13. 格納庫 アマツカゼ

 ミラは医務局に連行されて簡易検査を受け、特に問題はないと解放されたのち、上官にまたしても説教を食らっていた。地上管制への態度がどうとかビルを吹っ飛ばしたとか、最後に背面飛行したとか、そのようなつまらない理由である。


 真剣そうな顔と反省し切った顔を女優のように取り繕いながら右に左に聞き流す。


 ミラが吹っ飛ばしたビルはすでに避難が済んでいたようだ。犠牲者ゼロ。それには胸を撫で下ろしつつ、ブルーとサラマンダーを失ったことが何よりも辛く胸にのしかかった。早くフィリップに会いたい。ドルフィンは元気にしているだろうか? キャシーやエリカやホークアイも無事だろうか。

 上官の部屋に呼び出されたミラは彼らと連絡を取ることすらできていなかった。


「お前が一発運河に投棄したミサイルが幾らかかるかわかっているのか」

「はい、サラリーマンの平均年収ほどになるのでは、と理解しております!」


(投棄じゃないし……)


 別に捨てたわけではない。ああでもしなければ今頃ドルフィンは死んでいた。


「機体だってお前が無理な飛行をしたせいで歪んでもう使い物にならない。わかっているのか? あれは血税でできているんだ。しかも、僚機を二機も失ってどうしてそうヘラヘラしていられる?」

「申し訳ありません」

「お前、あのサイボーグと散歩してたよなぁ? もしかして気があるのか?」


 これが、部下を失った上官のセリフなのだろうか。ああ、もうだめだ。とてもじゃないが聞いていられない。


 その日、初めてミラは上官に口答えした。そして懲罰として営倉送りが決定した。食事はもらえるが、拘置所のような部屋に罰として半ば監禁されていたのだ。

 結局一日後、ヨレヨレの状態で彼女は解放された。迎えに来たのはフィリップだった。


「ミラ、どうしてこんなことに……」

「ムカついたから口答えした。それだけだ。お前が無事で安心した……シャワー浴びたいからうちに帰る」


 端的にそう告げると、フィリップの顔が曇った。


「どうした?」

「ミラの官舎、思いっきり傾いて崩壊寸前、立ち入り禁止だ。キャシーさんは救助されて無事みたいだ」


 そんなの聞いてない、信じられない。


「え……嘘だろ?」

「そんな冗談俺が言うわけないだろ。最初の攻撃が掠めて半壊状態だ」


 それを聞いたミラは走り出した。キャシーが無事なら、官舎の建物なんてどうでもいい。だが、ニコはなんとしても手元に置きたい。


「だめだ、規制されてて近づけないし、危ないから行くな!」

「ニコだけは、ニコだけは……」

「危ないからやめてくれ!」


 ミラは全速力で走ったつもりだったが早々に捕まって、はがい締めにされた。


「離せ、離せフィリップ!」

「離れたかったら殴るなり蹴るなりしてみろよ! どうせミラと喧嘩したら俺は敵わないんだから!」


 この体勢になったら、後頭部で相手の顔面に頭突きするなり、投げ飛ばすなりとミラの手数はいくらでもあったが、彼は実験室時代からの大切な弟である。とてもそのようなことはできなかった。

 ミラは抵抗するのをやめた。


「崩落に巻き込まれてミラまで失うのは嫌だ。支給のシャツとかあるから俺の部屋でシャワー浴びるといい。その間に飯も用意しておく。食べたらベッドも貸すからゆっくり休め」


 ミラはノロノロと顔を上げた。


「そしたらお前はどこで寝る?」

「仮眠室で寝る、部屋は一人で使ってくれ。だから気にするな」

「いや、そういうわけにはいかない。私が仮眠室に行く」

「おいミラ、待てよ」

「一人にしてくれ……お願いだフィリップ」


 ミラは普段自分が使っている事務所や待機場所のあるセントラル棟に向かってとぼとぼと歩き始めた。


 とりあえずシャワーを浴び、待機室のロッカーにあった替えの制服に着替えて洗濯を頼む。半分濡れた髪のままエレベーターで地下5階を選ぶ。

 そこは、格納庫だった。現役引退になってしまった己の機体が他のアマツカゼに紛れるように置いてあった。


「アマツカゼ、私の……」


 もっとこの機体と飛びたかった。ノーズの部分に額を押し当てた。ハーピーイーグルをあしらったペイントがされていて、自分のタックネームが刻まれた、世界で唯一無二の己のための機体。

 翼がない自分にとっての翼だ。この機体がないと飛べない。だからとても大切だったのに……。


「もう一緒に飛べなくなっちゃったね、ごめんね……」


***


 サミーの機体の機外マイクからよく知っている声が聞こえた。ラプターだ! 


「キャシー、ラプターが格納庫に来たので、このドローンとの接続を切りますね!」

「ミラが? わかった。行ってきてくれ。私もそっちに行く!」


 キャシーは部屋を失ったので、整備室の横の仮眠室を寝ぐらにしていたが、サミーもドローンをそばに置いて彼女につきっきりだった。

 キャシーはあの閉じ込め事故で軽い脱水症状になっていたし、しかも身体中にあざや打撲が無数にできていた。サミーからするととにかく心配だったのである。正直、仮眠室の皆が硬いと言っているベッドで寝るのも許せないくらいだった。


 サミーはドローンの接続を切って機体に全感覚を繋いだ。

 ずっと行方知れずだったラプターの行方がわかった。ドルフィンに知らせなければ。だが、ラプターは廃棄が決定した己の機体に額を押しつけている。様子がおかしいので話しかけるのも、ドルフィンにすぐさま連絡するのも躊躇われた。


「もう一緒に飛べなくなっちゃったね、ごめんね……」


 泣いてはいなかった。だがほとんど泣きそうに見えた。その言葉が聞こえて、サミーは話しかけることにした。彼女がここまで機体を大切に思っているとは思ってなかったからである。


「彼女は、幸せでしたね。あなたのようなパイロットと一緒に飛べて」


 アマツカゼは女王に例えられる。その対になるのはケーニッヒだ。だから、サミーはラプターのアマツカゼを彼女と呼んだ。


「……サミー」


 ミラがこちらに首を回らした。今この格納庫にはラプター以外の人は誰もいなかった。


「自分も彼女も機械の端くれです。我々金属とカーボン、電子部品の塊をあなたのように大事にしてくれる人間がいるのは本当に嬉しいです」

「このアマツカゼもそう思ってくれているなら良いんだけど……大気と人工重力がある中で無理な飛行をして機体が大きく歪んでしまった。もうこの機体は飛べない。私の翼なのに」

「ラプター……」


 サミーの機体のエンジンは切ってあったので彼女のそばにはいけない。一般的に戦闘機のタイヤに動力はない。ただタイヤがくっついているだけである。せめてここにドローンがあればラプターのそばに飛んでいって慰めたのにそれすらもできない。身体がないことが辛いとドルフィンが言っていた意味が少しわかった気がした。人と触れ合うには、機械の身体だけでは不十分だ。


 ラプターがこちらに歩み寄ってきた。すぐ目の前にきた彼女はこちらに手を伸ばしてきた。ノーズを撫でられる。感覚こそないが、とても嬉しかった。


「ありがとうサミー」

「いえ、ラプターが無事でよかったです。あなたのような方が身近にいてくれる、これほど幸せなことはありません。私は幸せです」

「それは大袈裟だ」


 彼女はそう言って苦笑した。


「ところで、身体は大丈夫ですか?」

「ああ、なんともない」

「それはよかったです。ドルフィンがあなたと全く連絡が取れないと大暴れ寸前です。医務局のジェフの部屋に押しかけて、ジェフを困らせていました。早くドルフィンにも元気だということを伝えてあげてください」


 ラプターはそれにはっとして、携帯端末を見た。


「しまった電源切りっぱなしだった……あー、ドルフィン! エリカもホークアイもキャシーもめちゃくちゃ連絡来てる。サミーもだね……ごめん」


 手元の端末を確認した後眉尻を下げて見上げてくる彼女はかわいらしかった。あの敵に対峙した時の勇猛果敢な猛禽類ラプターとこのかわいらしいギャップにドルフィンはやられたのだろう。最近人間の生態を観察することが多かったサミーは少しこの辺がわかったような気がした。


「ミラ! サミー!」

「お、キャシーも来ましたね」


 きっとラプターの目にはわからないだろうが、キャシーが身体を庇いながらやってきた。

 キャシーは思い切り背中を打っているし、やはりあのベッドで寝かすのは、とサミーは思った。快適な部屋を用意してやらなきゃと思いつつ、敵と直接戦う立場にないキャシーの待遇はパイロットなどに比べると少し見劣りする。サミーはそこにも少し憤っていた。


 パイロットがどれだけ優秀でも、整備士がきちんと整備した機体でないとパイロットは能力を十分発揮できない。それを上層部はきちんとわかっているのだろうか。もちろん、優先順位が存在するのは仕方がない。だが、でも。

 キャシーがミラに飛びついた。ミラがハグし返して少し痛がる。


「キャシー怪我してるの?」

「ああ、ちょっとな。骨折とかはしてないから問題ない。それより心配したぞ。全然連絡つかないから」

「ごめん、端末の電源切りっぱなしだった」

「いいんだ、色々大変だっただろ? それよりドルフィンがおかしくなりかけてるから早く電話してやってくれ」


 キャシーもどうやら同じことを考えていたようだ。ラプターは急いで電話をかけ始めた。

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