8. 官舎 ミラの部屋 仮想現実空間とのテレビ電話
ミラは混乱した。
流石に疲れているので普段より酒は回っていて、でも思わずビデオ通話したいとねだってしまった。確かに誰かと話したかったし、ああ、ドルフィンだ、と飛びついてしまったことは事実である。
目の前のモニターには、とんでもびっくりなイケメンの顔が三人分、画面を分割して並んでいた。
中央にいるのは招待主の黒髪の男。アジア系だが、意志の強そうな眉と彫りが深めで端正な顔立ち。目元がクールだ。よく見ると、左の目尻に泣きぼくろがあってセクシーでもある。すぐ下にドルフィンと書いてある。
そうだ、こんな顔だったっけ、とミラは手元のグラスを取り落としそうになった。
もう、ミラの頭の中ではドルフィンといえばドローンが思い浮かぶ。もしくはケーニッヒの機体である。
「俺がドルフィンだ。このアバターで話をするのは初めてだな。……ラプター、大丈夫か?」
ドルフィンが手を振った。
「あ、ああ、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
顔が一気に火照った。本当に格好いい。残りの二人もとんでもないが。金髪の男の下にはホークアイと名前が出ているし、もう一人の銀髪の男の下にはサミーとある。サミーだと? ミラは唖然とした。
まず、金髪碧眼の美男が微笑んだ。
「申し遅れた。この姿を見るのは初めてだろう? 私がホークアイだ。今日は非番でデート中の君たちを戦闘に向かわせてしまって申し訳なかった。よもやあのようなことになろうとは……」
「誰がデート中だ」
「照れるなよ、今日の撃墜王が」
「だからデートじゃないって言っている!」
明らかにからかう気満々のホークアイにムキになっているドルフィンを目で追う。そこまで否定してくれなくてもいいのではと若干思ったミラである。そうか、自分と一緒にいるところをデートと言われたらそんなに嫌か。
「撃墜王ってタイトルは否定しないんですね」
もう一人の男が言った。ビロードのように滑らかな赤銅の肌をした黒人の男である。髪は銀色、目は赤い。ファンタジーゲームに出てきそうな容姿である。彼も気分が悪くなりそうなほどの美形である。サミーか。人工知能がまたとんでもないアバターを作ったものである。
「俺が一番落としたのは事実だ……ん? ラプター、どうした?」
ムッとした表情で押し黙っているミラに気づいたドルフィンが目をしばたたかせる。
「そんなに必死に否定するなんて、ちょっとショックだな」
普段の彼女なら、押し黙って「なんでもない」と言っているところだが、図らずもスラスラと口から滑り出た。極限に疲れ切っている上に酒が入って大胆になっているのだが、ミラ自身はそれに気づけていない。
「え、いや、あの、ごめん! そういうつもりじゃなかったんだ……ホークアイ、俺をからかって楽しむなんて性格が悪いぞ!」
「私のせいか? 君がここまで女心をわからないとは心底見損なったよ」
「……ドルフィンは、ラプターを気遣って否定したのでは? 先程、ラプターを大切な人だと言っていましたし」
サミーが不思議そうにミラの方を向いた。ミラは「大切な人」という単語に言葉を失った。
「お前も! 余計なことを! 言うな!」
そこでドルフィンはフレームアウトし、隣にいたサミーの首根っこを掴んでどこかに消えていった。
「教育の時間だな……わかってやってくれたまえ、ドルフィンはシャイで途中からサイボーグになったからか少し卑屈で、だがそこがかわいい男だ。道のりは長いぞ」
「道のり……」
ミラは視線を泳がせた。
「ドルフィンが君を気にいるのが少しわかったな。あれだけ優秀で勇猛果敢なパイロットなのに、こうもかわいらしいお嬢さんだとは」
「からかわないでくれ……」
ミラは楽しそうに微笑んでいるホークアイから視線を逸らした。頬が熱い。
「まあ、何はともあれ元気そうで安心した。実はだな、君が不当な目に遭っているとサミーが教えてくれたんだ。彼自身も散々悩んだみたいだが、君の上官の部屋の監視カメラを便宜上ハッキング……とは一応言ったが、私の推測ではサミーはその辺のアクセス許可があるようでな」
「え!」
ミラは言葉を失った。あれを見られていたのか。
サミーがこの艦の様々なアクセス許可を得ていてもたしかに不思議は無い。この辺は機密だろうから、あまり突っ込んで聞くのはよそう、とミラは考えた。
「ドルフィンは君が相当心配だったのか落ち着きがまるでなくてな。それでいきなり電話をしたんだ。元気そうでよかった。だが、それは別としてあれは明らかにハラスメントだろう。上に告発もできるぞ。サミーは彼自身の判断で、善意で私たちに教えてくれた。音声もあると聞いている」
「……こんないつ大規模な戦時に突入するのかどうかわからない状況で、佐官や将官を巻き込む余計な揉め事を起こすのは本意じゃない。仕方ない、私は人より優秀な肉体も強化された頭脳も持っているのにあれだけの働きしかできなかった、それは事実だ」
「……不本意だが、君がそう決めたのならこれ以上は言わない。だが、君は優秀だ。それだけは覚えておくといい」
「ありがとう、ホークアイ」
「話くらいならいくらでも聞こう。何せ、同じ猛禽仲間だからな」
ホークアイはそう言って微笑んでみせた。アバターだとわかっているのだが、そこら辺の俳優よりも美しいその笑みにどうしていいかわからなくなった。
その時に画面にずかずかと図体の大きな男二人が戻ってきた。ホークアイが二人に顔を向けた。
「教育的指導は終わったか?」
「私は納得できていませんが、言いたいことはおおむね理解できました。ホモ・サピエンスの感情は大変わかりにくいですね」
「だから学名で呼ぶなと言っているだろう!」
面白い。サミーとドルフィンはいいコンビだなと思う。
「例の話はしておいたぞ。しばらく様子を見るとラプターは言ってる」
「え、あれどう考えてもハラスメントだろう!」
ドルフィンはホークアイと同じことを言い出した。
「なぜですか? あなたは不当な目に遭っているんですよ!」
どうも、サミーも同意見らしい。参ったなあとミラはグラスのワインを飲み干した。
「今ごちゃごちゃ上を騒がせたくない。なんかあんなのが飛んできたし……今夜眠れるかな。今になって色々考えて頭ぐっちゃぐちゃになって気持ち悪くなってきた……」
「映像も音声も残ってる。ゆっくり考えるといい。わかるよ、俺も正直今になってあんなわけわからん奴らに思いっきり突っかかって行って今よく生きてるなとゾッとしてる」
ああ、やはりドルフィンはあの時、ハイになってやたら好戦的になっていたのだ。あの四機の編隊を急拵えの自分たちの隊でやれるわけがない。今にしてなら冷静に考えられる。
大統領から攻撃命令が出たが、それを伝えるのはホークアイも本当は辛かっただろう。だから彼は自分が悪いわけではないのにこれほど申し訳なさそうにしているのだ。
ミラはグラスにワインを注いだ。
「私も同意見だ。我々は同胞のサイボーグを失った。謎のビーム砲一発でシステムの核である生身の本体を撃ち抜いて衛星は機能停止に追い込まれた。彼らは……何が核なのかをわかっている。もしかしたら、確かめるために攻撃したのかもしれんな」
「仮定の話ではありますが、可能性はゼロではありません。そこまで解析しているとすれば恐れ入りますね。我々の技術をはるかに凌ぎます」
サミーは気怠げに頬杖をついた。動作がホークアイよりもよほど人間らしくて目を離せない。それと同時に哀れに思った。彼はこれからきっと、馬車馬の如く働かせられて情報収集と敵の対策に明け暮れる。彼の真意はわからないが、人っぽく見えてしまうとどうしても心を動かされる。
「サミー、これからいっぱい働かされると思う。人と違って睡眠や休息時間もいらないだろうから。ごめんね」
「なぜあなたが謝るのです?」
「きっと軍の上層部は君のことを便利なツールとしか思ってない。でも一度同じ飛行隊で飛んだ仲間にしか私には思えない……酷使される未来が見える。代わりに謝りたい」
笑い飛ばすだろうか。彼は感情があるように見えて全てプログラムで動いているはずだ。それがAI、つまり人工知能である。サミーの両目が綺麗な弧を描いた。
「ドルフィンがラプターに興味を示す理由がわかりました。彼女はとても優秀ですね。そしてお人好しだ……いいですか、ラプター。私には生存本能がありますが、飛べば飛ぶほど死ぬ確率が高まります。正直、直接敵とやりあうのはできれば避けたいですが、私はわがままを言える立場ではありません。軍の所有物です。私は人ではなく軍用に開発されたAIです、もともと道具でしかありません。なので、そのような心配は無用です。ですが、道具ではなく仲間と言っていただけるのであれば、あなたの期待を裏切らないように努めましょう」
サミーはにっこりと笑みを浮かべた。画面越しであってもその美貌に動揺する。ミラは言葉が出てこなくて人形のように頷くほかなかった。
「話の途中で申し訳ありませんがこの辺で失礼します。キャサリン・コリンズから機体の動作確認するようにと連絡が来ておりまして。よろしければまた皆で話をしましょう。とても楽しかったです」
「うんわかった。またね、サミー」
ミラは小さく手を振った。
「ああ、またな。キャシーによろしく言っておいてくれ。あの子も大変だな、こんな夜中に」
「君と話せてなかなか興味深かった。また会おう」
ドルフィンとホークアイと握手を交わして、ミラににっこり微笑みかけて手を振って、彼は画面上から一瞬で消えた。
「とんでもない人たらしAI……さすが、ドクター・アイカワ。人類が生み出したAIできっと最高傑作」
ミラはため息をつくしかない。
「制限がどこまでかかっているのか知らないが、運用を間違えたら人類がどうにかなるんじゃないか?」
ホークアイの目はドルフィンを射抜いていた。
「流石に人を殺しちゃならんとか、基本的なAIの原則は踏まえている……はずだ。だが、ネットワーク上のありとあらゆるものにアクセスできる。教科書として学んでいいものなのか区別ができるといいんだが」
「それができるようにプログラムされていることを祈るしかないな。そうでなければ彼はヒトラーからもムーミン・トロールからも学ぶぞ。そして、それらの違いを理解できない。人類の発展の足かせになるとかなんだとか理由をでっち上げて、重度の心身障がい者をバンバン殺されたらたまったもんじゃない。我々とて一歩間違えば一生施設で世話になる身だったはずだ。私は遺伝子そのものに異常があってサイボーグになった。この頭を人類のために役立てることは可能だが、遺伝することを考えれば子孫は残せない。あいつがおかしな思想に染まって『生産性がない』と判断したら処分されかねん」
「それは俺も同じだ。テロ事件に遭った後、とてつもない医療費がかかった。だが、政府が予算を割り当ててくれた。一般的に考えたら切り捨てた方が安上がりなはずだったが、皆が必死に俺を生かした。だからここにいる……そんな俺に、ポンコツシステムを預けるような上層部じゃあないだろう。大体、ドクター・アイカワはAIの危険性を誰よりもわかっているはずだ」
ミラは、彼らが言っていることが誰よりも想像できた。創造主の思いどおりの身体にならなかったきょうだいたちは、みんな処分されたからだ。自分が生き残ったのは、単純明快、できがよかったからでしかない。
一瞬の静寂。
「悪い、こんな時間だが、上官から緊急招集がかかった……私もこの辺で失礼させてもらう。また今度、彼がおかしな方向に突っ走らないように協力させてもらおう」
「ああ、またな。恩に着る」
「じゃあね、ホークアイ」
ホークアイが画面から消えた。
「なんだか重い話になってしまった……ごめんな。俺もまさかサミーにあれほど感情っぽいものがあるとは思わなかった」
「ううん、大丈夫。ところで時間大丈夫? 私はなんだか落ち着かなくて誰かと話してたい気分なんだけど、明日仕事は?」
「明日はゆっくり休めとさ。俺……画面越しに話するのあんまり好きじゃないんだ。あの、よかったらなんだが……君の官舎の近くまでドローン飛ばしてるんだ。お邪魔してもいい? 嫌ならこのまま帰るから無理にとは言わない」
少し困ったような顔で、遠慮がちにそう聞かれてミラは立ち上がった。え、どこまで来てるんだ? どこの官舎に住んでいるかは教えていたが、部屋の番号までは教えていない。
「どこにいるの?」
「第十六官舎に住んでるって言ってたよな? もう建物の前にいる」
「ベランダからの方がいいよね! 三階の角部屋! 今開ける」
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