7. メインアイランドの空 Gロックと火災

 敵機が壁とミサイルのサンドとなってクラッシュしたことをミラは確認まではできていなかった。


「ラプター、敵機撃墜!」


 サミーの声が聞こえて、ああ、撃墜できたのかと人ごとのように思う。ミラはそれ以外のものと戦っていた。


 うまく息ができない。身体がひしゃげそうだ。耳も唇も頬も全部が後ろに持っていかれそうだ。視界が狭まっていく。彼女が戦っていたのは、メインアイランドの人口重力である。


***


「まずいです、ラプターの体感はおそらく十二G……」


 サミーが話しかけた相手は、翼が燃えている状態で、今もなおその火災と戦っていた。


(まずいな、どこもかしこも警告だらけだ)


 零は冷静に状況判断をした。消火しようにも消火剤のタンク損傷で不可。機外脱出するにはもう少し高さが必要だ。とりあえず、キャノピーと無人の座席を吹っ飛ばそうと操作したが発動せず。


(これはやばいぞ……)


 自分の本体の天井が飛ばないのでそもそも脱出もままならない。機体下部の可変式ノズルもやられていて、垂直着陸もできない。そして困ったことに、通常着陸をしようとも脚も出ない。つまり、タイヤが出ないので残された手段は胴体着陸するしかない。


 しかし、胴体着陸にはこの炎上している機体では耐えられそうにない。どうする。彼は絶体絶命であった。焦りながらもとりあえず燃料タンクを投棄。


「ラプター、ラプター、大丈夫ですか?」


 零がラプターの方に目をやると、メインアイランドのへりに沿って急上昇をかけたラプターの機体が真っ逆さまに落ちていく。零は彼女が陥っている状況に気づいた。自分の機体の火災など忘れて叫ぶ。


「ラプター! しっかりしろ!!」


 そう、それはGロック。血流が下に引っ張られ、脳への血流が滞り、気を失う。パイロットはこれによる航空事故で何人も命を失っている、戦闘機乗りなら誰でも知っている意識喪失の最大要因である。


「ラプター!」

「ロックオンして警報を鳴らします」


 サミーはラプターの機体をロックオンした。警告音がラプターのコックピットで鳴り響いているはずである。

 零は無線に向かって叫んだ。自分が死にかけていることも忘れて叫んだ。自分が生きていても、彼女が生きていなきゃなんの意味もない。


「ミラ・スターリング! 起きろ! 頼む、起きてくれ! ミラ!」


***


 遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。「ミラ! 起きろ!」彼女はうっすら目を開けた。青いものが見えた。メインアイランドの天井に映された偽物の空を反射して光る運河。ここはどこだ? ぼんやりする頭で必死に考える。


 次の瞬間、彼女は金色の目をかっと見開いた。一瞬遅れてコックピット内をけたたましく鳴らす警報音に気づく。ミラは周囲を見渡した。どちらが地上か、そしてどちらが天井を確認する。どっちも青い。冷静に計器も確認。


 彼女はしっかりと意識を取り戻して操縦桿を握った。警報がやんだ。自分を起こすために僚機がロックオンしてくれていたのかと悟る。


 真っ逆さまに落ち続けていた機体を水平に保ちながら、自分を呼び戻してくれたドルフィンとサミーの元に戻る。


「ありがとう、おかげでたすか……」


 礼を述べかけた時、彼女は気づいた。

 自分を呼び戻してくれた男の機体から炎が上がっていることを。


「ドルフィン!」

「もうだめかもしれないな……」


 彼は地上50メートルないところをふらふら滑空していた。

 メインアイランドの縁の部分。下には巨大な運河が流れている。ミラはドルフィンの真横につく。


「地上管制。こちらドルフィン。右舷側の燃料パイプを破損したようだ。消火もできない。火災が止まらない」

緊急脱出ベイルアウトは?」


 ミラは問いかけた。


「キャノピーと座席が飛ばないので脱出できないとのことです。水上着陸したらこのダメージを受けた機体ではもちませんし、もし沈んでしまえば、ドルフィンの身体を引き上げるのは一苦労です。ドルフィンの生命維持装置は他のサイボーグ・シップと違ってかなり複雑で巨大、重量があります。すぐに助けられなければ水中で窒息死です」


 パイロットが機外脱出するには、通常コックピットのキャノピーを飛ばさなければならないだが、それが飛ばない。何かの不具合で開かなかったら人力でぶち破るしかないのだが、彼にそれはできない。そして、肉体のほとんどを失っている彼の生命維持装置は規格外に重い。

 すぐに救助できるのであれば問題ないだろう。だが、今のこの状況ですぐの救助は正直期待できなかった。


「とりあえず降りよう。火なら降りられれば消せるはず!」

「不具合で垂直着陸できない上に足が降りない。ここまでダメージを受けて火災発生中の機体を胴体着陸させたら爆発炎上だ。もういい、巻き込まれないように離れてくれ」


 ミラは眩暈がした。垂直着陸ができない。しかも、降着装置が出ないのか。前輪も、後輪も。

 嘘だ。こんなところで自分はドルフィンを失うのか。まだ、この人のことを全然知らないのに!


「地上管制、どうにかしろ! どこか安全に降りられる場所を!」


 地上管制は返答に困っているようであった。ミラは無線に向かって叫んだ。


「なんか言ったらどうだ! 重要なところで役に立たないな! おい、なんとか言え! 消防車を配備した着陸地点の指示をしろ!」


 ミラとサミーの二機は運河の上を滑空するドルフィンに寄り添うように飛んでいた。


「ラプター。もういい、君は十分頑張った」

「そんなこと……そんなこと聞きたくない! サミー、何か考えは?」

「私は敵を落とすことばかりを学んできました。あなた方の助けには……僚機を生き残らせることに関しては……」


 サミーは歯切れが悪かった。AIが何も思いつかないだと? 何かあるはずだ、彼を救えるアイディアが。

 考えろミラ、ミラ・スターリング。彼女は自分自身に問いかけた。時間がない。そうすればいい?

 ドルフィン小隊は絶体絶命のピンチに陥っていた。

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