2. 宇宙空間 J60

 友軍の援護のためにミラはスロットルを最速にしてドルフィンとサミーの二機の後ろについていた。後ろを確認すると、きちんとミラの率いる三機の僚機がくっついてきている。


「隊長、申し訳ありません」

「自分たちのせいで……」


 ああ、今はもうそんなことはいい。ドルフィンにどやされてもう十分に反省しているブルーとサラマンダーにミラはこの場でどうこう言うつもりはもうなかった。


 二人とも、己の行動を恥じている。これ以上叱責したら、この二人には薬になるのではなく毒になるしかないと言うことをミラはわかっていた。

 ミラに対して萎縮されたら次こそ危うい。自分の顔色を見て行動されるようになったら隊長としておしまいだからだ。


「もういい。私は生きてる。今回のことを繰り返さなきゃいいだけだ。だが次はないぞ」

「はい!」

「すみません!」


 きっとドルフィンはキレそうになっているだろうな、とミラの胸のうちの方がよっぽどヒヤヒヤしていた。

 自分の部隊ではないからと思ったのだろう、彼は途中で二人をどやしつけるのをやめた。これはミラの教育不足でもある。なんにせよ、皆が無事でよかった。


「友軍機一機、反応消えました。落とされましたかね。あ、また一機消えました」


 サミーが恐ろしいくらい淡々と言う。それにドルフィンが反応を返す。


「急がないとまずいな」

「ドルフィンとサミーで先に行ってくれ。私らは生身だからこれ以上速度が出せない」


 規定以上の速度を出すと機体が損なわれるだの、中のパイロットに影響があるだの言われていることを思い出したミラが言う。ミラは結構無理ができるが、自分の隊員たちはそうもいかない。


「だがそうしたら別の敵機が背後から近づいても気づけないだろ。俺はそのために助太刀に来た。ファントム小隊を置いてはいけない」

「ラプター、それはダメです。アマツカゼのレーダーでは敵機を捕捉できません。ドルフィンが残らないと危ういです」


 今もなお、アマツカゼのレーダーでは敵機の捕捉ができなかった。ドルフィンのケーニッヒのみが頼りだ。超広範囲をカバーできるホークアイに比べたらドルフィンのそれは近場しか見えなかったが、何も見えていないアマツカゼに比べたら、接近してくる敵や遠方から飛んでくるミサイルを見つけられる。


 だが、ドルフィンが機上レーダーを使用していると自分たちはここにいるぞと敵にアピールしているようなものである。敵もレーダーの発信源を辿ることができるからだ。早くホークアイの目が復活することが戦闘を有利に進める上で重要であった。

 六機は編隊を組んで宇宙を光のように駆けた。正直、ミラ一人だったらサミーとドルフィンにくっついて飛べただろうが、他の三人が無理なのである。


「ドルフィン、ホークアイだ」

「お、やっと通信が回復したか、ホークアイ」

「生きていて何よりだ、ドルフィン、ラプター」


 ホークアイ経由のレーダーが蘇った。


「こちらサミー、敵機二機はドルフィンとラプターが撃墜しました。私が預かっていたドルフィンの機上レーダーを切りました」

「こちらホークアイ。私の目に切り替えた。ドルフィン、また落としたのか。ラプター、この男がエース街道を驀進するのを止めてくれないか? 私の見立てでは君しかいない」

「私には無理だ、ホークアイ。ドルフィンには敵わない」

「ええ、そんなことないだろ、ラプターは強いよ。さすがハーピーイーグル! 格好いい!」


 また何を言っているのだろう。ミラは小隊間でのみ聞こえる秘匿回線で三番機と四番機に話しかけることにした。気を張り続けていたらみんな心臓が爆発する。ブレイクタイムとしようではないか。


「こんな感じで、別に怖い男じゃないから萎縮しなくてもいい」

「……驚きました」


 とサラマンダー。


「……日本語で話すともっと根暗なイメージあったんですが、英語話してる時はテンション高いですね。隊長に気があるのでは?」


 ……そういえば、ブルーもドルフィンもどっちも日系人だったっけなぁとミラは思い出した。


「……それはまさかないだろう」

「今ボーイフレンドいないんですよね? いいんじゃないですか? ブラボーⅡのエースですよ」


 サラマンダーまで何を言い出すのだ。


「それはノーコメントで。切るぞ」


 正直、すでに餌付けはされかけているが。例えるならば、自分はドルフィンの庭に設置されたバードテーブルに飛んできている小鳥状態だ。ミラは内心そう思いながらも秘匿通信を切った。


「ホークアイ、ジャミングは直ったのか?」


 ドルフィンがホークアイに問いかけた。


「中継ポッドを輸送機からばら撒いた。多少マシになったはずだ。そろそろJ60の様子が見えるな。応答が来た。四機編隊三小隊で向かったはずが、敵軍も友軍も生き残りは三機だ。今こちらの情報をリンクする」


 例の四機編隊に友軍がボコボコにやられているらしい。ドルフィンやサミー、クリムゾンの能力値で考えるからこうなるのだ。三小隊出しておけば四機など朝飯前で片付けられるだろうと思うのが間違いである。

 敵機は戦闘中にポイントがずれたらしく、多少船団よりに移動していた。針路を少々修正する。


「一気に大量投入して片付けなくてどうするんだよ」


 ダガーが秘匿回線で毒づいた。ホークアイがそれに応える。


「私もそう思う。だがいい加減上も学んだようだ。数分前にありったけの戦力を叩き込むことを決めたようだ」

「ならいいんだが、基本的にはダガーに同意見だ。ホークアイがいるならファントム小隊のサポートができるな。サミー、飛ばすぞ」


 ドルフィンにサミーが答える。


「ええ」


 スロットル全開の二機がすっ飛んでいくさまを眺めた。


「あれはまた落とすな」


 とホークアイ。ミラがそれに反応する。


「ドルフィンはそのために生まれてきた男だ。ドルフィンというよりもオルカに近い。海の殺し屋だ」


 オルカ。シャチである。クジラやサメまで捕食する、海のギャング。キラーホエール。


「違いないな。狩りのテクニックにもはやコメントもままならんよ」

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