4. 統合軍本部 セントラル棟 上官の執務室
「で、一機も落とせなかったということか?」
「申し訳ありません」
ミラは殊勝に頭を下げた。彼女の目の前、デスクでふんぞりかえっているのは第十八飛行隊が所属する飛行団司令、ジョン・サリバン大佐である。そもそも直接小言をもらうような関係でもない。間に中隊長やら大隊長もいるのになぜかこの男はミラを直接指導したがるのだ。
仕事は好きだ。だが、この上官はどうも苦手であった。
「お前はうちの飛行部隊の恥知らずだ。わかっているのか?」
ドルフィン、ミラ、サミーと敵機四機は結局損害ゼロだった。四機はこちらをちゃかすように翻弄。ミラどころかドルフィンとサミーも手も足も出なかった。そのまま最大戦速で逃走を許し、エネルギーもミサイルも枯渇していた三機はそれを見送るしかできなかった。
結局、30分近くも説教は続き、見せしめのように明日以降三日間宇宙に出ることを禁止された。
これは痛い。パイロットは毎日飛ぶこと、ないしシミュレーターに乗って訓練を積むことを推奨されている。微妙な操作テクニックというのは、一日飛んでいないとカンを取り戻すのに一日、三日飛んでいないと回復するのに三日かかると言われている。AI支援によって旧時代より遥かに期待の操作難易度はましになったと言われているが、ミラはオフの日ですらも予定がなければシミュレーターには毎日乗っていた。
それくらい、ブランクというのは痛手になるのだ。
あの謎の敵と二度も交戦して機体も失わず帰ってきて、それだけでも合格点では? 軍人としてはどうかと思うが、ミラ自身は内心そう思っていた。叱り飛ばされるのはわかりきっていたが、見せしめのように宇宙に出るのを禁止されるとは思っていなかった。まるきり逆だろう。一層腕を磨くためにもすぐにでも宇宙に出たかったのに。
帰れと言われて素直に退室したミラは着替えて基地を出た。ワインショップに寄って赤ワインを買った。それからデパ地下で高級惣菜を買い漁る。
こういう時は飲んで食べるに限る。どうせ、明日も明後日も飛べないんだから。今、敵が攻めてきても自分は戦えないのだ。
ミラは官舎に戻ってシャワーを浴びると、酒と惣菜を並べ、食器棚から貰い物のワイングラスを取り出した。
端末に連絡が入る。殉職者の連絡だ。知っている名前がそこにあった。だが、どこか現実味がわかなくて、麻痺した心でワインを開けた。
***
ドルフィンこと零の上官、アレクセイ・スミルノフ大佐は戻った彼を見るなりこう言った。
「よく戻ってきた」
「四機すべて取り逃しました。言い訳も出来ません。自分の力不足です」
「いや、よくやった」
零は呆気に取られた。二機撃墜したとはいえ、後の四機は逃がしてしまった。流石に叱責の一つも浴びるのではと思っていたからだ。
「実戦は初めてだろう? よく戻った。このデータで次の作戦が立てられる。上層部も大変お喜びだ」
「はあ……」
「意外という顔をしているんだろうな。たまには仮想現実の方と繋げてくれよ」
「お望みでしたら」
零は即座に仮想現実世界に接続、自室のモニターの前に座って、上官の部屋に接続。シルバーの制服姿である。髪もそれらしく短くしているし問題はないはずだ。多分。
「やっぱり腑におちんという顔をしているな」
仮想現実空間のアバターは操り人形ではない。結局現在の精神状態や思っていることで表情やら顔色やらも変わってくる。
零はモニターの上官を見つめた。薄茶色の髪、グレーの双眸。日系人である自分ではなし得ない色味である。
「……はい」
「パイロットの任務で一番大事なことは帰ってくることだ。よくこのデータを持ち帰った。生きていれば再戦の機会もある」
「はい。ラプターもそれから
「それでいい。お前はよくやった。……こういう時に歯痒いな。お前の肩を抱いて乾杯したいくらいに俺は嬉しい」
「大佐のお気持ちは痛いほど分かりますよ。一度でいいから握手したい人が多くいます。あなたも含めて」
零は笑みを浮かべた。なかなか、いい上官に恵まれたものである。
「ところで、あれは結局なんなんです? ゼノンですか?」
「正直言って、わからん。わからんが政府はあれを敵機と認定した。パイロットがいた可能性はかなり低いが、もしかしたらなんらかの知的生命体が乗っていたのかもしれないし、解析が進まないことには何も言えん。だが、軍内部では現時点で明らかになっている情報は公開、共有済みだ。憶測とデマが広がるのは考えものだからな」
「内部では特に隠さなくてもいいとおっしゃるのですか?」
「ああ。映像資料はすでに公開済みだ。
零は笑みを浮かべた。確かに、サミーは自分が報告すると言っていた。
「と言うわけで、だ。明日の仕事の予定は全部開けた」
「ありがとうございます」
「あとは解析班に任せてゆっくり休め」
零は上官と別れてのち、仮想現実の自分の部屋を出た。ここに接続するのは久しぶりであった。不思議なものだ、身体があった頃と何ひとつ変わらない感覚がそこにある。
いつもであったらすぐ現実世界に戻るのに、ここにとどまったには理由があった。うるさいほどホークアイからの連絡が入っていたのだ。どうせ先程までの話だろうと快く了解した。
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