第三章
1. 官舎 ミラの部屋
「左翼に少々違和感があります」
機外スピーカーから響く声。キャサリン・コリンズは少々混乱していた。いつも自分が整備をしていた戦闘機がいきなりしゃべり始めたからだ。
攻撃があったことも、この6号機と一緒にドルフィンやミラが戦闘したということも聞いている。この戦闘機、通称アマツカゼが正体不明機を撃墜したことも聞いた。これは試験型の遠隔操作の無人機、その6番目の機体であったはず。それが、実は対人インターフェイス式AI搭載型の無人機であったなんて。
「まず外装チェックから始める。悪いな、手順なんだ」
機体に記載されるパイロットのタックネームはない。あるのは、エンジン付近にペイントされた専任整備士であるK.Collinsの名前のみ。
あ、いつものルーティーンを忘れていた。自我っぽいものがあるようだし、なんだか気恥ずかしさもある。しかし、彼女は機首の方に周り、愛機のノーズを撫でた。
「おかえり、頑張ったね」
飛行から帰還したら、必ずこう話しかけていた。朝一番には「おはよう」と声をかけていたし、送り出す際は「気をつけて」とノーズを撫でていた。
今までは反応はもちろんなかった。
しかし、今日からは違う。
「ただいま帰りました。早くあなたに診てもらいたかった」
合成の声ではあるが、心地よいテノールでそう囁かれて、キャシーは思わず赤面した。人じゃない、AIだ。コンピューターだ。
いくら大好きな戦闘機の姿をしているからといって、生きているわけではない。過剰に反応をするな、キャサリン・コリンズ。
キャシーはわざとらしく咳払いをして、外装チェックを始めたのであった。
***
「サミーのこと、びっくりしたでしょ」
「ああ、驚いた……早く私に診てもらいたかったとか言いやがって! ちくしょう!」
キャシーが合成エールを呷りながら毒づいた。
「ときめくわよね~。私もアバター見てびっくりしたわ。格好よすぎて意味がわからなかったもの!」
「一生の不覚! 私はアバター見てないけど、見たくない。やばそうでしかない!」
そう言い放ったキャシーは空になった合成エールの缶をぐしゃりと握りつぶした。
官舎のミラの部屋。ミラは定位置に腰をかけ、キャシーはミラの左側に陣取って行儀悪くテーブルに頬杖をついている。先日ドルフィンのドローンが鎮座していたソファの上にはエリカのドローンがあった。
「エリカ、仮想現実の方でサミーに会ってるの?」
ミラが問いかける。
「ええ。フロー……ホークアイに紹介されたの。言ってなかったけど、ホークアイは親戚、いとこなの」
これには今度はミラがびっくりする番である。
「ホークアイ、エリカと親戚だったんだ!」
「彼の本名はフローリアン・ミュラーよ。あんまり公にはしていないんだけどね。うちの家系に障がい者が多いって思われるのは嫌な親戚もいるから」
「でも二人してサイボーグシップってことは相当優秀な家系だ、とも言えるだろ。サイボーグシップになれるのは、サイボーグでも本当に優秀な一握りだ。そんなこと言う奴は何もわかってない。身体がぶっ壊れても最後は頭が生きてりゃどうにかなる。ドルフィンなんかそのいい例だろ」
キャシーが不敵な笑みを浮かべた。エリカとホークアイを優秀だと言ったキャシーであるが、彼女とてミラと変わらぬ年齢でアマツカゼの専任整備士として任されている。そのレベルの整備士となれば前時代、つまり地球に異邦人が到来する前の大学教授並みの知識が必須である。
しかも、先日発覚したことだが、ブラボー姉妹船団での共同プロジェクトであるサミーを任されているのだ。キャシーも相当優秀なのである。
「そう言ってもらえると嬉しいわね」
「ドルフィンは確かにすごい。一緒に戦って感じた。何より、感が鋭い。念のためにサミーを呼んでいたのもそう。……恩人だ。ドルフィンがいなきゃ、今頃私はここにいない。ドルフィンがいてよかった」
ミラは合成エールを呷った。
「ミラ、ご機嫌ね。一昨日ドルフィンがこの部屋にお泊まりして昨日も一日一緒にいたんでしょ?」
エリカの言葉に、ミラは見事にむせた。キャシーは目を輝かせながらミラの背を撫でた。
「何? 一晩一緒にいたわけ? え? 聞いてないぞ!」
「言ってないから……」
「水臭いわね~」
エリカが茶化す。
「別に何かあったわけじゃないし、私は酔い潰れて早々に寝た」
「もうほぼ付き合ってるじゃん!」
キャシーはミラに詰め寄った。
「付き合ってないから!」
「だって一昨日の昼間一緒にいたんでしょ? 散歩して戦闘して。で、夜ここに来たの?」
「……うん」
「で、いつまで一緒にいたの?」
ミラは困ったように目を伏せた。
「昨日の昼過ぎまで」
「「もうそれ付き合ってるでしょ!!」」
エリカとキャシーの声が見事に重なった。
「だからそんなんじゃないってば。ドルフィンだって好みがあるだろうにそんなこと言ったら失礼だろ」
ミラはポテトチップに手を伸ばした。それをバリバリ咀嚼しながら二人を睨めつける。
「ミラ、かわいんだからそんなこと言うなよなぁ」
「かわいいのはキャシーだ。こんなでかい鳥女に需要なんてない」
「ドルフィンは身長5.2mあるわよ。ちなみに私は11.5m」
「それはケーニッヒとパーシアスの全高……」
ミラは冷静につっこみを入れた。まあ確かに、彼の身体は今やケーニッヒ。エリカの身体は小型輸送機のJ-55パーシアス。
「だから私の方がよっぽどでかいわよ」
「いやまあ、それは確かにそうなんだけど……」
「ドルフィンは見た目がどうとか言ってくる奴じゃないだろ、あいつとは違う。付き合っちゃえよ」
キャシーの言葉に、ミラは人生で一度だけいたボーイフレンドのことを思い出した。いつもあの男がことあるごとに脳裏をよぎる。多分一生忘れない。
「実はドルフィンに足見せた。思ったよりも普通の反応だった」
ミラはかつてのボーイフレンドに拒絶されていた足をドルフィンに見せたことをあっけらかんと話してみせた。
その言葉に動揺したのはキャシーとエリカだった。明らかに驚いている二人を見てミラはくすりと笑った。
「多分、私、ドルフィンのこと好きなんだと思う。だから無意識に先に見せようと思ったんだと思う。試すみたいなことをしたんだ、最低だよ」
「そんなことないだろ。そもそも、ミラの足くらいでごちゃごちゃ言う奴がおかしいんだよ。だって別にそんな変な足でもなくないか? 見慣れりゃ普通だって」
そのキャシーの発言は、偽善で言っているようには思えなかった。
「ミラの足をどうこう言ってたら私の本体なんかも手足が棒みたいな感じでもう見ちゃいられない状態だし、ホークアイもなかなかよ。もちろん見たことなんかないけど、ドルフィンが一番とんでもない見た目だと思うわ」
「エリカもそう言うけどさ、サイボーグの本当の見た目ってそんなに大事か? だってこうやって普通にコミュニケーションとれて、みんなちゃんと社会生活を送ってるんだ。……私は健常者だから、全く理解できてないのかもしれないけど、さ」
「キャシーは私たち寄りの考えね。一般的なサイボーグシップは、身体をカプセルの中に入れてしまって、人の目に触れることはほとんどない。だから、身体は船体そのものって認識しているサイボーグシップが多いわ。でもきっと、ミラは違う。生身の身体が他の人の目にも触れるから。ドルフィンもそう、生まれ持った自分の身体に執着があるのね、成人すぎてもその身体でいたわけだから」
ミラは、ドルフィンが本当の姿を見せたという唯一の女性について考えていた。きっと、ガールフレンドだったのだろう。
「うん。きっとそう。あと、ドルフィンもなんか色々あったみたい。私と同じようなことが。推測でしかないけど、あの口ぶりだと好きだった人に拒絶されたんだ……きっと」
「よくあるわね、ノン・サイボーグの人間は私たちの本当の姿を知りたがる。無理矢理こじ開けようとする事件なんてたまに聞くわよね」
「出したら死んじゃうだろ。本当にその手の事件、私には理解できない」
彼の本体がどうだろうと構わない。ただ、今も会いたかった。彼は何をしているんだろう。
「見た目とかもうどうでもいいから、会ってしゃべりたい。でもこれ以上会ったら……どうしよ、もう無理」
「重症だな、ミラ……ぞっこんじゃん」
キャシーは呆れたようにミラを見た。
「じゃあドルフィンに電話してみようかしら」
「ちょっと待ってちょっと待って! エリカ!!」
ミラがそう言い始めた時、すでにコール音がエリカのドローンのスピーカーから流れ始めていた。ミラはため息を吐いて顔を覆った。そう、エリカはいつもこうなのである。
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