11. 三区 第十六官舎 キャシーの部屋へ向かう一行

Ach du Scheisse!なんてこったクソッタレ おいおいおいまさか……しまった、全く考慮に入れていなかった! 官舎が被害を受けていることは聞いていたが……私としたことが!」


 零がとりあえずサミーを座らせてカウンセリングを始めると、大型画面付きの端末に向かって何か調べ物をしていたホークアイが馬鹿でかい声を出した。この男もScheisseシャイセなんて下品なドイツ語を使うのかと零はニヤリとしてしまった。


「らしくないぞ、どうしたホークアイ」


 一緒に画面を覗き込んでいたカナリアが真っ青な顔でこちらを見た。零はサミーと顔を見合わせた。


「キャシーの、キャシーの官舎、ここなの……」


 カナリアが画面を指先で拡大する。零はサミーの腕を引っ掴んでホークアイとカナリアのところにすっ飛んでいった。


「キャシーの官舎。ミラと同じ建物なんだけど……」

「これはリアルタイム映像か?」

「ああ、天井ドームの骨組みにいくつかカメラが仕掛けてある。その一つだ」


 彼女の官舎は傾き今にも崩れかけ、軍のヘリと消防の梯子車両が危険を承知で接近して救助に当たっているように見えた。


「全然手が足りてないだろ。行くぞ」

「行くってどうやって行くと言うんだ?」


 ホークアイが心底不思議そうな顔をした。これだからゴリゴリのサイボーグ野郎は!


「ドローンで行くに決まってる」

「私も行くわ。サミーもこの前ドローンを買ったって言ってたわよね。一緒に行くわよ」

「ええ、買いました。今はドルフィンの家に置かせてもらっています」

「私は持っていない……すまないな、力になれそうにない」


 ホークアイの言葉に、まじかよ、と零はひっくり返りそうになった。まさかドローンを持っていないなんて! この男は本当に仮想現実空間で生きているのだなと心の底から驚く。


「俺のドローンを一台貸す!」

「君、何台も持っているのか? ドローンマニアか? は? ドローンを操縦したこともない私も行くのか?」


 決してマニアではない。祖母からのプレゼントである。ダイヤモンドカッターとかなり剛腕なアーム、壁面にくっつくためのバキューム、ショットガンに麻痺ガンの機能がついた高性能な大型ドローンだ。自分はこれを操縦し、普段使いのものをホークアイに使わせようという算段である。


「エーワックスがドローンの操縦できないっていうのかよ? お前も来るんだ!」


 これには流石にプライドが高いこの男、少々頭にきたようだ。


「私がドローンごとき操縦できないとでも? 完璧に操縦してくれる!」

「ああ? じゃあ壊したらタダじゃおかないぞ! 傷ひとつつけずに返せよ!」

「当たり前だ! いいかドローン初体験の私が完璧に操縦して世界が平伏すところを見せてやる!」


 やっぱりこの男、一般人には理解できない感性だな。零はそう思ったがそこまで口にするのはやめておこうか一瞬悩む。


「ちょっと喧嘩は後にしなさいフロー! ん? やっば少佐から電話!」


 テーブルの上のカナリアの端末が震えている。彼女は電話に飛びつくようにして通話を始めた。


「はい、こちらカナリアです。はい、ええ、今すぐいきます。承知いたしました。それでは失礼いたします」


 そう言って電話を切って、彼女も例のあの言葉を連呼した。


「タイミング読みなさいよクソが! まじなんなのクソ野郎! 仕事が入った。物資の輸送。フロー、私の代わりに行ってきて! ドルフィン!」

「……ハイ」


 カナリアの剣幕に度肝を抜かれて大人しく返事をする。


「あなたが一番飛び慣れているはず。頼んだわよ」

「ああ。行くぞ」



「君がそんな軍事・災害用ドローンを個人で所有しているとは……さすがアサクラ一族の御曹司」

「うるさい。今はアサイだ。これはばあちゃんからもらった誕生日プレゼントだ。俺が好きで機種選定して買ったわけじゃない」

「誕生日プレゼントの規模がおかしいな……」

「部屋が狭くなったから一つ物置を借りた。正直困ってる。売っ払うわけにも寄付するわけにもいかないからな……だけど使う日が来ようとはばあちゃんに感謝だ」


 零の大型ドローンを筆頭に、右と左にサミーとホークアイで編隊を組みながら最短距離を飛ばす。


「ホークアイと編隊を組むなんてとても不思議な気分ですね」

「全くだ。この私がまさか現実世界のドローンを飛ばす日が来ようとは」


 零はハラハラすると無口になるタイプだが、後ろの二人はどうも違うらしい。絶妙に噛み合っていない会話を交わしている。しばらく飛ぶと、第十六官舎がようやく見えてきた。


 メインアイランドが二発目に食らったビーム砲、それが開けた大穴がすぐ近くにある。建物全体がひしゃげて傾いている。今にも崩れそうだ。

 規制線が張られているので手近にいた関係者に身分を名乗って助太刀にきたことを伝える。みんな警察か軍人だ。特に問題なく受け入れられる。


「419号室ってどこだ?」


 零が独り言のように言った。


「先程、この建物の設計図を手に入れました」

「でかしたサミー!」

「ですが、部屋番号は載っていませんね」

「だろうな……サミー、設計図を共有したまえ。ドルフィン、ラプターの部屋は何号室でどこだかわかるか?」


 すぐさまサミーは設計図を視野内に共有した。ドルフィンの視界に半透明状態の設計図が映った。


「三階だ。向かって右の角部屋、301号室」


 三階の図面に切り替わった。


「階段が右端にありますのでこの向きですね。ラプターの部屋はここですか?」


 右端の部屋に赤丸が現れる。


「そうだ、そこだ」

「では四階の図面がこちらです。単純に右から十四番目の部屋でしょうね。だとするとここです」


 一瞬で図面が消えて、視界に映る官舎の、四階の中ほどにある部屋が緑の枠で囲まれた。


(これはわかりやすいな)


 一行は一目散にその部屋に向かった。

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