3. 宇宙空間 サミー 再びの正体不明機

 ミラが息を整えている間、ドルフィンがクリムゾンから根掘り葉掘り色々と聞き出していたところ、乱戦になって散り散りになっていたアグレッサー部隊員から通信が入った。全滅したのではと思ったのだが、半数は機体も失っていないようだ。心配なのは、中隊長が一人行方不明であるとのこと。


 話によれば、クリムゾンは新入りのアグレッサー部隊員三機に直接指導中に正体不明機二機に襲い掛かられ、目の前でその三機とも撃墜されたらしい。だが全員緊急脱出ベイルアウトして命に別状はないようだ。

 だが、少し離れた宙域で同じくアグレッサー所属の中佐の指揮で訓練中の八機のうち二機が大破。


 クリムゾンは行方不明な部下が心配な上、残存機の撤退指示の必要があると片肺飛行で戻って行った。もともと優秀な機体の上に、最高のパイロットが乗っている。通常飛行するだけならば、基本的には問題はない。

 その時。敵機の残骸を回収する処理班と救護隊、緊急スクランブルしてきた援軍がやってきた。行方不明者の捜索と周辺空域の警戒にあたるという。


 一方のミラであるが、ドルフィンとそれから6号機との三機で編隊を組んでやっと通信できるようになったホークアイに確認をして、ブラボーⅡへの帰路についている。


「訓練中のアグレッサーが散り散りに蹴散らされる程の敵とやり合ったってこと?」

「新入りがいるとはいえどアグレッサーだからなあ。俺のカンは間違ってなかった。6号機を呼んでおいてよかった」


 ミラは右側に目をやった。コックピットに誰も乗っていないアマツカゼが、従順な飼い犬のようにドルフィンの斜め後ろの位置についている。


「極秘任務。プロジェクトSUMMITサミットの機体だ。あいつのことは君の小隊メンバーにも話さないでくれ。その約束ができるなら、あいつに話しかけてもらっても構わない」

「わかった。6号、名前は?」

『私に名前はありません。識別番号は6号です』


 目の前のモニターに文字が現れた。


「タックネームつけてあげない? 私は今から帰るまでの付き合いになっちゃうかもしれないんだけど、名前で呼びたい」

「うーん、俺、センスないからよかったらラプターが考えてやってくれないか? 色々考えたんだがしっくりこなくて」


 プロジェクトSUMMITサミットだろう。ならサミーでいいのでは? ミラはその辺り深く考えないたちであった。番号じゃなきゃなんでもいい。自分は研究施設にいた時3号と呼ばれていたから、ナンバリングで呼ぶのが好きでないのだ。


「サミーでよくない? 呼びやすいし」

「早っ! でもまあ、確かに呼びやすくていい名前だな。だってよ、今からお前はサミーだ」

『感謝します、ラプター』

「よろしくね。さっきは加勢ありがとう、助かったよ。あの二機はサミーが落としたの?」

『一機はドルフィン、もう一機は私が落としました。ドルフィンが背負っていたレールガンパックをポイ捨てして、敵がバランスを崩したところを私のミサイルで。ほぼドルフィンの手柄です』


 ミラは斜め前を飛ぶケーニッヒを見た。確かにオプションの兵装が何も載っていない。それにしても謙虚なAIだなあとミラは感心した。撃墜したのが自分なら、もっと鼻高々語ってもいいのではないか。


「そう! 身体を軽くするためにありとあらゆるオプション兵装を捨てた。すっぴんの俺を見て!」

「すっぴんでも格好いいよ。ケーニッヒの機体は惚れ惚れするくらい綺麗だ」


 何も兵装を積んでいないノン・オプションの機体をしばしばすっぴんと呼ぶ。ミラは素直にドルフィンを褒めておいた。なぜなら、彼が褒めて欲しそうだったからである。


 いや、半ば照れ隠しだった。あの時、彼はミラの救世主だった。完成されたケーニッヒの美しい機体ボディ、その頭脳ブレーンであるドルフィンは非の打ちどころのないパイロット。ため息が漏れた。


『それにしても、無人機のAIに礼を述べるパイロットなんているんですね、彼女の頭は大丈夫ですか?』

「おい! ラプターを異常者みたいに言うんじゃねぇぞ! 謝れ! 今すぐに謝れ!」


 すかさずドルフィンの声が飛んだ。


『申し訳ありません。失礼なことを言っていたならお詫びします』

「いいよ。素直ないい子だなぁ」


 ミラは肩を揺らして笑った。すでにオートパイロットなので多少肩の力を抜いていても問題ない。


「君がメカニックドルフィンなんでしょ? あのシミュレーターの」

『そうです、よくわかりましたね。私もあなたのことは存じていました。今日共に実戦の場に立てて嬉しいです』


 文字だけだが、ミラの目にサミーはとても楽しんでいるように見えた。


「あれ、知ってたのか……」


 ドルフィンはどこか不思議そうに言う。


「クリムゾンが教えてくれた。あれで練習してドルフィンに再戦してぶちのめせってけしかけられて」

「機密だってのにあの真っ赤なおっさんは……」

「それにしてもサミー、音声は発せないの? せっかくだから喋りたいな」

『今まで自分の意思を発することができなかったので、言語パックはともかく音声のデータがありません』


 機能制限がかけられていたということか? 一応彼は機密の存在らしいので、その辺は深く聞かないでおいた。だが、ドルフィンが自ら種明かしを始めた。


「基本、俺が遠隔操作しているときの飛行データを取ったり、あとは演習データを読んだり、ってだけのインプット機だった、だけど自律モードもあるって知っていたし、今回嫌な予感がして初めてその自律飛行モードを解放した。だからさっき目が覚めたばっかりのガキみたいなもんだから、失礼なこと言っても許してやってほしい。教育が必要なんだ」

「そうか。じゃあ、今日楽しかったでしょ。いっぱい勉強できただろうし。敵機データも収集できただろうし」

『ええ。報告は私に任せてください。お二人は疲れているでしょうから詳細レポートは私がまとめます。早く休んでもらいたいので』

「サミーは優しい子だなぁ……本当、今日は心身ともに消耗した」

「俺も疲れた。さっさと報告済ませて寝たい……」

『私も左翼に破片を浴びたようで少々不安があります。早く戻ってキャサリン・コリンズに診てもらいたいです』


 キャシーのことだ。いつも整備しているという彼女を認識しているようだ。とても嬉しかった。そう、彼女はAIが認めるほどの整備士なのである。


「それにしてもさっきのはなんだったんだ……意味がわからん」


 三人。いや、二人とAI一機が現実から目を背けていた現実にドルフィンが切り込んだ。


『少なくとも、ホモ・サピエンスがあのような機動で飛んだら固形を保っていられません』


 確かにあんな飛行をすれば、猛烈なGを喰らって地面に落としたプリンが如く人体が崩壊する。しかしながら、もっとまともな表現はないのか、と流石のミラでも思った。だが、慣れている。きょうだいたちが「グロテスクな肉塊」に成り果てたさまを何度も見ている。だからこそ背筋が凍った。


「学名で呼ぶな俺たちを! そうだな、有力なのは50年前に地球に来たお客さんだろうな」


 50年前地球を攻め込んだという異星船ゼノン。人類が地球から外宇宙に出たきっかけでもある謎の飛行船団。


「どこかの船団の無人機ってことはない……だろうな」

『グローバル姉妹船団の技術を持って生み出された私よりも優秀なAI搭載の無人機がいる確率は、計算上かなり低いです。私はグローバルⅠにおいて人工知能研究で名高いドクターアイカワと彼女の娘、東方重工総裁ドクターアサクラ、その二人の技術を持って生み出されました。地球本国においてさえ、彼女たち二人ほどの逸材はいません。ただし、地球外を由来とするならば話は別ですが』


 ブラボー姉妹船団が技術力で母星、つまり人類発祥の地である地球をも凌ぐというのは有名な話である。50年前の「お客様」、つまりゼノンを機能停止に追い込んだドクターアイカワ。彼女の夫、ドクターアサクラは遺伝子工学の権威。二人の娘はミラが操縦しているアマツカゼやドルフィンの機体、ケーニッヒを作った東方重工のトップ。


「だよね……」

「ラプター、俺が言い出しっぺで申し訳ないが、もう考えるのはよそう。軍の中ではいくら幹部と言ったって俺たちは尉官。あとはお偉いさんに任せよう。これ以上考えるのは心臓にもメンタルに悪い」


 ドルフィンの言う通りであった。ここでごちゃごちゃ考えていてもどうにもならない。


「こちらホークアイ。各機、今すぐステルス機能をオンにせよ。今、レーダーに何か見えた」

「「なんだって?」」


 ホークアイからの通信に、慌ててミラとドルフィンはステルス機能をオンにした。「ホークアイが見た何か」が先程の敵機と同じと仮定した上で戦闘状況を考えると、相手に効いているかは分からない。もはや保険のようなものである。まあ、こちらも接近してからはレーダー以外の熱反応や画像解析で敵をロックオンしているのでどうのこうのと言えたものではないが。


 だが、ホークアイのレーダーはケーニッヒやアマツカゼより強力だ。彼と通信が可能ならば、ホークアイのレーダーでロックした敵機にミサイルを発射、接近してからはミサイルの熱感知で自動補足が可能だ。


「こちらホークアイ。現在この宙域の飛行申請が出ている機体は存在しない。未確認機補足。座標を送る」


 映った。四機で編隊を組み、ブラボーⅡへ向かっている。未届出の民間機ということはありえない。絶望という言葉がミラの脳裏をよぎる。背筋が凍る。


「ホークアイ、今すぐ統合司令本部に交戦許可を出せと言え!」

「今問い合わせ中だ」


 ホークアイは早期警戒管制機であり前線管制官だ。強力なレーダーで広範囲を補足、戦闘機にリアルタイムで情報を送る他はオペレーターや前線指揮の役割を果たす。


 しかし、彼はミラやドルフィンと同じ尉官だ。つまり、彼はこのような重大な局面においての交戦許可を出せる立場にはないのである。

 そして今、彼が乗せている管制官もこの重大局面で指揮できるほどの者がいない。この状況で攻撃命令を出せるのは統合軍の大将と大統領くらいだ。


「ラプター! もうやっちまうぞ。知ったことか! このままだと母船に危険が及ぶ!」


 焦れたドルフィンが声を上げた。ミラは戸惑った。確かに、許可を待っていたら取り返しがつかないことが起こる可能性が大きい。だが、確実に敵機と言い切れるのだろうか。本当に? ミラは返答に困った。


 今、ドルフィンは先程の戦闘のアドレナリンで確実に好戦的になっている。だが、彼の言い分も一理ある。そして、好戦的になっているのはミラにしても同じであった。ミラが口を開きかけたその時、無線が入った。


「こちらホークアイ。未確認機よりビーム砲のようなものが発射され、観測衛星に被弾。今から君たちを便宜上〈ドルフィン小隊〉と呼ぶ。大統領オーダーにより、交戦を許可する。ドルフィン、編隊の指揮を執れ。敵機を撃墜せしめよ」


 ドルフィンが感じた恐れは杞憂ではなかった。観測衛星が被弾だと? ミラの呼吸が浅くなる。


「ドルフィンワン、了解! 各機、全火器使用を許可オールウェポンズフリー! 交戦エンゲージ!」

「ドルフィンツー、了解」

「ドルフィンスリー了解」


 ミラとサミーが続く。ドルフィン小隊の隊長であるドルフィンのコールサインはドルフィンワン。ミラはドルフィンツー、サミーはドルフィンスリーである。

 ミラが昔、図鑑で見たマンタのようにぬるりと生き物然とした体表のケーニッヒ、つまりのドルフィンが操る機体のウェポンベイが開いた。長射程ミサイルが発射位置につく。最大四機同時にロックできるミサイルである。


 太平洋戦争末期、レイ・ファイターやゼロ・ファイターとも呼ばれる零式艦上戦闘は敵機の死角からこっそり至近距離まで近づき撃墜し、アメリカ軍を翻弄したとミラは本で読んだことがあった。しかし、現代は視程外の戦いがモノをいう。つまり、目には見えない敵機を遥か彼方の長距離から撃墜するのである。


 もちろん、戦闘の前は侵入してきた敵機に対して降伏勧告をするとか、目視で敵機であることを確認するのがセオリーだ。ゆえに空対空の長距離ミサイルというものは使い所が少ない。だが、今回はもうすでに戦いの火蓋は切って落とされ、その使い所に恵まれたのだ。

 ブラボーⅡ政府、つまり大統領が敵機は地球外由来の異星船と認定したのである。


長射程ミサイル発射フォックス・ワン!」


 ドルフィンはミサイルを発射。普通なら、これで終わるはずであった。

 発射したミサイルの情報が途絶した。


「ミサイル、全て命中せず」


 ホークアイからの無線が入った。


『全て迎撃されたようです』


 サミーの言葉がヘルメット搭載型のディスプレイに表示された。


「しかけるぞ!」

「了解!」

『援護します』


 ドルフィンは急加速した。ミラとサミーもそれにつづいた。

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