第四章
1. 宇宙空間 2度目のスクランブル
スクランブル待機室で緊急警報が鳴り響き、ミラはヘルメットを引っ掴んで愛機に向かった。
「行くぞ!」
「了解!」
編隊長であるミラに飛行隊の皆が答えた。
また来たか。
搭載兵器の確認はすでに済んでいる。コックピットに乗り込むと、自らの身体を一切無駄のない動作で固定する。その数分後、ミラは暗黒の宇宙空間に飛び立っていった。三人が後に続く。
「こちらファントムワン。全員揃ったか?」
「ファントムフォー、位置につきました」
第十八飛行隊所属、ミラ率いる通称ファントム小隊が美しい
「ファントムワンよりホークアイへ。全機所定のポジションに到達」
ミラの愛機のレーダーに機影は見えない。やはりアマツカゼのレーダーでは敵を捕捉することもできないか。せめて、編隊の中に一機ケーニッヒが欲しい。ケーニッヒのレーダーは戦闘機では随一だ。
「ホークアイよりファントム各機へ。
「ホークアイ、アマツカゼのレーダーだと何も見えない」
「安心したまえラプター。そのために私がいる。座標送る」
真正面だ。これ以上接近させてはならない。しかも敵襲に備えて配備した長距離ミサイル艦の包囲網をかいくぐって接近してきたということは、相当な電子戦を仕掛けてくるはずだ。
「ファントム小隊、エンゲージをかける!」
***
(なぜファントム小隊を出した?)
ホークアイは心の中で毒づいた。今までの戦闘よりもジャミングがひどい。
ホークアイが発した強力な広範囲レーダーでも捕捉が不十分、船団の周りに飛ばしているありとあらゆる受発信機へのノイズのような反射を拾ってかろうじて敵機が見えているが、これでは不十分だ。彼はミラたちのバックアップをしながらも司令室に通信を飛ばす。
「こちらホークアイ、ジャミングがひどく通信が不安定で私の位置からではバックアップが不十分だ。電子機を配備したいが狙われたらやられかねん。戦闘もこなせるケーニッヒの援護が必要だ。このままでは完璧に目を潰される」
「こちら司令部。今すぐ動かせるケーニッヒはドルフィンだけだ。彼を上げる」
サイボーグなので機体に乗り込む時間も掛からない、リアルタイムで上がることができる。ドルフィンと彼を援護するサミーに発艦命令が下った。
完璧に変則的ではあるが、それがドルフィンの仕事であった。サイボーグなので、必要な時はいついかなる時でも上がる。これがドルフィンの役割であった。ドルフィンに続き、サミーが宇宙空間に飛び出す。二機は編隊を組むとラプター率いるファントム飛行隊の援護に向かった。
その時、レーダーの端に何か見えた。機影が四つ。
「こちらホークアイ。メインアイランドから十時方向、新たに敵機四機接近中。座標送る」
司令室のどよめきがホークアイに聞こえてきた。
レーダーを見ると、早々に宇宙に打ち出されたドルフィンとサミーは最大戦速でラプターの元へ飛んでいた。
***
「ラプターが危ない。俺が目になってやらないと」
宇宙空間に放り出された零は今までになく焦っていた。
「ジャミングが今までとは段違いです、何も見えません、ドルフィン」
「もう最後はカメラ画像で見るしかない、カメラで」
「目ですか?」
「そう、目だ、なんだ? レーダーに四機追加……」
「ドルフィン、こちらホークアイ。そちらも見えているか? 敵機四機追加だ」
「ラプターは知っているのか?」
「先程から通信を試みているのだが、応答がない。ジャミングで通信不全なようだ……。座標も送っているが受信できているか不明だ。四機、向きを変えた。ファントム小隊に、」
ぶち、と嫌な音を立てて通信が途絶えた。
「ホークアイ! おい、応答しろ!」
「おそらくジャミングの影響で通信不全ですね。私たちは通信できていますので、近距離通信なら問題ないようです。急いでラプターの元に向かいましょう。追加の敵四機はラプターの方に向かっています。ラプターがボコボコにしている友軍を援護するつもりなのでしょう」
ホークアイが落とされたとは考えにくい。迎撃装置の守備範囲内にいるし、護衛の飛行隊が展開している。
ホークアイを落とせるならば、メインアイランドの周囲のアイランドワン以下各浮島がとっくに沈んでいる。
鈍足でデカくて使いにくい。中途半端。かつてはそう言われていたケーニッヒだが、今この状況においても、かろうじてファントム四機と初めの二機、追加の四機を補足し続けている。それでいて、電子戦専門の機体よりも足は速い。
「通信途絶ということは、もう現場判断でやり放題ってことですね」
「ああ、その通りだ」
エンジンが唸るほどのスピードを出していた零の機体、ケーニッヒだが、ついにミラのたちファントム飛行隊を捉えた。このくらい接近すれば流石に状況を把握できるというものだ。彼らは敵二機と壮絶なドッグファイトを繰り広げていた。
「やばい……ラプターが孤立してる」
宇宙空間にフレアが花火のように上がっている。ドルフィンはラプターと敵機の間に突っ込んだ。無線のチャンネルを合わせて叫ぶ。
「ラプター、ドルフィンだ。援護に来た!」
***
ミラとダガーで敵機の一機目、ブルーとサラマンダーが二機目を追っていたが、攻撃がほとんど通用せず、ブルーとサラマンダーはしょっちゅう出し抜かれては二機目がミラとダガーを攻撃するのを許す始末だ。
「ブルー、お前何やってんだ! ラプター敵機! 五時方向!」
ミラの援護をしていたダガーの背後に敵機が現れ、ダガーは無線に向かって怒鳴ると同時に慌てて回避行動を取る。
一機目の敵機の背後を取りかけていたミラであったが、二機目が背後に出現したとは、と慌てて機体をバンクさせた。だが間に合わない。ミサイルが雨のように降ってきて全意識を前方よりも背後の敵に持っていかれる。ミラはこのミサイルが、機体が発する熱を認識して追ってくる赤外線誘導型であることを天に祈ってフレアをばら撒いた。
次々とミサイルが誤認識して宇宙空間に火花を散らす。しかし、再びアラートが鳴り響く。必死で逃げるが敵はしつこく追いかけてくる。
「誰かミラを援護しろ!」
もうタックネームを呼ぶ余裕すらないダガーの怒号が聞こえた。彼もミラが追っていたはずの敵機にまとわりつかれてこちらの援護ができないのだ。
ブルーとサラマンダーが急旋回してこちらに向かうが間に合わない。
「ラプター、ドルフィンだ。援護に来た!」
無線にドルフィンの声が聞こえた。姿は見えない。どこだ。真後ろを見て操縦桿を握っていたミラの目に、その姿がいきなり現れた。敵機と自分の機体の間を下から切り裂くように飛んできたドルフィンのケーニッヒが見えた。レーザーガンを食らった敵機は機体のバランスを崩す。だが、ダメージ軽微。
ミラの下方に逃走した敵機をターンしたドルフィンがロックオン。
「ロックオン! フォックス・ツー!」
放たれたミサイルは敵機に直撃。尾部が吹っ飛んで、回転しながら爆発霧散。
「
「ドルフィン! グッドキル!」
ミラが声を上げた。助かった。しかしダガーが危ない。ミラは減速して急ターン、ダガーに向かって加速した。
「こちらラプター、サミー、援護を頼む!」
「了解しました」
サミーがするりとミラの背後についた。
「援護が下手すぎるぞ三番機と四番機。貴様ら哨戒でもしてやがれ! ラプターを殺す気か! おいおい前ら何やってんだ早くダガーのフォローをしろ!」
ドルフィンは思考停止状態のブルーとシューターをどやしながら機体をバンクさせてダガーの援護に向かう。
「一歩間違えたらドルフィンと敵機が交通事故でしたが」
「うるさいぞサミー! 大丈夫だったからいいんだよ!」
ミラは無線のやり取りを聞きながらサミーとドルフィンの三機でダガーのフォローに向かう。
もう少しでダガーが追い詰められる、その瞬間にミラが敵機の背後を取った。照準の真ん中に敵機がなかなか収まらない。だが、やるしかない。
「ダガー、左旋回しろ!」
ミラの叫びにダガーが左旋回する。ミラはトリガーをめいいっぱい押した。
「フォックス・ツー! 散れ!」
敵機に吸い込まれるようにミサイルが直撃した。敵が発射しかけていたミサイルを巻き込み誘爆。
ミラは操縦桿を引いて機首を上げ、それを避ける。
「ラプター! ナイスキル!」
ドルフィンの声が耳元に響く。
「やった……ドルフィン、助かった。ありがとう」
ミラは肩で呼吸しながら途切れ途切れに礼を言った。
「ラプター、ドルフィン、助かりました」
ダガーからも通信が入る。どこか悔しそうだ。今回は彼に非はない。仕方ない。ミラは彼を叱責するつもりは毛頭ない。
「ダガー、大丈夫。お前は最善の行動をした」
「俺、絶体絶命のラプターを救うこのパターン多いな」
誇らしげにドルフィンが言う。
「狙ってやっているんですか? そんなにラプターの前で格好つけたいんですか? ……これだからホモサピエンスのオスはいやらしいですね」
「学名で呼ぶなって何度言えばわかるんだ? お前男性不信の女みたいだな? そんなわけないだろ、なんか俺に恨みでもあるんか!?」
ミラはもう声を出して笑うしかない。
「まさか。まあそれは置いておいて、ドルフィン、あなたのレーダーは私が管理しますね」
「置いておきたかないが、俺は生粋のアタッカーだ。そうしてくれるとありがたい」
「先程まで新たな敵編隊がこちらに向かっており、そのフォローのため私たちが助太刀に来ましたが、どうもこちらに辿り着く前に友軍とドンパチしています。座標はこちら。ポイント
「行くか。こいつらの対処に関しては俺たちの方が一枚上手だ」
ドルフィン、サミーの二機につづき、ミラたちファントム飛行隊がついた。
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