7. 官舎 ミラの部屋 

 ミラは貰い物のワイングラスに赤ワインを注いだ。よくわからないのでショップの店員に聞いて買ったワインだ。


 合成牛のローストビーフを食べようと思っている、と言ったらこれはどうだ、と言われてそのまま買った。ピノ・ノワールとかいう品種のぶどうだと聞いた。

 香りを嗅いで、口に含む。確かに重すぎずスッキリとしている。ベリーのようなみずみずしい香りでごくごく飲めてしまう。疲れている時にあまりパンチのある重いアルコールは飲みたくないので、これはちょうどいい。


「こういう赤ワインもあるのか……」


 ローストビーフを口に運ぶ。確かに合う。美味しい。

 前菜のセットに、ラグーソースたっぷりのパスタも買ってきた。ラグーソースは本物の牛肉とソイミートが半々のもの。ちょっと奮発したのだ。

 これは良さそうだ。さっきまで鬱々としていたが、これで気分を紛らわせることができそうである。


 レンジアップしたショートパスタを口に運ぶ。ラグーソースは、ジューシーな肉と油の風味に野菜のおいしさが溶け込んでいる。間違いない。

 グラスを傾ける。うん、最高だ。


 そういえばドルフィンはどうしているのだろうと物思いに耽る。普段は落ち着いていて優しくて、育ちが良さそうなあの男も流石に戦闘中は若干口調が荒めだった。だがそれも悪くなかった。

 口調が荒めと言ってもミラに対して荒くなるわけではなかった。彼と組んでいるウィングマンは幸せだろうなと思う。


 戦闘中は妙に気分が高揚したし、なんだろう、病みつきになったと言ったらおかしいが、未だに少々気が昂っている。うーん、これがアドレナリンなんだろうなぁ、とミラはグラスをそれっぽく回してみたりした。ワインはよく飲むが、実はよくわからなかったりする。


 自分が好戦的なのは遺伝子的に仕方ない。反省すべき点は多かったとは思っているが、初めての実戦にしてはまあよくやった方だとは思う。そう楽観的に思えてしまうのは、一緒に組んで戦った友軍に死者負傷者ゼロだったからだろう。


 ワインはボトル半分が消え去った。でもまだローストビーフは残っている。実は謎のテンションでチーズやらクラッカーも買ってきたし、サラミもあるし、問題ない。どうせ明日は非番なのだから飲もう。

 その時だ、支給の端末がけたたましく鳴った。


「……ん? ドルフィン?」


 慌ててミラは電話に出た。


 ***


「とりあえず電話する」


 サミーがハッキングした映像を見たのち、零はそう言ってテーブルの上にあった端末を手に取った。音声も何もかも全て記録されていて、正直見るに耐えないシロモノであった。


「だが、覗き見た、などとは言えんだろう。どうするつもりだ?」

「正直に言う。告発もできる材料だろう。しかもこれはこの艦のありとあらゆる情報にアクセスできるサミーが善意で教えてくれたものだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 ホークアイは落ち着きのない零を見やった。

 かわいくて仕方がない灰色の子スズメちゃんが、一羽震えながら鳴いているかもしれない。そこまで明白に思ってこそいなかったが、零の深層心理はまさしくそれであった。

 あるいは、風切り羽根を切られて檻に閉じ込められたオウギワシ。居ても立っても居られない。


「ラプター、いきなり電話してすまない。今大丈夫か?」


 少々我を失っている零に対し、やれやれ、とホークアイは肩をすくめて見せた。


「ん、大丈夫。ドルフィンはからだの方は大丈夫?」


 からだ、というのが機体のことなのか生命維持装置で管理している脳やら心臓やらのことを言っているのか零はわかりかねて、ああ、と曖昧に返事した。


「今仮想現実空間でサミーとホークアイと会っていた。君は元気にしているかという話になったんだ」

「ってことは、映像繋がるの?」

「ああ。ホークアイ、サミー、ラプターがビデオ通話したいらしい」

「私は構わんぞ」

「どうぞ、繋いでください」


 この時点で、スピーカーをオンにしていたのでラプターにもホークアイとサミーの声が聞こえたらしい。


「あ、あの、今思いっきり夕飯中なんだけど! 三人とも大丈夫?」


 食事中であることを気にするようなドルフィンではない。構わん、問題ないとホークアイもサミーも気にする様子はない。そもそもこの二人が、食事という手間のかかるエネルギー補給にどうこう言うわけもない。


 あの戦闘と説教地獄の後に普通に食事しているだなんて意外と図太いな、と零は感心した。とりあえずピイピイ泣いているわけではないようで、胸を撫で下ろす。


「では、君さえよければ繋ぐが……いいか?」


 零が言う前に、目の前に現れた立体モニターがラプターを映した。零は一足遅れてこちらの様子を映す。

 ラプターはグレーのパーカーをラフに羽織っていた。手にはワイングラス。よく見る無難な形状のキャンティグラス。注がれていたのは赤ワイン。

 肝心の彼女は、オレンジ色に近い黄金の双眸をぱっちりと見開いて、びっくりしたようにこちらを見つめていた。

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