15. 官舎 零の部屋への誘い

「ラプター! よかった!」


 ドローンのスピーカーからよく知っている低音が聞こえた。


「ドルフィン、無事でよかった。今身体はどこに?」

「医務局の一室。いい機会だから今度精密検査をすることになってる。色々と機材も必要だから一ヶ月後くらいだな……ま、俺のことはどうでもいい。ラプター、大丈夫か? 顔色が悪いぞ。官舎もあの通りだし……」


 まあそりゃああの戦闘で疲弊した後にまともなベッドで寝てもいない。ミラは苦笑してみせた。


「こんな状況だから色々落ち着かないのはお互い様だ。まあ、仮眠室があるのが唯一の救いだね」


 昨日の営倉の件、この男にはなんとしても黙っておかなくては。


「その件で、ドルフィン、私から頼みがあります」


 アマツカゼの機外スピーカーからサミーの声が聞こえた。サミー、何を言い出すのだろうか。ミラの心臓が跳ねた。


「どうした? 俺にできることならなんでも」

「あなたの部屋、二つベッドルームがありましたよね? この二人は今寝床がありません。仮眠室のベッドは質が良くないので、貸して差し上げることはできませんか?」

「あ……そうか、その手があった! 二人ともうちにおいで。飯でも食ってのんびりしてほしい。ラプターには見せたいものがあるしどっちみち来てもらおうと思ってたから遠慮なく」

「い、いや悪いだろ!」


 キャシーは明らかに狼狽えていた。


「なぜですか? ドルフィンがいいと言っているんですよ。それともドルフィンだから嫌とか……」


 キャシーは手をブンブン振って否定した。


「一回泊まってるのに嫌も何もないだろ。そういうことじゃない、迷惑かけたくない! ミラだってそうだろ? いや、そうでもないか……ミラはドルフィンを泊めてるくらいだから」


 見せたいものがあると言われたら、泊まるかどうかは置いておいて普通にお邪魔しようと思っていたミラである。

 フィリップの場合は彼のベッドを奪い取ることになるので断固拒否したが、ドルフィンならまあ掃除とか何か自分ができるお礼をしていけばいいのでは。


「……遊び行きたい」


 ぼそ、とドルフィンのドローンの方を向いてミラは言った。


「もちろんOKだ!」

「キャシーも行くよ」


 ミラはキャシーの手を引いて歩き始めた。


「え、え!」

「では私のドローンもドルフィンの部屋に向かいます」

「了解。ね、キャシーも来てよ。ご飯作るよ。今夜ジェフが来るはずだったから鶏肉買ったのに、あいつ忙しすぎるから今夜医務局に泊まるとか言い出しやがった。食べてってよ」

「食堂以外のご飯が食べられるよ」


 ミラはドルフィンを援護射撃するように言った。


「……OK」


 キャシーが頷いた。

 それからはキャシーの控室に押しかけた。そこに、ミラは初めて見るサミーのドローンがいた。見た目がドルフィンのものとほとんど一緒だ。これではどっちがどっちかわからなくなりそうだ。


 なおも申し訳ないと困り顔のキャシーに対し、言葉巧みにドルフィンがお泊まりセットを用意させたのでミラは彼女のリュックを背負った。


「ごめんなミラ。重くない?」

「これくらいなんともないよ。怪我してるんだから気にしないで」


 キャシーが怪我をしたことを控室の整備士たちから聞いて驚いたミラは、もう仮眠室になどいるべきではないと思った。かと言って、キャシーだけではドルフィンの部屋に泊まりにくかろう。自分が一緒にくっついていようと思ったのだ。


「ドルフィン、キャシーと先に行っていて欲しい。自分の荷物まとめてすぐ行く」

「なら私がラプターのお供をします。ドルフィン、キャシーを頼みました」


***


 キャシーはミラとサミーと別れ、ドルフィンの部屋に向かうことになった。居住区に繋がるエレベーターへ足を向ける。彼女はかたわらを飛んでいるドローンを見上げた。


「私邪魔じゃないか? せっかくミラと二人になれるチャンスだったのに」

「邪魔じゃないけど……ラプターのことバレてるとは」


 平坦なロボットボイスではあったが、彼の動揺が見てとれた。

 ドルフィンは何を言っているのだろうか。普段の彼らを見ていれば誰でも気づく。当たり前である。キャシーは呆れ返った。


「バレてるよ。どう考えてもドルフィン、ミラのこと大好きだろ?」

「うん……いや、どうこうなるつもりとかはないんだけど……ラプターに黙っててくれる?」

「しゃべったら面白くないから黙ってるよ。気づいてないのは本人だけだ。楽しくって仕方ない」


 キャシーは思わずニタニタしてしまった。


「君が泊まるって言ってくれなかったらラプターはきっと頷いてくれなかった。邪魔だなんて思ってないよ」

「ええ~超楽しいなぁ。もうミラと一緒にこのままずっと住んじゃえば?」

「みんなでルームシェアしようって提案しようとは思ってる」


 キャシーははたと立ち止まった。


「私も?」

「そう。三人で。多分サミーもずっと入り浸ってるだろうから実質四人みたいな感じになると思うけど……嫌? 国からも公務員のルームシェアを推進するってさっき発表があった。だいぶメインアイランドもダメージ受けたからな。諸々建て替えて整備してってのも時間がかかりそうだ」

「いや、あの……えええ」


 キャシーは混乱して目を白黒させた。


「まあ数日過ごして、大丈夫そうなら続行しようか。二人も住むところ探すの大変だろうし」

「……楽しいかもしれないな。正直ドルフィンの申し出はありがたかった。サミーもずっと私を心配してたし」


 エレベーター前に着いたので、キャシーはパネルのボタンを押した。


「今俺のとこの大佐からメッセージが来た。公務員同士でルームシェアしたら一人100ドルの支援金をもらえるから女を連れ込んでハーレムでも作れば? って……こいつどうにかしてるな? あ、飛行隊長にもおんなじこと送ってるらしい。アホなのか?」


 キャシーはもう心の底から笑った。傷が少々傷んだ。でも気になるほどではない。


「素直にありのままを言ったらいいんじゃないか? すでに二人確保しましたって」

「よし、そう返信しよう。もうすでにレディーを二人確保しましたってな。反応が楽しみだな」


 エレベーターの扉が開いた。


「あ、もう返事来た。お前、手が早いなって来たよ。残念ながら手がないので手は出せませんねって返信しておこう。……大佐やっぱり精神的にキてそうだな?」


 キャシーは考えた。多分、今上層部は大変なことになっている。部下とくだらない話をして、なんとかして気分転換を図っているのだろう。


「部下何人も亡くしてるだろ? 多分、いっぱいいっぱいで誰かとコミュニケーション取りたいんだと思うぞ」

「俺の小隊の二人が死んだ。飛行隊全体で見たら五人だな……飛行団だともっとだ。損失がやばすぎる。今攻め込まれたらって思うと気が気じゃないよ」

「ドルフィンの小隊メンバーが? それは……お気の毒としか言えないな。確かミラのとこも二人亡くしてるだろ」

「ああ、ラプターは一緒に飛んでいたから相当精神的にきてるはずだ。俺の小隊は……三番機と四番機だったんだが、二人とも休暇中だった。アイランドワンでサーフィンしてた。未だに実感が湧かない」


 キャシーも後からだがアイランドワンの惨事は聞いていた。観光業の島でマリンスポーツが楽しめるが、そこは結局物資だけ回収して投棄が決まった。あまりにも損害が酷かったのである。


「それは辛いな……パイロットが宇宙でもなく艦内で……ごめん、慰める言葉が思いつかない」

「気にしないでくれ。もう俺も考えたくないからこの話やめようか」

「ああ、そうだな。もうやめよう」

「あ、ちょうどいいタイミングで返信が来た。笑えない冗談はやめろ。だとさ。笑ってもらって構わないんだけどなぁ」


 そんなブラックジョークに一般の健常者は笑えないだろう。


「私も正直笑えないに一票だけど、エリカあたりなら笑い飛ばしそうだな」

「ラプターも真面目だから笑わなさそうだなぁ。ホークアイだったらつまらないジョークだな。出直したまえ。って言いそうだ」


 アサイ、と表札がある部屋の前にたどり着いた。ガチャ、と鍵が空いた。


「どうぞ、ゆっくりして行って」

「お邪魔しまーす!」


 ものすごく大変なことがあって、でもそれでもちょっと楽しい日々が始まるかもしれない。正直、キャシーの心はわくわくしていた。

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