12. 三区 第十六官舎 キャシーの部屋
明け方のことである。ふと意識が浮上して、キャシーは枕元の端末を手に取って慌てて飛び起きる。
「サミー、
着ていたシャツを剥ぎ取るようにして脱いで、慌てて制服を着た。一刻も早く格納庫に向かわなければ。自分が行っても出撃には間に合わないが、帰るときは出迎えてやりたい。
洗面所に行って顔を洗って髪を手早くまとめ、歯を磨き、最後にトイレに駆け込んだ。
用を済ませて手を洗い、ドアの取っ手に手をかけたその時のことである。ものすごい揺れと爆音で身体が壁だか床だか天井だかに叩きつけられた。電気が消える。
「……いった……な、なんだ?」
吹っ飛んだ衝撃でしゃがみ込んでいたキャシーだが、真っ暗な中肩を庇いながら起き上がり、ドアの方に手を伸ばした。手探りでドアノブを探し、押し開けるがドアは3センチくらいしか開かなかった。
「え、なんで?」
隙間から指を伸ばして外の様子を探る。何かツルツルしたものが触れた。キャシーははっとした。
「洗濯機……」
洗面所に置いてあった洗濯機がドアの前を塞いでいるのだ。
「嘘だろ……」
全体重をかけてドアを押したが5センチくらいまでしか開かない。
「せめて端末があれば……」
キャシーは寝ている間腕時計型の端末を外すタイプであった。端末はベッドの上かテーブルの上だ。それが悔やまれる。それにしても何があったのだろうか。サミーが出撃したということは、何らかの敵襲があったのだろう。
それにしても、先ほどの揺れはなんだろう。
船団が急な方向転換をした時、疑似重力と慣性維持装置の許容範囲を超えると遠心力が発生して天井や壁に身体が叩きつけられることがあるということは知識としては知っていたが、それにしては短い。
メインアイランドに何かがぶつかったか、攻撃を受けたか。そのどちらかが有力だろうとキャシーは判断した。
「サミー、無事でいてくれ」
閉じ込められた自分のことなど最早どうでもよかった。彼女にとって何よりも大切な戦闘機の無事だけを暗闇で祈った。
***
零たちドローンの一行はベランダから部屋の中を覗いたが、カーテンが閉まっていて中は伺えなかった。
「なんでよりによってこの部屋の窓だけ割れてないんでしょうかね?」
流石のサミーも多少苛立っているように見えた。
「今から穴開けるからちょっと待ってろ」
零はバキュームで窓に張り付き、ダイアモンドカッターで自分のドローンも通れるくらいの大きさの穴を開けた。
「さて、ここからどうするか、ということだな?」
ベランダの床に降り立ったホークアイにホバリングしていた零が答える。このままカーテンが下がったままの室内に飛び込んだら大変なことになる。
「ああ、ファンにカーテンが巻きついてお陀仏だ」
「私に考えがあります」
サミーは一度ベランダから遠ざかり、一目散に最高速度で窓に向かって突っ込んだ。
「おいサミー!」
零が声を上げた瞬間に、サミーのドローンは綺麗にファンを折りたたみ、部屋の中に滑り込んだ。
「ふむ、なかなかやるじゃないか」
「部屋の構造を理解しているからできる芸当だな。窓の向こうに何かがあったらアウトだ」
部屋内のサミーがカーテンの端をアームで持ってよけている隙に零とホークアイも室内に入る。カーテンレールが歪んでいてカーテンは引けないので、明かりを取り込むために零が容赦無くカーテンを切った。
「いませんね……」
室内は本棚が横倒しになり、椅子がひっくり返ってぐちゃぐちゃになっていた。続きになっているキッチンの方をホークアイが覗きに行ったが、冷蔵庫が横倒しになり、食器棚の中の皿やグラスが粉々になり床に散乱していた。
「こちらもいないぞ!」
「ここにいないのか? やばいな……風呂場の方も見にいくぞ」
流石に零も焦りを隠せなかった。
廊下へ続くドアはすんなりと開いた。収納が空きっぱなしになって、ペットボトルの飲み物が散乱している。それから、洗面所へ続くドアもすんなりと開いた。零のドローンの大型ライトで照らすと、洗濯機が防水フロアから飛び出してトイレと風呂場の前を塞いでいる。
「キャシー! キャシー! いませんか?」
サミーが声を上げる。
「誰かいるのか?」
キャシーの声が聞こえた。零は風呂場の方を照らし、それからトイレの数センチ開いている隙間を照らした。
「キャシー、そこにいるのですね。ああ、よかったです。心配しました!」
「え、サミー? サミーが来てくれたの?」
「はい、サミーです」
「おかえりサミー、無事でよかった」
ああ、トイレに閉じ込められたのか。これでは確かに出られない。何はともあれ無事なのでよかった。
「これは私たちではどうしようもないな。救助を呼んでくる」
「頼んだぞホークアイ!」
ホークアイは器用に飛んで行った。
「無事に帰りました。格納庫にあなたがいなくて生きた心地がしませんでした。本当に良かったです」
AIが生きた心地がしないとはなんだそれは、と思いながらも零もキャシーに声をかけた。
「体調は大丈夫か?」
「ドルフィンもありがとう助かった。揺れた時にちょっと所々身体をぶつけたのと、喉が渇いてくらくらするくらいだ」
「そこにペットボトルが色々転がっているが飲めるやつか?」
「ああ、保存用に収納に入れておいたやつだと思う。適当に拾って寄越してくれるとありがたい」
サミーがミネラルウォーターを拾って、器用にドアの隙間から差し出した。
「ありがとう、生き返る……一体何があったんだ?」
サミーが敵襲についてキャシーに語っている間に、ホークアイが戻ってきた。
「今救助を要請した。すぐに来るはずだ」
「ホークアイ、そんな、あなたまでここに来てくれるなんて」
キャシーは恐縮したような声で礼を述べた。
「エリカにも報告しておいた。安心したまえ。無事でよかった」
さて、メインミッションはほとんど完遂である。ドルフィンにはもう一つやらねばならないことがあったのでサミーに声をかけた。
「サミー、キャシーを頼んだ。救助が来るまで側についていてほしい。キャシー、体調が悪くなったとか何かあればサミーを頼れ。俺はもう一箇所行くところがある」
「了解した。サミー。一緒に話しながら待ってようか」
「ええ」
ドルフィンはホークアイに話を振った。
「ホークアイ、まだ充電は残っているか? 一緒にラプターの部屋を見に行ってほしい」
「充電はまだ大丈夫だ。では、サミー、キャシー、また会おう」
ドルフィンはベランダから一度外に出て、三階のラプターの部屋に向かう。
「ラプターの部屋で何をするつもりだ?」
「彼女の相棒を救助する」
「相棒?」
角部屋は見事にひしゃげて窓が全て割れていた。カーテンの間をすり抜けて、室内に入る。
室内はぐちゃぐちゃだった。救助相手はソファの周りにいなかったので、ベッドの方を確認する。埃と砂塵を被った夏掛けが一部こんもりとしていた。
「あそこだ!」
零の言葉に、ホークアイがアームを使って器用に夏掛けをひっぺがす。天井に金色のガラス玉の目を向けていた白フクロウがそこにいた。
「ニコ、無事だったか。ひとまず俺の家に来てもらうぞ」
零はドローンのアームでニコを抱えた。夏掛けの下にいたからだろう。真っ白なままだ。よかった。
「相棒とはそのぬいぐるみか。ラプター、なかなかかわいらしいところがあるな」
零はムッとした。
「子供の頃にもらったと言っていた。宝物なはずだ。俺は部屋に戻るぞ。カッターやらバキュームを使ったからか充電がもうギリギリだ。意外と保たない」
零とホークアイがベランダの窓から外に出ると、ちょうどキャシーの部屋に上空から救助が入っているところであった。
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