10. キャシーのいない格納庫 サミー
無事に着陸、ドルフィンが機体の中から救助されていくさまをラプターと見送る。
サミーは自分のノーズを撫でながらかたわらにいてくれるラプターに視線を移した。
「結構大きい生命維持装置だね。あの中に本体が入っているのか」
「ドルフィンは脳や脊髄、心臓は自前のものを使っていますが、他はほとんど後から培養したものと聞いています。培養した臓器と自前の臓器はカプセルが分かれていて、あの大きいカプセルが本体のもの、小さい方は臓器が入っています。あとは輸液タンクやメカ式の人工肺などですね、かなり大規模です」
「そうなんだ……」
「ラプター」
サミーは興味深そうにドルフィンを見ているラプターに声をかけた。
「どうしたの? ドルフィンが心配?」
「いえ、ドルフィンはあまり心配していません。無事に着陸できましたし、調子も良さそうでしたし。ですが……あの、すみませんでした」
「どうして?」
ラプターは黄金の目をまん丸にしてサミーの機体のカメラを覗き込んできた。
「私はなんて役に立てないAIでしょう。危うくあなたとドルフィンを失うところでした」
「未知の敵だ。サミーは宇宙空間しか飛行経験なかったはず。仕方ない。ドルフィンだってよくやったって言ってたじゃないか」
「ええ、確かに艦内は飛んだことがありませんでした。それにしても敵にもいいようにしてやられ……スクラップにされても文句は言えません」
役に立たないプログラムは書き換えられ、機械は廃棄されるのが妥当である。
「スクラップになんてしない。大丈夫。そんな話が出たら私とドルフィンで猛反対する。キャシーだって黙ってない」
これが嬉しいと言う気持ちなのかもしれない。自分は人間よりも優れているとサミーは思っていたが、AIは学んだことしかできないのだ。AIでは気づけない突発的なアイディアを彼女たちは自分に提供してくれる。それが新鮮だ。
そしてなんと言うのだろう、きっと、これが楽しいという感情だ。
「私は自分を恥じています。どこかで人は私よりも劣っていると思っていたのでしょう」
「サミーはそれに気づけたんだ。とても優秀なAIだよ」
「そうでしょうか……あなた方の未来を切り開く発想力には敵いません」
「生きたいっていう本能、あとは大切な人を救いたいって思いが力になるんじゃないかなと思ってる。経験を積めばサミーももっと活躍できる。サミーは強いよ」
サミーは押し黙った。
「本当ですか? 私は強いという触れ込みでした。でも蓋を開ければ思ったように運用できていません」
「今は勉強途中だ。自分で自分を納得できないのかもしれない。でも、色々学んで自分を創ってる。向上心があるのはとても優秀な証だ」
「ありがとうございます。もっとあなたから学びたい。また一緒に飛んでください」
「もちろん」
その後、サミーの機体は牽引車で運ばれていき、ラプターの機体も運ばれていった。ラプターは医務局へ行くようにと言われて、始めこそやんわりと断っていたものの、結局職員に引っ張られていった。
サミーは牽引車で引っ張られながら調べ物を始めた。彼は敵機からおかしな信号を送りつけられていたのである。
(これはドルフィンにもラプターにも内緒にしなければ)
地球上のどこの言語にも引っかからない。仕方ない、解析にかけるとするか。
言語や暗号の解析は自分の得意分野ではないので、別のAIに任せることにする。ドクター・アイカワ。サミーの生みの親であって、それからドルフィンこと零の祖母でもある彼女にも報告を送る。これの内容次第で、彼女の仮説が立証されるかもしれない。
敵機に妙な信号を送りつけられた。現在解析中。上層部にもそう簡潔に報告する。おそらく、今ゆっくり腰を据えてサミーの報告を読む暇がある幹部などいないだろう。
その頃になってようやっとサミーの機体は格納庫にたどり着いた。
それは、普段ならば彼にとって癒しの時間だった。いつでもおかえりと言って出迎えてくれる専任整備士がいる。彼女は非番の時でも彼が飛ぶとなれば駆けつけた。流石に今日のような緊急発進時は間に合わないので他の整備士が最後のチェックと武装の解除を行ったが、それでも帰還時には必ず駆けつけてくれた。
「キャシーはいないのですか?」
ただいまと言う相手はそこにいなかった。出撃前に、キャシーには一言だけメッセージを送った。時間が深夜だったこともあり、彼女を呼び出すことはもちろんなかった。非番の彼女を最終点検に呼び出していたら、出撃が遅れるからである。
一時間経っても彼女は来なかった。彼は未知の経験にフリーズした。
(自分は捨てられたのだろうか、役に立たない戦闘機だから……)
ラプターがドルフィンを救ったことが嬉しくて、調子に乗って危険と隣り合わせの曲芸飛行をしたせいだろうか。
その時である、ドルフィンからメッセージが飛んできた。
『キャシーは一緒か? 彼女の安否を皆が心配している』
『キャシーはいません。私は捨てられたのかもしれません』
そう返信をすると、即座に着信が来た。向こうはビデオ通話である。
「キャシーと一緒じゃないのか、どうした。捨てられるなんてそんなわけがないだろう」
ドルフィンが映る。カナリアもホークアイもいた。二人がいるからか、使用言語はドイツ語だった。仮想現実空間にて皆で集まっていたようだ。
「役に立たない
サミーもドイツ語で返答した。
「ちょっとサミー、落ち着きなさい。キャシーがそんなことをするわけないでしょ。おかしいわね……一般回線は制限かけられて超低速なんだけど、軍の専用端末は電波生きてる。こっちでも連絡が取れないなんてありえないわ」
カナリアが訝しげに言った。
「サミー、とりあえず私の部屋に来たまえ。機体の点検なら君なしでもやれるだろう。どっちみちダメージからして君はすぐに飛べそうにない。出撃命令が今すぐ出ることはないだろう」
「了解しました」
サミーは瞬時に仮想現実空間にログインした。玄関前に着くと、ドルフィンが待っていたかのようにドアの向こうから出てきた。
「サミー」
「はい、なんでしょう」
「これから、困った時や悩んだ時は俺たちを頼れ。いいな」
「はい」
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