機体がラプターに当てがわれるならば悪くないだろう。



 零はハイチェアに腰を下ろし、ダーツに興じるホークアイに視線を投げた。

 たまには少々遊ぶのもいいのではという話になったのだ。サミーに社会科見学をさせる、とラプターとキャシーにメッセージを送ると、夕飯は適当に済ませるから楽しんできて、と連絡が帰ってきた。


 サミーはダーツが初めてだったのでいきなりアウトボードして、それが笑いを誘った。

 ホークアイが投げたダーツはボードのど真ん中に吸い込まれた。零はグラスのバーボンを喉に流し込み、次は自分の番かと立ち上がってダーツに手を伸ばした。


「そういえば小耳に挟んだのだが、ラプターが上官への不服従が理由で営倉送りになったと……ドルフィン、一緒に住んでるなら何か知っているか? まさかデマだとは思っているんだが」


 なんだって? 投げたダーツは動揺のあまりアウトボードに突き刺さる。


「ラプター、基本毎日うちに帰ってきてるぞ。いや待て、え、まさか」


 思い出せば、確かに一日だけ連絡が取れなかった日があった。

 零がサミーに目をやると、サミーは少々困り顔でおずおずと話し始めた。


「そのまさかです。地上に降りたラプターは医務局に送られた後、上官から叱責を受けています。その時に口答えしたとの理由で営倉行きに。だから一時期ずっと連絡が取れなかったんです」


 零は我が耳を疑った。


「おいどういうことだ。意味不明な命令でもない限り、あの子が口答えなんかするわけがない」


 ドルフィンはソファに腰を下ろしていたサミーに詰め寄った。サミーがそれを宥めるように言った。


「ドルフィン、落ち着いてください」


 ホークアイはドルフィンの肩に手を置いた。


「ふむ、詳細を聞きたいが場所が悪いな……部屋を移ろう、カラオケルームを借りてくる」


***


 フローリアン、つまりホークアイが個室を確保し、ドルフィンはサミーを引きずるように部屋に引っ張って行った。

 ドルフィンは正直乗り気でなさそうなサミーを半ば脅してカラオケのモニターに監視カメラの映像を流させた後、頭を抱えていた。フローリアンはそれをしばし無言で眺めた。


「……男として興味ないって。知ってた。知ってたけどさ」

「ラプターはそこまで言ってませんよドルフィン」


 フローリアンは先ほどのシーンを頭の中で反芻してみた。


『お前、あのサイボーグと散歩してたよなぁ? もしかして気があるのか?』


 ラプターは鼻で笑ってみせた。


『ありません。お言葉を返すようですが、私とドルフィンがどのような関係でも大佐には関係ありませんよね? 部下を亡くしての発言がそれですか? 率直に申し上げますが、人の心がないのでは?』


(……ありませんとは言っていたが、本心ではないだろう。あの場で気があってもありますなんてそんな大告白するわけがないだろう。それに男として興味ないなんて一言も言っていないではないか)


「ドルフィン、目を覚ませ。たとえ君のことを好いていたとして、あのバカ大佐に正直に言ったりするか?」

「そうですよ。面と向かって拒否されたわけでもないのにそんなにへこまないでください」


 サミーが心底面倒臭そうに言った。


「面と向かって言われたら生きていられない……」


(ドルフィンは普段はさっぱりしたナイスガイなのに色恋が絡むと意外とウジウジしているな……恋愛、というよりもラプター限定かもしれんが)


 フローリアンはドルフィンを放っておくことにした。今はラプターの方が大事である。


「それにしてもジョン・サリバン、相当なクソ野郎だ。ラプターは今や多くの将官が目にかけている逸材だ。あのバカから引き離すべきだと個人的には思う」

「私も同意見です。一人で勝手に失恋しているドルフィンは放っておきましょう」

「そうだな」

「しかもあの男、数年前から不正行為を繰り返しています。領収書を偽造して雑費や会議費を使用して繁華街に行っていますよ。それ以外にも事務員へのセクハラやらなんやら叩けば埃がいくらでも」


 サミーは繁華街と言葉を濁したが、おそらく女性が接待する店だろうな、とノン・サイボーグ文化に疎いフローリアンにも簡単に想像ができた。そんなことをする奴がこの時代にいるのか。しかもうちの軍の……フローリアンもそこまで聞いて黙っていられるような性分ではない。


「……サミー、よく尻尾を掴んできた。証拠を並べ立てて上に裁いてもらう」


 フローリアンがドルフィンに目をやると、彼は死んだような目でこちらを見上げてきた。


「俺もやれることはやる。うちの上官はサリバンの同期だ。クリムゾン……アグレッサーのとこのリー大佐も力になってくれるはず」

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