6. メインアイランドの空 コンクリートジャングルの女王
(やっと慣れてきたな!)
ミラの所属する部隊が移民船の中を飛ぶことなんてそうそうない。過去に一度だけ訓練をしたことがあるが、市民が生活していることもあり、ほとんど体験飛行のようなもので終わっている。ましてやドッグファイトなど初である。大気や人工重力があることでこれほど変わるとは思っていなかった。
ちら、と背後を確認すると、後ろに敵機はぞろぞろくっついてきていた。
「こちらサミー。ラプターの後ろを三機が追っています。その後ろを私が追い、上空からはドルフィンが待ち構えています」
「了解した、サミー。飛ばす」
ミラは目の前に現れたテレビ塔の下に潜ると、そのままさらに下降して橋脚の下に潜り込む。
(ぎりぎりだ……)
だが、自分ができるのだから、サミーは難なくできるはずだ。続いて車が乗り捨てられた無人のスクランブル交差点に急降下。十メートルまで迫って急上昇。
敵機の放ったビーム砲が地面に突き刺さって自動車が吹っ飛びアスファルトが沸騰する。ファッションビル上空、映画の宣伝をしていたホロ映像の中に突っ込むと敵機はバランスを崩しながらホロを避けて上昇。
(視覚でも情報を得ているな……)
ミラは冷静だった。鋭角ループのために急上昇した彼女はループの頂上で素早く反転し、上昇をかけてきた敵機に真正面からミサイルを放った。
「命中!」
「地上管制へ。こちらドルフィン。ラプターの敵機撃墜を確認。スクランブル交差点のど真ん中に落下。市民の犠牲者は見受けられない。至急消防隊派遣を要請」
ミラを追ってきた一機目を撃墜したのち、二機目は逃走したのでそれを追う。三機目が見当たらない。
「こちらサミー。三機目を捕捉。ラプターから引き離しました。貿易センタービル上空に追い込みます」
「サミーよくやった! 貿易センタービル上空で待ち伏せする!」
サミーとドルフィンの二機にその敵を任せ、ミラは目の前の敵を追った。
「しまった外した!」
これはドルフィン。
「左翼に被弾! 左エンジン出力低下!」
サミーの声が聞こえた。
その間にも、ミラと敵機のチェイスはまだ続いている。だめだ、目の前の敵を追わなくては。ミラは操縦桿の引き金を引いた。二十ミリの機関砲が火を噴いたが敵の表面を多少舐めただけで決定打は与えられない。
「ドルフィン! 右旋回!」
「了解、右旋回。サミー! 今だやれ!」
サミーはミサイルを発射。
「外しました!」
「くっそ、さっきくらったエンジン一基が不調。再起動。……だめだ、右エンジン一基停止」
ドルフィンとサミーの会話が無線から聞こえるが、未だ撃墜確認の声は確認できない。
ミラはあと三発残っているうちのミサイル一発を発射位置につけた。綺麗に照準に重なった。
「フォックスツー!」
ミサイルが白煙とともに解き放たれた。敵機は機首を垂直に上げる。敵機尾翼の下をミサイルが通過して高層ビルに直撃した。
「外した!」
まるでアクション映画の爆発シーンのように崩れ落ちるビルを避ける。敵機を図らずも追い越してしまったミラ。真後ろにつく敵機。鳴り響く警報。
ミラは必死で回避行動を取った。右舷を真下に向けてビルとビルの間をすり抜ける。歩道橋の下をすり抜ける。翼の先を街路樹が掠めた。
国営放送のビルの看板が敵のビーム砲で吹っ飛んだ。続いて新聞社のビルが蜂の巣になる。ミサイルが銀行のビルを吹っ飛ばす。
「命中! 敵機撃墜を確認!」
ドルフィンの声が無線に聞こえた。やったか!
「ラプター! 今どこだ?」
「こちらラプター! 今ニューヨークブロック三番街! 後ろにつかれてる!」
「こちらサミー! 最大速度で援護に行きます。十秒ください!」
「サミー、無理するな! このまま中央インターに誘き寄せる! ドルフィンは上空に回り込んで欲しい」
サミーのアマツカゼは双発エンジン。その片方が死んでいる。ドルフィンのケーニッヒは四基エンジンを搭載しているが、一基は停止。ミラは壮絶なドッグファイト中も無線から僚機の状況を理解していた。
ミラは地面スレスレ、乗り捨てられた自動車の上を飛ぶ。機首を少し上げ、歩道橋の上を駆けると、歩道橋の下で敵のビーム砲で自動車が踊った。ミラは交差点を右折。敵はまだついてくる。ここは片道三車線の幹線道路。
次の交差点を左に曲がる。身体が軋むようなGにうめく。警報。上昇してフレアをばら撒くと敵のミサイルが誤爆。
自分が鳥の目を持っていることに感謝した。そうでなければとっくの昔にビルに激突するか地面にキスして死んでいる。
ソニックブームで地上のありとあらゆるものが吹っ飛んでいくがもうそんなことを気にするミラではない。この敵をどうにかしないと、地下に避難している人々やメインアイランドの主要機関をやられる可能性がある。そうなったら何もかもが宇宙ゴミの仲間入りである。
ミラは急加速をかけた。もうすぐ件の高速道路が現れるからである。
見えた。高速道路がいくつも重なりぐるぐると急カーブをさせられる、ドライバーからは欠陥道路と揶揄されるそれ。
「ラプター、着いたぞ!」
ドルフィンの声が聞こえて、ミラは飛び込んだ。アマツカゼがぎりぎり隙間をすり抜けられる幅。
「ラプター! 今敵機の後ろにつきました!」
サミーの声が無線に飛び込んできた。後ろの敵機が上空に逃げ出すことを祈るしかなかった。
***
零は集合地点へ急いだ。ウェポンベイを開き、最後のミサイルを発射位置につける。サミーはもうミサイルを撃ち尽くしていた。やれるのは自分だけだ。打ち上がってくる敵機を待ち構える。来た。
「ラプター、狙い通りだ!」
こちらに気づいて急旋回をかけた敵に急接近をかける。
ターゲットロック。ミサイルを発射。
「落ちろ!」
そこで、零は今まで目の当たりしたことのない何かを目撃することとなった。エアブレーキを使用した、おそらく二十Gは超えているかというターン。敵機が空中にほぼ停止する。零は愕然とした。目の前に敵機がいたのである。
衝突を避けるためには敵機に背中を晒さねばならない。彼に選択肢はなかった。
「「ドルフィン!」」
サミーとラプターの声が重なった。
両の翼を撃ち抜かれた。コックピット内を警報が鳴り響く。残っていたエンジン三基中二基が機能停止。右翼の燃料パイプを破損し火災が発生。自動消火装置が作動しない。
「嘘だろ……」
まだ死にたくない。今は嫌だ。ずっと死にたいと思っていたのに、零は今さら生に対する執着を自覚した。まだ、ラプターと話したいことがいっぱいある。
あと一発食らったら落ちる。そう思った時に、敵機は方向転換した。零は言葉を失った。助かったのか。
(一週間どころか、一ヶ月どころか、無期限延期だ!)
地面に降りたらジェフにそう言おうと思った。敵機をラプターが追っていくのを見送る。その後ろをサミーが追いかける。だが、片肺で飛んでいるサミーにラプターを追うことは不可能だろう。
もう祈るしかない。零は己のできることを考えた。まず、消火だ。
自動消火装置を手順に従って再起動してみようと考えた。
ミラは敵機を追った。よくもドルフィンをあそこまでボコボコにしてくれたな! 頭はそれでいっぱいだった。ドルフィンがまだ飛んでいることを首を振って確認し、敵機を追う。
「許さない……」
ミラにとってこの機体は己の翼であるが、搭乗する戦闘機だ。だが、ドルフィンにとっては肉体と変わらない。よくもドルフィンを傷つけたな。
(よくもやったな!)
ミラの頭に完璧に血が上った。機関砲を撃ちまくる。
「上空に逃げられるなんて思うなよ!」
ミラの後ろには若干距離を空けてサミーが控えていた。サミーの機体は双発エンジンの片方が死んでいた。ミラほどスピードが出せないのである。どんどん間が空いていく。
ミラと敵機はお互い前になり後ろになりを繰り返し、ミラは敵機をメインアイランドのへりまで追い詰めた。
正面には壁。いつ上昇するか。敵機がギリギリ上昇するかというところで機関砲の残弾を全てぶちまけ、敵機がバランスを崩しながら上昇したところで最後に残っていた二発のミサイルのうち一発を放った。
ミラは慌てながらも操縦桿をめい一杯引いて急上昇をかける。すぐ目の前に、壁があったからだ。
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