4. 宇宙空間 スクランブル

「方位9-7、敵機バンディット発見」


 ミラのこめかみを汗が伝った。彼女はその日、部下三人と緊急発進スクランブル待機していたのだが、ついに上からの望んでいない指令が降って急遽愛機に乗り込みミラは三機を率いて宇宙空間に飛び出したのであった。


 敵機は二機。


 少なくとも、生命体は乗っていないことがあの日の調査でわかっていた。目標は急速に接近してきた。警戒レーダーの警告音が響き渡る。四機は教科書に載っているような完璧さで、攻撃体制に入った。


「こちらファントムワン。奴らやる気だ。交戦許可を求む!」


 ミラ率いる小隊は通称ファントム小隊と呼ばれていた。エーワックスに通信し、交戦許可を出すよう上に要請する。


「こちらサンダーボルト。ファントム小隊の交戦を許可する」

「了解。全機戦闘態勢に入れ! 交戦エンゲージ!」


 ドッグファイト・モードに入った。敵は針路を変更せず、まっすぐこっちにつっこんでくる。ミラと彼女の二番機のダガーは息を合わせたように左方向へほぼ90度旋回降下。三番機ブルーと四番機、サラマンダーは流れるように二機の援護に回る。


 一方、正体不明機は急上昇。ミラは急旋回をかけた。遠心力で脳への血流が阻害されないように、対Gスーツに身体が締め上げられて喉の奥でうめいた。彼女は、敵機を追って急上昇した。


 ミラ率いる編隊は距離八〇〇まで占位。

 その時であった。敵機は揃って機体をバンクさせ、ミラ率いる編隊から遠ざかっていった。ブラボーⅡとは逆の方向だ。ならば、深追いは厳禁である。


「ふう……逃げたか」


 思わず安堵の息が漏れる。


「ひとまず安心ですかね……」


 弟分でありウィングマンであるフィリップことダガーがそう言った。


「ダガー、まだ気を抜くな」

「はい、隊長」


 ミラの小隊は四機で美しい編隊を組みながら流れるように飛んでいた。

 ダガーだけでなく、三番機四番機の二人とも優秀な部下だ。ブルーの本名はレン・アオキ。


 日系人なので、ドルフィンと仲が良くなってからはプライベートで日本の話もするようになった。

 サラマンダーの本名はルーアン・ジェイコブソン。ルーツはアフリカと聞く。ミラよりも背の高い男で、若いがサポートを任せたら間違いのない男である。


 ミラは敵機撤退状況を無線で報告しつつ、周囲に視線を光らせた。周囲の偵察、情報収集をしてから帰還するように命令が降ってきた。ミラが率いる編隊が正体不明機を発見し、さらに追加の機体がスクランブルしたと無線で通信が入る。


「現宙域を偵察する」

「「「了解」」」


 この時、隊員たちは誰も知らなかったが、ミラは正直うんざりした顔をしていた。この宙域、アステロイドが多すぎる。レーダーにごちゃごちゃと色々なものが映ってやりにくいことこの上ない。

 普通の人間はミラほど目や反射神経がいいわけでもないので、先日も敵に気を取られてアステロイドとクラッシュしたパイロットが二人死んだ。


 今日、せめて優秀な早期警戒管制機エーワックスが飛んでいたらと思うが、そうは問屋が卸さない。


 レーダーに映る宇宙ゴミやアステロイドに紛れてちらちらと映る敵機を的確に見極められるAIなど未だ存在しない。サミーが経験を積めば別かもしれないが、現時点でそこまで学習を積んでいるAIなどいるはずもない。

 ならば人間の経験と目と最後はカンが頼りになる。こんな時頼れるのはホークアイだ。


 この日、ミラたちの目になってくれているのはホークアイではなかった。

 今、彼はブラボーⅡの後方を守ってる。ミラはホークアイを頼りにしていた。

 ホークアイはあのドルフィンが認めた男だ。遥か見渡す「鷹の目」なんて大層な名前を呼ばれていることからも、この船団に欠かせない存在であることはわかるというものだ。ホークアイならば、この宙域でも何かしらの助言をくれるだろう。


 政府幹部はいい加減この宙域から離れることを検討しているようだ。敵はウヨウヨしているし、見通しも悪い。検討だの会議だのしている暇があるのなら、さっさと亜高速航行して離脱してくれまいか。

 この自局で移民船団同士が固まるのはおおっぴらに良しとは思わないが、組むならブラボーⅠしかない。今こそブラボー姉妹船が結託してはどうだとミラはそう確信していた。


 あのサミーを作り出した船団だ。それから最新鋭の戦闘機や機器、兵器を作り出して母星、地球をも凌ぐ東方重工の技術力。


 サミーがこのブラボーⅡ船団にいるのは、彼を教育できる人材を買われてのことらしい。確かに、ブラボーⅡの飛行団は優秀だ。パイロットだけではなく、今や、サミーには専属整備士としてキャシーがいる。ミラが見る限り、サミーはキャシーにべったり懐いている。


 まあ、さもありなん。キャシーは人間よりよっぽど戦闘機が大好きだ。

 あんなふうにコミュニケーションが取れて、どこか診てやれば礼儀正しく礼を言う。そして事あるごとに無理をしていないかとキャシーの体調を心配し、飛行から帰ってくれば犬のようにキャシーのもとに飛んできてただいまと言う。


 キャシーは以前言っていた。長く使ってやっている機体ほどかわいいものはない。向こうは決して浮気しないし、メンテナンスすればそれに応えくれる。ただし、人間の男、あれはだめだ! 尽くしてもなんのいいこともない。


 キャシーは思う存分尽くせる機体と出会ってしまったのだ。羨ましい限りである。

 あれほど人っぽいAIを産む技術と最新兵器の数々。ブラボーⅠとⅡが組めばこの状況も打破できるのかと思わずにはいられなかった。


 十年前、ドルフィンがテロに巻き込まれたあの時、ブラボー姉妹船団は共同航行をしていた。そして、今ふたたびブラボーⅠと組むならば、ドルフィンが育ったという日本人街を覗いてみたいな、と密かに思うミラであった。

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