18. 零の部屋 夕飯 唐揚げ

 部屋割りはすんなり済んだ。ソファベッドとダブルベッドがある方はミラの部屋。つまり前回ミラとキャシーが泊まった部屋はミラが使い、セミダブルベッドが一台ある前回ジェフが泊まった部屋はキャシーが使うことになった。


 きっとサミーも入り浸るだろうから、ソファーがあったほうがいいのでは? と言ったのだが別に机と椅子があるからいいと押し切られてしまった。まあ、ミラの体格だとダブルベッドの方がありがたいというものである。


 ソファベッドはいらなきゃ片付けていいとドルフィンに言われていたので、ミラはソファベッドをソファにして壁際にくっつけた。そしてその上にニコをちょこんと置いた。いい感じである。


 それからホークアイに感謝のメッセージを送って、フィリップには謝罪のメッセージを送った。今ドルフィンの部屋にいることも書いた。キャシーが怪我をしているからそばにいることも。

 その時のことである、扉がノックされた。


「ラプター、開けてもいい?」

「あ、どうぞ!」


 来たのはドルフィンである。サミーと同じ型番とシルバーカラーのドローンなので、もう声で判別するしかない。


「夕飯が出来た。冷めないうちにどうぞ」

「ありがとう!」


 ミラはすぐさまダイニングに向かった。キャシーはもうダイニングテーブルの席に座っていた。

 テーブルの上には見まごうことないディナーが広がっていた。これはサパーではない。ディナーである。


「すごーい! ご馳走だ!」

「マジでドルフィンやばくない? あ、ミラ、ビールあるってさ。私は痛み止め飲んでるからやめとくけど」


 ミラは瞬く間にキャシーの向かい側の席についた。


「ビール飲みまっす! 取りに行けばいい?」

「今持ってくるよ。あ、ご飯と味噌汁ももう出しちゃったけどどうする?」

「一緒でいいよ。そんなたくさん飲む気もないし」

「了解。キャシーは飲み物、麦茶でいいかな?」

「お茶歓迎!」


 配膳ロボットがテーブルの横にピッタリとついた。氷が浮かんだ麦茶と冷えた空のグラスと缶ビール。お互いにそれぞれを手に取った。

 ロボットがキッチンに戻っていくのを見送る。


「いただきます!」


 ミラは手を合わせた。それをキャシーが不思議そうな目で見る。

「最初の時はしなかったけど、これは食事をする時の挨拶だよ。日本流。食材と作ってくれた人に感謝するんだ」


 餃子パーティーの時はしなかったなぁと思う。実験室にいた頃の習慣だったから、ちょっと思い出すのに時間がかかったのだ。


「へぇ。イタダキマス?」

「そう。完璧だね。召し上がれ」


 ドルフィンの声にミラはビールをグラスに注いだ。メインは鶏の唐揚げ。それから厚焼き卵。具沢山の味噌汁と夏野菜のホットサラダ。キムチなどの漬物が数種類。


「好きなものでご飯食べてくれ」


 ミラはグラスを手に取って、キャシーとグラスを合わせる。


「「乾杯ー!」」


 ミラはビールをごくごく飲んだ後、子供の時からの癖で味噌汁に箸をつけた。うーん、この絶妙な塩気と旨味がいい。ああ、味噌汁だ。久しぶりの味だ。じゃがいもと玉ねぎ、それからわかめ。


 白飯を口に放り込む。美味しい。ミラはそれから唐揚げに箸を伸ばした。

 カラッと揚がったそれは想像通り……いや、それ以上の味だった。衣はザクザクでカリッカリ。中はジューシー。思わず言葉が漏れる。


「……最高」

「マジで旨いな……ドルフィン、実家は飯屋かなんか?」

「俺の母さんはキャリアウーマンだから家にはほとんどいなかったし、飯は全っっっく作れない。キャシーと同じで多分人より機械が好き。じいちゃんは……飯は作れるけど研究員、インコが好きすぎて様子がおかしい。ばあちゃんも研究員、何考えてるかよくわからない。ばあちゃんは食器を洗わせると破壊するからキッチン出入禁止令が出てる。料理は言わずもがな」


 ドルフィンの家族、なかなかキャラの濃いメンバーなのでは? と思いながら厚焼き卵を口に入れた。ほんわりふわふわで少し甘め。とろけるような美味しさだ。


「……なかなかなメンバーだな。それにしても全部旨い」

「ありがとう。あ、そうだ、忘れてた」


 ドルフィンのドローンがキッチンの方に飛んで行ったかと思うと、アームに何かをぶら下げて帰ってきた。


「よかったら唐揚げに添える魅惑の調味料をどうぞ」

「あー! マヨネーズ! 私マヨネーズ好きなんだー!」


 意気揚々とマヨネーズを絞り出すキャシーを見て、それからサミーのドローンにも目を向けた。


「どうしました、ラプター?」


 ドルフィンより少しだけ高めの声。相変わらず平坦なロボットボイスだが、それでもサミーが不思議そうにしていることがわかった。


「だんまりだからどうしたかなって」

「お気遣いなさらずに。三人で話していたので間に入るのも、と思いまして。それにしても食事が美味しいようでなによりです」

「タンパク質多めにしてみたぞ。キャシーの怪我が早く良くなるといいな、サミー」

「ええ、ドルフィンには感謝しています」


 ミラはビールの注がれたグラスに手を伸ばした。向かいのキャシーは美味しそうにマヨネーズをつけた唐揚げを頬張っている。


「マヨネーズつけて味変しても最高だ。ミラもいる?」


 ミラは差し出されたマヨネーズを受け取った。


「ありがとうー!」


 楽しい晩餐はそうして更けていった。

 ミラは意図的にテンション高くしておかないと押しつぶされてしまいそうだった。隊員を二人失った。食後はキャシーがシャワーを浴びるときに少々手伝ってやって、ドライヤーをかけてあげた。忙しなくしていると少し気が紛れた。


 キャシーは早々にサミーと寝室に引っ込んで行った。

 ミラも軽くシャワーを浴びてリビングに戻ると、そこには麦茶が用意してあった。


「よかったら飲んで」

「ありがと、ドルフィン」


 そこにいたのはドルフィンのドローンである。キンキンに冷えた麦茶をぐい、と呷る。風呂上がりに最高である。


「ねえ、なんでサミーもおんなじドローンなの?」

「なんだか、あの機種なら割引価格になるとかなんとか予算の都合上って言われたな。サミーが候補の中から選んだけど、金は予算から出してるから……あと、俺たちが使うのにちょうどいいドローンって限られてるし、色も大してバリエーションないしな。必然的に同じようなものになりがちだ」


 ふむ、そうなのか……。まあ、サミーがポンとドローン購入できるほど給料をもらえるとも思えない。彼は機械だ。AIだ。言いようによっては道具でしかない。

 なんだかどっと疲れが襲いかかってきた。もう2度と会えない仲間たちの笑顔が脳裏に浮かんだ。しばらく無言だった。すると、ドルフィンが言った。


「ラプター、無理するなよ。変なこと考えるな、疲れちまうぞ」

「うん。ドルフィンも」


 ミラにはわかった。きっと彼も失った仲間のことを考えている。

 何も言わないドルフィンから圧は感じられなかったし、かといってミラも彼に無理に話しかけようとは思わなかった。

 彼はぽつりと言った。


「改めてちゃんと礼を言いたい。ありがとう、俺の命の恩人」

「私こそありがとう。無事でよかった」


 たとえ、そこに肉体はなくとも、彼はそっとミラの肩を抱き寄せ、一方のミラも広い背中をそっと撫でた。そんな雰囲気を感じたひとときであった。

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