6. 仮想現実空間 会議室
「AIの教育は大変だな」
ホークアイは頬杖をついた。こちらを見る顔は、心底同情すると言ったような表情である。
「あんたも協力してくれたら嬉しいな……意外とまともっぽいし。あとはカナリアを巻き込むか」
「意外とまとも……まあ、初見が滑ったことは私も分かったが。君は上流階級らしさがないな。悪い意味ではない、いい意味で言っている。もっと嫌味な男かと思ったんだ。母星だったら王族でも君に表敬するだろう。それなのに全く奢った部分がないからな。ああ言えば、喜ぶと思った。君は肉体を失ってなお上流階級であることは変わりないと。いや、これで優秀な機械の肉体を得て、誰よりも上だ。気を落とすなと」
零は顔を顰めた。まあ、そんなところではないだろうかと見当はついていた。
「俺はそういうのがあんまり好きじゃない。確かに俺の家族は皆すごいが俺自身は別に……人よりは多少腕があるだけのパイロットだ」
「そんなことはあるまいよ。何はともあれ私自身は完全に読み違えたがな」
「いっそ見事なほどにな。まあ、あんたは俺の正体を知っているにもかかわらず、怖気づかずに近寄ってきた。その上媚びを売ってくるわけでもない。今もそうだ。だから嫌いじゃない」
率直にそう告げると、ホークアイは、ふーん、と興味のなさそうな素振りを見せた。
「私は君の腰巾着になろうと思ったことはないからなぁ。君もその気はないようだし」
「ノン・サイボーグとサイボーグの違いかもしれないな。一般人はそうはいかない。だから俺は出自をブラボーⅡでは公にしていないし、ファミリーネームも変えた」
公表はしていないが、政府の上の人間は今なお彼を「朝倉零」として扱ってきた。与えられた自室が大きいのもそのせいだ。家族がいつでも泊まりに来られるように。実際に来たことはなかったが。
「なるほどな。確かに、サイボーグは実家に影響がないようにファミリーネームを変えることができる。いい制度を使ったものだ」
「ああ。自分自身が戸惑わないようにイニシャルは同じだが少しだけ変えた。それだけで多少は変わったかな。これで実家に迷惑をかけずに済んでいるし、気づいていない者はまるっきり気づいていないし過ごしやすいな」
「今日のデートのお相手も気づいていないんだろうな」
零は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「君が散歩に誰かを連れているなんて初めて見たから驚いてしまった」
「……肩を並べて誰かと散歩したのは確かに初めてだが、コックピットに誰か乗せていないとも限らんだろ」
サイボーグシップにとってコックピットは一見必要はないが標準装備となっている。中身がいなくてもコックピットから操縦できるのだ。メンテの時などにその方が便利なのだが、その気になれば散歩中コックピットに誰かを乗せることもできる。
「ところで、そのラプターは大丈夫か? 正直彼女のことも気になってな、君に連絡をした次第だ」
彼女とどんな関係だなどと追及されずに済んで、零は内心胸を撫で下ろした。平静を装って言葉を返す。
「ああ。目に見える問題はなさそうだった。降りた後は各々上官が違うからそこで別れたが。そもそも知っての通り飛行隊も別だ」
コックピットから降りたラプターが変わらず元気そうな様子は目にした。戦闘中のアドレナリンで多少ハイになっているようではあったが。それは自分も変わらずで、一戦目のあとはさっさと寝たいなどと思っていたが、今は目が冴えてしまっていた。
あの戦闘ののち、ラプターがどうしているかは零にもわかりかねた。
そこで、ふとサミーが顔を上げる。
「その件ですが、ラプターの上官の部屋の監視カメラを覗いたところ、彼女、ずっと叱責されていましたよ。あのような上官は彼女のためになりません。血圧も脈拍も急上昇。心身に負荷がかかっていました」
先ほど考えていたことはこれか。零もよく色々なネットワークに接続してありとあらゆる情報を覗き見るが、流石に佐官の部屋の映像を盗み見るなんてことはしない。とんでもないAIである。
だがしかし、多少考え込む程度には覗き見がよろしくないことだと理解していることに感心せざるをえない。そうして考えに考えて、きっと口にするべきだと彼の中で結論が出たのだろう。なかなか人間らしい倫理観を持っている。
しかし、彼の最大の関心ごとはそんなことではなかった。ラプターが不当な目に遭っている。
意外にもホークアイも片眉を跳ね上げて不快感を露わにした。
「なんだって? 彼女はあれだけの働きをした。普段組んでいるわけでもないドルフィンを隊長としバックアップ、データをあれだけ盗んで無事帰投した。機体に損傷もなかったはずだろう? 私が言うのもおかしな話だが、普通、あのような未知の敵と邂逅したら逃げ出すのだって正直アリだ。それとも、戦略的撤退しなかったからか? いや、いずれにせよ隊長はドルフィンなのだから、ラプターに撤退の選択肢はない。何が問題だと言うんだ」
先程の話を聞いてなお、ホークアイがノン・サイボーグであるラプターをこれだけ誉めたことはあまりにも意外に映った。
「なかなか褒めるな?」
「当たり前だろう。彼女は才能がある。私は才がある者はサイボーグ、ノン・サイボーグ関係なく評価したい。君をバックアップできる人間なんて限られていることくらい誰よりもわかるぞ」
零はかたわらの金髪碧眼の男をまじまじと眺めた。こいつ、もしかしてラプターに興味があるわけじゃあないよな?
ホークアイはノン・サイボーグの管制官五人分の仕事を一人でこなせると有名だ。それだけ優秀なのだから、同じく才能のあるラプターを気に入っても何一つ不思議なところはない。
「あの、……映像見ますか?」
サミーが確認してきた。
「今すぐ見せろ」
零は無意識のうちにサミーに凄んでいた。
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