14. 医務室、零とジェフ 格納庫、ミラとキャシーとサミー
「ああ、ラプターと連絡が取れない……どうしたんだ」
「記録上は検査の結果問題なしで解放されたって二時間前からずっと言ってるよな? おい、本当は患者の検査の結果とか他人に話したらだめなんだぞ。俺お前と関わってどんどんダメ医者街道爆走してるんだが……」
ジェフはPCモニターを覗き込みながら独り言のようにぶつぶつ言った。
「お前がクソ医者なことなんかどうでもいい」
ラプターのことで頭がいっぱいな零はジェフに冷たく言い放った。
「今仕事中なんだけどいい加減どっか行って?」
「俺の本体すぐそこにあるんだからここに居たって問題ないだろ。入院中だ入院中」
「その理屈がわからねぇ……」
医務局、ジェフの部屋。一通り身体の検査は終わって結果待ちだったが、収まるべき機体が絶賛故障中なので零の身体は生命維持装置ごと医務局の一角を間借りしていた。
彼は今にもどうにかなりそうだった。ラプターがいない。連絡がつかない。零は落ち着かなさからジェフの頭の上をブンブン飛び回った。
「だからちょっと頭の上飛び回らないで……」
「ラプター、ラプターどうしちゃったんだ。一体どこにいるんだ」
いい加減うるさくなったのか、ジェフはPCモニターから顔を上げた。
「いいか零」
「なんだ?」
「人間ってのは恋愛状態になると脳内でフェニルエチルアミンというアルカロイド系の神経伝達物質が出る。これは向精神作用がハンパねぇ。つまりお前は今ミラに対して自家製薬物でラリってる状態だ。頭の中でハッパ育てるのやめて早く我に返れ!」
早口で淀みなく言い放ったジェフに、零は冷静に応対した。
「お前変なところで医者ぶるな? そんなんだからモテねぇんだよ」
「モテねぇわけじゃねぇ!!」
「まあ医者ならぼーっとしててもモテるよな。いいかそれはお前にじゃなくって医者って肩書きにつられて電飾に集まる虫みたいなもんだ。ガとかハエみたいなもんだ。ホモサピエンスのメスじゃない」
「それを言うな!」
「俺も朝倉ブランドに寄ってくる女に辟易させられた経験があるからな」
今は本当に静かでいい。自分が朝倉家の人間だと知っているのはサイボーグ界隈のごく一部、それから軍や政府のトップくらいなものだ。
知っている面々も零が静かに暮らしたいことを知っているので皆黙っていてくれている。もちろん、カナリアやホークアイもラプターやキャシーに黙っていてくれている。このままではよくないことは零もわかっていた。でもまだ言う勇気が出なかった。
実験室で辛い目に遭ってきたラプター。それから、ちらりとラプターから聞いた、孤児で、養護施設出身で、里親に引き取られたというキャシー。自分が温室育ちということを打ち明ける勇気はまだない。彼女たちの方が自分よりもよっぽどすごい。尊敬すべきレディーたちだ。
「お前も相当人間不信だな?」
「こう言うのもどうかと思うが、俺はなかなかのもんだと思うぞ?」
自慢ではないがそう思う。その時だった。電話が鳴った。鳴ったといっても零の頭の中で鳴った。視界に「ミラ・スターリング」の名前が表示されている。
「あ、あ、あ! ラプターから電話だ! なりすましだったらどうしよう!」
「何言ってんだよおい、本人だろ……早く出てやれ!」
「出る。しばらく黙る」
零はそう言うと診察用のベッドの上に着地して電話に出た。
***
「なかなか出ないな……」
急いで電話をかけてみたが、ドルフィンはなかなか電話に出ない。いつもワンコールで出るのにどうしたんだ。だが突然コール音が止まった。
「ドルフィン?」
「ラプター! よかった! 心配したぞ!」
「ごめん、電源切ってて……本当にごめんなさい」
電源を切っていたどころか営倉に放り込まれていた際は端末を回収されていたので、応答どころではなかったのである。
「いい、大丈夫だ。無事ならよかった。部屋も無くなって今どこにいる?」
「今は格納庫。サミーの機体とキャシーと一緒」
「格納庫か! 今行く。全速力で向かう!」
ここに来るのか。そう思った瞬間、ぶちっと電話が切れた。
「ドルフィン、ここに来るって」
「OK、待とうか!」
キャシーが嬉しそうに言った。待つのか。まあいいか、ドルフィンなら待てる。
「ドルフィンが元気そうでよかった」
ミラは安堵の息を吐いた。
「連絡がついてよかったです」
サミーも安心したようにミラの目に見えた。
「ドルフィンが大騒ぎしてほんっとうに大変だったんだから。今までどこにいたんだ?」
「え、営倉……」
「「営倉!?」」
キャシーとサミーの声が重なった。
「ドルフィンには言わないで」
ミラは小声で言った。するとキャシーが口を開いた。
「まあそうだな……それ聞いたらミラの上官殺しそうだもんな」
「……いや、それは……流石になくない?」
「殺しかねないですね!」
自信満々そうな声でサミーが言った。ミラは口元に立てた人差し指を当てた。
「ダメだってば」
「いやいや、あんな訳のわからないことを言う男は上官としてどうかと思いますよ?」
「サミー、ハッキングした?」
ミラは恐る恐る聞いた。聞かれたのか? ドルフィンに気があるのか? と問われて激昂したあの場面を。
「しましたよ? 今ちょうど見てます。あ、本当に営倉行きを命ぜられていますね」
当たり前のようにサミーが言ったその声にキャシーが声を上げた。
「ダメって言ってるだろ!!」
「……ダメですか?」
「ダメだよ!」
キャシーが間髪入れずに言う。そのまま二人はギャンギャン言い争いを始めた。
「なんでダメなんですか?」
「覗きだろうが! ダメだろ!」
「覗いているつもりはないです!」
「つもりとかの問題じゃない!」
ミラは言い争いする友人とAIをぼうっと眺めた。いいなぁとも思う。相棒とこうしてコミュニケーションを取れるのだ。
「お前、ミラに許可取ってないだろ! だったら覗きと変わらない! ダメに決まってるだろうが!」
「……許可は……取っていませんね」
どことなく後ろめたそうにサミーが言った。
「だろ? だったら謝らなきゃダメだ」
「まあまあ。私のことが心配だったんでしょ、サミーは」
慌ててミラは助け舟を出した。
「……そうですね。私自身そう思ってました。ですがしかし……申し訳ありませんでした。私はラプターを助けようとしただけではなく、自分の好奇心もあったのかと思います」
ミラはびっくりして目を見開いた。
「い、いやいやいやいや! なんて言ったらいいんだ? なんだろう、サミーに気にかけてもらって光栄っていうか」
「おいおい何言ってんだよミラ」
「ラプター、いくらなんでも謙遜が過ぎるのでは?」
謙遜だろうか? サミーは優秀だ。創造主が優秀とも言えるが、それを含めても彼は優秀だと思う。
「サミーは優秀だ。私は君を尊敬している。とても柔軟で、思慮深くて……まあ、今回のことはいいよ。私の上官も色々問題がある。この話はやめにしよう、考えたくない」
確かに頭の痛い問題ではあったが、ラプターが率いるファントム小隊は二人になってしまった。機体も次々に失われ、予備の機体もすぐに自分にあてがわれるかどうかもわからない。
「ミラ、今回のは相当おかしいだろ、サミーから聞いたけど、あんなに戦闘で活躍したって言うのにさ。もうこれ以上は負担になるだろうからやめるけど、困ったことがあったら言うんだぞ」
「うん、ありがとう」
その時だ、ファンが風を切る音が聞こえて、ミラは顔を上げた。
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