16. ミラとサミー 零の部屋への道中
「心配なんです。私は肉体を持っていませんが、人は簡単に死ぬじゃないですか……」
「そうだね……心配だね。そんな全身打撲状態だとは思わなかった。サミー、ドルフィンに交渉してくれてありがとう。広いベッドでゆっくり寝て、必要な時はすぐアイシングできるし、薬もつけてあげられる。身体にもいいと思う」
ミラは控室からボストンバッグに詰め込んだ自分の荷物を回収してきた。急いでドルフィンの元に向かう。
「そう言っていただけて安心しました」
「ドルフィンは絶対に嫌がらないと思うけど、キャシーが自分から部屋貸してくれっていうのはなかなかハードル高いだろうからね。ま、もしもキャシーがしばらくドルフィンところで療養するってなら私もそばにいるよ。しばらく部屋なんて見つからないだろうし。掃除とか頑張ろうかな」
ホテルや避難所は全て民間人に開放している。自分たち軍人が割り込むスペースはないのである。住処を失った軍人は皆、基地内の事務所の片隅や仮眠室などで寝泊まりをしていた。
「背中が一番ひどいですね。それと左肩。一人で服を着たり、薬をつけたりができません。ラプターがいてくださるなら安心です」
多分誰かしらの介助が必要だろうなとは思っていた。ならば、自分がそばにいよう。機体もあの通りだし、飛ぶとしても共有の機体か誰かの機体を借りてということになる。
明日からだってトレーニングやら事務処理、シミュレーターに乗るくらいしかやることがない。乗る機体がないのだから。しかも、上層部も混乱状態だ。
「しばらく乗る機体にも苦労しそうだ。これからどうなるんだろうね……」
俯き加減にこぼした言葉をサミーは拾ってくれた。
「エンジンの交換など整備が済んだら私のコックピットに乗りますか? 操縦をあなたに任せます。訓練くらいはできるでしょう。あなたに乗っていただければ私も学習できます」
「ありがとうサミー」
困った時は彼の機体を借りようか。腕が落ちることを心配したミラにとってはありがたい申し出だった。しかし、ずっと不思議に思っていたことが一つあった。
「サミーはどうしてドルフィンと飛んでるのに機体がアマツカゼなの? 混合部隊って小隊規模だとないよね?」
機体の種類によって運用方法が違う。アマツカゼとケーニッヒは直線飛行時スピードこそそこそこ同じだが、加速時のトップスピードに至るまでの時間、燃料の保ちなどは雲泥の差だった。ケーニッヒはアマツカゼに比べたら小回りも効かない。小隊を組むならば同じ機種の方が色々と効率がいい。
「そうですねぇ……何と説明すればいいか」
「機密なら答えなくてもいいよ」
ミラは少々困っているように見えたサミーに助け舟を出した。
「元々、私の仕事は敵機の情報収集です。各部隊について情報を得ることはもちろん、いざとなったら僚機を置き去りにしてでも逃げ、情報を持ち帰るように、という点でアマツカゼの機体を採用されています。ドルフィンの小隊に付いて偵察を行うこともあれば、他の色々な部隊に随行することも多いです」
「そうだったんだ、いっつもドルフィンのとこにいるのかと思ってた」
「それに関しては、元々ドルフィンがアマツカゼ乗りだったので、私の機体を彼が遠隔で操作し、飛行技術を学ぶことが多かったので覚醒する前は一緒にいました。他のアマツカゼ乗りの手が空いている時は実際にコックピットに乗って直接操縦してもらうこともありましたが、やはりドルフィンの腕が一番よかったですね」
ドルフィンもアマツカゼ乗りだったのか。まあ確かに、彼の気質だと同じ多用途戦闘機でも制空戦闘に特化したアマツカゼの方が向いている。
「確かにドルフィンはアマツカゼ向きだよね……なんでケーニッヒなんだろ」
「先日一緒にドルフィンの生命維持装置を見ましたよね? 生命維持装置だけでもかなり大規模な上、対G機構の回転構造も内蔵されています」
ミラは先日運ばれていたドルフィンの本体と生命維持装置を思い出し、納得せざるを得なかった。
「ああ、なるほど……入らないか」
「おっしゃる通りです。話を戻しますが、他の人間ならいざ知らず、あなたにならば私の機体を預けても構いません。よろしければ乗ってください」
「ありがとうサミー」
「いいえ、困った時はお互い様です」
ミラはくすりと笑った。
「サミーが困ることなんてあるの?」
「いつも困っています。先程といい、キャシーのことは特に」
「大好きなんだねぇ」
「ええ。彼女以外の整備士に機体を弄られるのはあまり好みません。エンジン交換はどっちみちキャシー一人ではできないので構いませんが、最終チェックは彼女にしてもらいたいです」
サミーの好きは、一体どんな好きなのだろう。いち整備士としてなのか、人として大切に思っているのか、執着ということも考えられる。
「早くよくなってもらいたいね」
「ええ、ですが、このドローンでは彼女の着替えを手伝うこともできません。左腕を上げないように言われているので髪も片手で洗って乾かしています。せめてドライヤーくらいかけてあげられたらよかったんですが、私にはそれすらもできません……」
「私が手伝うよ。まさかそんなことになってたなんて……」
まさかキャシーが傾きかけた官舎に閉じ込められていたなんて、後から聞いて本当に驚いた。大抵の人間は階段から逃げたり、ドアが開かなくなってもベランダから避難梯子で下に逃げたり、下がダメならばと屋上に避難して救助ヘリで拾ってもらったりと皆軍人らしくほとんどが早々に官舎から脱出していたらしい。
流石にキャシーのように閉じ込められたらどうにもならない。揺れで転倒したり、壁に打ち付けられたりと怪我をした人間も大勢いた。
「骨折していなかったのが幸いです」
「骨は折れると時間かかるからね」
「キャシーのそばにいると、なぜ私は人間ではないのかと思います。今もラプターが大荷物を持っているというのに手伝うことができません。ドルフィンが嘆いている意味がわかります」
手元を見た。自分の荷物が詰め込まれたボストンバッグ。まあ、大した重さではない。それから背中にはキャシーの荷物が入ったリュックサック。
ドルフィンは確かに気にしそうだ。いつも送り迎えをしてくれるし、荷物を持てないことを謝ってくるし、ドアもものによってはうまく開けられなくてしょんぼりしていることがある。まあ、本人には言えないが、そこがかわいくていいというのもある。
「ドルフィンやっぱり気にしてるんだね。いいのに、私はご飯作れないから適材適所だよ。このくらいの荷物なら筋トレにもならないくらいだからいいんだよ本当に。世間一般の女性陣にはそれしちゃモテないと思うけど。一般的には」
「どうもそうらしいですね。私の周りの生身の女性は己の腕力に皆自信があるようなのでちょっとその辺全く理解が及んでおりません」
「キャシーも小柄なのに、平気で30キロとか持ち上げるからすごいよね」
雑談をしているうちに、ミラとサミーはドルフィンの部屋の前に到着した。「アサイ」と表札がかかっている。ミラはインターホンをぽち、と押した。
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