5. 仮想現実空間 ホークアイとサミー
「……お前、誰だ?」
少々込み入った話をするために軍の関係者が使う会議室。そこに、金髪碧眼のホークアイと、人間では普通はなしえない銀色の髪に赤い瞳、優しげな顔立ちの知らない男がいた。肌は、赤銅色。細身なホークアイに比べると、その男はガタイもいいし零と身長もあまり変わらない。年齢は三十前くらいだろうか。
この空間において見た目というものはあまり意味をなさないが、アジア人である自分から見ると嫉妬しそうになるくらいのいい男である。
「君たち、さっきまで一緒に飛んでいたじゃないか」
ホークアイが怪訝な顔をして言った。
さっきまで一緒に? 零はたっぷり3秒ほど考えた。
「ラプターと一緒に飛んだではないですか、ドルフィン」
零は目を見開いた。さっきまでラプターと一緒に飛んでいたのはサミー、あとはクリムゾン。
「え、サミーか!?」
「はい、やっと気づいてくださいましたか」
サミーが心底嬉しそうに笑みを浮かべた。音声データをダウンロードし、このアバターも作ったというのか、このスピードで。まあ、できなくはないかと零は妙に納得した。彼の脳みその創造主である祖母のことはよく知っている。彼女なら何か仕掛けていても不思議ではない。
サミーに腰掛けるよう促された零は、椅子を引いて腰を下ろした。
「ホークアイ、サミーを知っているのか?」
零はホークアイを見てゆったりと足を組んだ。
「つい先程聞いた。こんなご時世で、AWACS《エーワックス》である私が知らされていなかったら今後に差し支えるだろう。君が6号機を発艦しろと言った時はよくわからずに上に繋げたが……。6号機の指揮系統は君に付随しているのは知っていたが蓋を開ければこうとはかなり驚かされた」
「私のことは対無人機用の情報収集機として統合軍内で公開されました。欲を言うならばもう少し学習したかったのですが、敵が現れては覚醒を早めるしかありません」
今までの彼は受け答えもできず、ただ己の命令を実行するだけの操り人形のような存在であった。だが、今や、自我のようなものが見えた。
「この状況になったらやむを得んな」
ドルフィンは納得したように言った。
これで無理に黙っている必要もないのだな。ラプターへの口止めも解かなくては。いや、流石に上官から聞いているか。ところで、と零はホークアイに目をやった。
「先程のバックアップ、礼を言う」
「いや、私は謝りに来たんだ。礼は言ってくれるな。あの時はすまなかった。非番である君とラプターを死地に向かわせてしまった。無事でよかった。申し訳ない。あのようなことになるとは思いもしなかった」
「いや、あの時……偵察を頼んでくれなければ、俺はクリムゾンを失っていたかもしれない。それに、君は軍人としてなすべきことをしたまでだろう。謝ることはない。俺も軍人だからな」
最初の印象はよろしくなかったが、悪い男ではないのかもしれない。総じてプライドが高いフル・サイボーグの人間がこうも謝ることができるとはなかなかに感心した。それに、状況判断も的確だ。零はテーブルの上のアイスコーヒーを一口含んだ。
「それにしても、素晴らしいAIだな」
「ああ、よく援護してくれた。一機撃墜したしな。ラプターも失わずに済んだ」
「お役に立てて何よりです」
彼は胸元に手を当てて軽く頭を下げた。こいつは本当に軍のAIなのか。動作が洗練されている。それなりの上流階級で育った零にとって、それは不快なものではもちろんなく。
ドルフィンとサミーが談笑していると、焦れたホークアイが声を上げた。
「ところで、一体何がどうなっているんだ。明らかにあれは……かつて母星を襲った『異邦人』だろう。始まるのか?」
始まるとは何か。戦争だ。
「ああ。そうとしか思えない」
「サイボーグがまさか殉職するとは……我々は最前線にいるのだと、改めて思い知ったよ」
あの攻撃で、観測衛星システムをコントロールしていたサイボーグが一人死んだ。サイボーグがシステムのコントロールや防衛の最前線等重要任務を任されている意味はただ一つだった。優秀だからである。裏返せば、ある一定程度の知能テストをクリアできなければ、機械の身体が与えられることもない。然るべき施設等で、一生ベッドの上で過ごすしかないのだ。
理由は一つ。サイボーグ化の資金は政府が一時負担し、その代わり将来公的機関に勤め借金の返還を迫られる。それに見合う働きができる見込みのある頭脳が優秀な者ではなくては、機械の身体は与えられないのである。
「俺たちは、生まれ持った身体はどうしようもなくて一人では身動きできない。下手すりゃ呼吸だってままならない。死ぬしかない。だが、機械の身体を得る機会をもらった。その理由はたった一つだ。人よりも頭脳面で優れている。これに尽きる。今働かずいつ働く?」
「自らの生存を脅かされても、ですか?」
ずっと黙ったままのサミーが口を開いた。
「私は、自らの生存を義務づけられています」
「俺とて不本意に殺されるのは嫌だ。だがな、家族や友人、大切な人のためになら危険にも飛び込める。俺はファイターパイロットだからな。俺が守らず誰が守れる?」
この生まれたてのAIにどう道徳教育をするか、それが零に与えられた仕事でもあった。
正直言って頭が痛い。だが、祖母から「零ちゃん、頼んだよ」と言われてしまったので放り出すわけにもいかない。何より、放り出したらこの戦闘機はあちこちブンブン飛び回って何かしでかすかもしれない。それくらい機能制限のかけられていない稀有なAIだ。祖母が何をもってこんな危険なものを作り出したのかわからない。
AIの暴走なんて話題ははるか昔のSF小説や映画やら、誰でも知っているありがちなネタではあるが、現実になりうるからこそ政府は運用に慎重だったはず。プロジェクトSUMMITはブラボー姉妹船団の威信をかけた計画だ。再び異星船と人類が出会った時の切り札になるよう、と開発、研究がされているプロジェクトである。
「ふむ、なるほど、あなたの考えはわかりました」
「間違いなく、またドンパチの時間が来る。俺は君の意思を尊重したい。生存本能とは誰もが持ちうる本能だ。だが、こちらの命令には従ってもらいたい。わかるか、サミー?」
「ええ。ですが一つだけ教えてください。ラプターはあなたにとって大切な人ですか?」
「ああ、もちろんだ」
「わかりました。もちろん命令には従います。ラプターのことで少し……いえ、考える時間をください」
それからサミーは本格的に考える姿勢になってしまった。AIなのだから処理能力は高いはず。何をそう考える必要があるのだと疑問に思いつつ、その姿がバーチャルのアバターとはいえなんだかさまになっていて、零はなんとも言えない気分になった。
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