6. 官舎 零の部屋 三枚おろし

「ワオ、なんてかわいいヒヨドリちゃんだ! ようこそ!」

「もうおっさんスタイルのナンパだよな……酷くて見てられん」

「お前のギャグに乗ってやったのになんだその言い草は!」


 玄関先ですぐに痴話喧嘩を始めた二人が面白すぎて、ミラは目尻を拭いながら先に玄関に上がった。尚も二人の愛ある罵り合いは止まらないので、ミラはジェフからもぎ取るように荷物を受け取った。


 発泡スチロールは氷も入っているからか、なかなかに重かった。一体何が入っているのだろう。ジェフは、開けてからのお楽しみ、と言ってここに来るまでの道中決して教えてくれなかった。


 発泡スチロールはダイニングテーブルの上にとりあえず置いて、野菜を台所の方に持っていくとキッチンのドルフィンのアームが壁からこちらに伸びてきたので一つ一つ手渡した。

 アームが器用に冷蔵庫にしまっていく。


「ありがとう」

「大丈夫。ドクターとのおしゃべりは終わった?」

「ああ。とりあえず発泡スチロールを開けろって言ってカッター渡した。粘着テープでぐるぐるだし」


 ドルフィンはリビングにあるドローンでジェフの対応をしているらしい。よく頭がごちゃごちゃにならないなと感心する。ミラは野菜が入っていたビニール袋を畳んでアームに手渡した。

 そうこうしているうちに、リビングの方からドローンがすっ飛んできた。ドルフィンの声を発していたスピーカーが台所天井のものからドローンに切り替わる。


「開封の儀を始めるってさ」


 大人しくドローンの後ろをくっついていくと、ジェフが待ち構えていた。


「ワニとか入ってたら俺どうすればいいの?」

「流石にワニではないな。じゃあ、開けるぞ」


 蓋が空いた。溶けかけた氷に埋もれていたのは立派なお頭付きの魚だった。ミラは思わず感嘆の声を漏らした。


「すごい! タイだ!」

「でかいな! これを一般人に捌かせる?」


 桜色の鱗が綺麗なタイだった。50センチはあるだろう。なるほど、一人で食べ切れないとはそういうことだったか。


「……無理だった?」

「いや、なんとかなるだろ。それにしてもよくこんな高級魚をゲットできたなぁ」

「知り合いにもらった。海洋艦に住んでて養殖業やってるんだが、釣りに行ったらタイがいっぱい釣れたんだってさ」


 ここミラたちがいるメインアイランドの周りにある浮島のいくつかには、水が半分ほど入った透明コンテナのような形で海が存在する。

 もちろん海水だけでなく、人口島があって海流もあり、そこで魚の養殖が行われているのである。主な魚はサケやマス類。次いで、アジやブリ、タイ。成長が早く出荷までの期間が短いからだ。


 移民船の人間にとって、魚はメジャーな天然の動物性タンパク源である。次は卵や鶏肉だ。餌にかけるコストと将来肉になるコストを比較すると、豚や牛は抜群に効率が悪い。ミラも、魚はよく食べるし大好きである。

 海洋艦も場所によっては養殖魚だけではなく野生の魚も泳いでいて、許可された人間だけが漁を行える。それにしても、天然物なんて本当に珍しい。


「ラプター、生魚いける?」

「もちろん」

「ってことは刺身か? カルパッチョ?」

「和食を作りたい気分だ。一品目は刺身にしよう。まず捌かなきゃな」



 ミラが見つめるシンクの中でバリバリいい音をさせながら鱗が落とされていく。一方のジェフはリビングにいたが、ミラは興味津々でドルフィンの解体ショーを拝むことにしたのである。


「アジなんかだと包丁の背でこそぎ落とせるけど、タイは鱗が頑丈だから鱗落としを使うのがベストだね」


 鱗を落とされたタイは一度洗われ、続いてまな板の上ではらわたとえらを取り、それから頭を落とされた。


「この頭は後で出刃包丁を使って割る。そうするとあら汁にできる」

「包丁いっぱいあるんだなぁ……」

「そこそこ大きめの魚も捌けるようにまあまあ揃えてある。前も言った気がするけど、これはリハビリで始めたんだ。料理だったら食べてもらえるからちょうどいい。そしたら魚捌くのにハマってしまったんだ」


 そう言って、ドルフィンはアームを器用に操ってはらわたをよりわけた。


「白子があるね、オスだな、あたりだね! 鯛は春が旬だ。アイランドスリー産かな。白子は塩水で洗って下処理完了」


 アイランドツーからファイブまでは海洋艦で、少しずつ季節がずれている。アイランドスリーは今春らしい。

 頭を落とした身体の部分を綺麗に洗って、それから骨と身を切り分けた。


「この状態を日本語でジョウミっていう。上の身って書くんだ。英語でも名称あるのかな……よしできた。骨と身が二枚。これを、三枚おろしっていう」

「サンマイオロシ……サンってスリーのことだよね?」

「そう。よく知ってるね。あとはこの身を腹側と背側に真ん中から切り離して、この状態をサクっていう。日系スーパーだといろんな種類の魚がこの状態か、この皮を剥がされた状態でパックされて売ってる」

「そうなんだ、今度覗いてみよう」


 こうして普段食べている魚の姿になるのか。なるほどと感心した。


「じゃあ刺身にするから皮を引く。皮を下にして、身と皮の間に刃を入れる。皮を布巾で抑えると滑りにくい。それで包丁を滑らせるんだけど、どっちかというとこう、皮を引っ張るイメージかな」


 包丁が身の下をするすると滑っていった。皮と身が分離される。アームが身をひっくり返す。


「すごい!」


 紅色の縞模様が綺麗に出ている。これはよくわかっていないミラが見ても完璧に見えた。


「ラプターに見られてるから緊張したけど、まあまあ上手くできたな。で、残りの腹側も同じように皮を引く」


 ドルフィンは腹側も綺麗に皮を引いた。


「で、刺身ならこんな感じで斜めにそぎ切りにする。あとは器に盛れば完成」

「あ、そろそろお皿とかの準備手伝うね!」

「じゃあこの箸と小皿と醤油を持って行ってくれ。ついでにリビングでふんぞりかえってるおっさん呼んで」

「だーれがおっさんだ! 歳かわんねぇだろが!」


 台所の入り口にジェフがいた。そろそろ終わるのではないかと見に来たようである。


「俺は心が若いからいいんだよ! あ、おっさんは酒用意して!」

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