8. メインアイランドの空 最後のミサイル
何かあるはずだ。ドルフィンを救う方法が何かきっとあるはず。
「私が絶対に下に降ろす!」
眼下には消火に困らない水が大量にあった。噴水や間欠泉のように水が吹き上がったりしないものか。
「もういい。このまま運河に落ちれば下に被害もない、ラプター、最後に君に伝えたかったことが……」
「うるさい……」
ミラが低音を響かせた。そうだ、ミサイルがまだ一発残っている。下は運河だ。そうだ、川だ。水がある。これしかない。
彼女は一つだけこの状況を打開できるかもしれないアイディアを思いついた。
「え?」
ドルフィンが呆気にとられたような声を出した。
「うるさいうるさいうるさい! 私がなんとかする! そんなことは地上に降りてから聞くから今は黙って私の言う通りにしろ!」
「ハイ……」
ドルフィンはミラの勢いに圧倒されたのか素直に返事をした。
「水上五メートルまで降下。速度は現状維持」
「了解」
運河のすれすれ上空を、煙の尾を引きながら飛ぶドルフィンを背後に確認する。一度しかチャンスはない。
ミラはウェポンベイを開いた。最後の一発のミサイルを手動起爆に切り替える。
そのミサイルを発射位置につけ、後ろをよくよく観察する。
「一体何をするのですか、ラプター?」
「消火活動をする」
サミーの問いかけに簡潔にそう一言告げて、ミラはミサイルを放った。
ミサイルは、真っ逆さまに運河に吸い込まれていく。
「ラプター、何を?」
ミラはドルフィンの問いかけと同時に、ミサイルを手動で起爆した。
ドルフィンのやや前方下方、水中で爆発したミサイルは、鯨の潮吹きを何十倍にもしたような水飛沫を発生させた。それはあたかも慈雨のようにドルフィンに降り注いだ。
ミラは背後を見た。夕暮れの陽光を輝かせながら、虹の下を悠々と飛ぶドルフィンの勇姿が見えた。火災は消えていた。
「消えた……」
ドルフィンの声が聞こえた。
「地上管制。ドルフィンの火災を消した。着地地点を指示せよ」
ミラはロボットのように言い放った。
***
「ラプターの声音が怖いんですが、役立たずの私に対して怒っていますか?」
火災の消えた零の元に、サミーが秘匿回線から声をかけてきた。呆気にとられていた零であったが我に返る。
「サミーのことじゃない、多分管制にブチ切れてる」
「本当にそうですか?」
「ああ。もしくは早々に死ぬ気になってた俺にだな。サミーには怒ってないはずだ」
「それならばよかったです。ラプターはドルフィンの恩人ですね」
「ああ、これから胴体着陸が待ってるけどな。失敗したら何もかもが水の泡だ」
だが、ここまできて失敗する気なんかもう零にはなかった。コックピットは警告だらけであった。機体をいなしながら、四基のうちの生きている一基のエンジンで飛び続ける。飛ぶだけならエネルギーはまだ問題はなさそうだ。
さっき勢い余ってラプターに好きだと告げずにすんでよかった。彼は告白しかけていたのである。今を逃したら告げるチャンスはないと思ったからだ。
「こちら管制、方位〇八〇、二キロ先の民間滑走路を準備した」
「こちらラプター。消防車は?」
「用意済みだ」
「滑走路に消火剤は撒いたか?」
一瞬の間。
「……撒いていないとのことだ」
「は? ドルフィンは降着装置が出ないんだ。聞いていたか? 胴体着陸するしかないんだ、摩擦抵抗を減らすために消火剤を撒かなくてどうする!?」
無線越しにラプターが管制相手にブチ切れていた。確かに一理ある。動体着陸することが分かっていて消防車も用意できているならば、滑走路に摩擦から発生する火災の予防として消火剤を撒いておくのはアリだ。ここまで自分の所属する軍がお粗末とはゾッとする。
だが、大丈夫か。確かにやり取りしているのは管制だが、そのバックにいるのは佐官である。少々心配にもなるというものである。
「ラプターは怒らせたら怖いですね」
また秘匿回線越しにサミーの声が響いた。
「そうだな。怒らせないようにしよう」
普段はかわいいが、怒らせたらものすごく怖い。それが鳥の特徴であることをふと思い出した。飼っていた文鳥も何かの拍子にブチ切れてはよく手の皮膚の噛みついて、首をブンブン振り回した。叫びそうなほど痛かった記憶がある。文鳥が怒るタイミングは毎度意味が不明だった。電話がかかってきて携帯端末を手に取ったとか、ペンを手に取っただとかそんな些細なことだった。
サミーはラプターの豹変ぶりに怯え切っていたが、零の目にラプターは気が狂いそうなほど優秀でかわいくてちょっと怒りっぽい鳥にしか見えなかった。その怒りっぽさもかわいさを増しているように見えた。
「こちら管制。今から滑走路に消火剤を散布する」
「上空を一周して待機する。ドルフィン?」
「こちらドルフィン。聞いているよ」
「旋回できそう? 大丈夫?」
「ああ、なんとか大丈夫そうだ。再出火もない」
「サミーも片肺だ。大丈夫?」
「問題ありません」
上空を周回したのち、零は滑走路に向かった。
ドルフィンの機体は降着装置なし、つまり胴体着陸で滑走路に突っ込んだ。途中で彼の機体は若干斜めになって滑走路を滑っていき、滑走路を飛び出して砂利道に突っ込んで地面を盛大にえぐってようやく止まった。
消防車が集まってくる。特に出火はしてないが下部に消火剤をぶちまけられながら、零はコックピットの機内カメラから上空を見上げた。ラプターは背面飛行ですぐ真上をすり抜けていった。
零は気づいた。彼女がサムズアップをして飛んでいったことを。
一方その時、サミーは管制の周りを超接近で飛んで、そのあとテレビ塔の周りをぐるりと一周して滑走路の上に戻ってきた。
あれは平時であれば、絶対に懲罰を喰らうほど怒られるやつだと零は思った。
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