2. 宇宙空間 ポイントT35 正体不明機
二機が談笑しながら散歩をしていたその時のこと、緊急通信が入る。
「なんだ? こちらドルフィン」
ドルフィンも少々驚いたようである。ミラは流石に遊びすぎたかと押し黙った。
「こちらホークアイ。ポイント
「消息不明!?」
ミラの声がひっくり返った。ホークアイは
彼は口頭指示とディスプレイ表示のデータリンクでの管制の塩梅が絶妙でパイロットたちからは評価が高い。
「まじかよ……」
「不測の事態であることは俄かに信じがたいが、彼らは濃密な
「状況は理解した」
「君たちが一番近い空域を飛んでいる。念の為確認に行ってほしい。このためにわざわざ飛行部隊を出すのは憚られるが、少々心配になってしまってね」
「あんた、意外と真面目なんだな……。これは貸しだぞ。俺は散歩中だ」
「ありがたい。君が非番だというのは百も承知だ」
軽快に通信し合うサイボーグたちの声をミラは黙って聞いていた。どうもこれから偵察に行かなければならないようだ。まあ、偵察帰りだし、装備もそれなりに積んでいる。特に問題もない。
「ただし、6号機の発艦を求める」
「6号機?」
「遠隔アマツカゼの6号機だ。有無は言わさん。こちらに合流するよう手配を頼みたい」
「……承知した、今発艦申請を行った。そちらに向かわせる。今詳細座標も送った」
すぐさまディスプレイに表示が現れた。
杞憂であればいいに越したことはない。アグレッサーがレーダーから消失したなんて、俄かに信じがたい。
「ラプター、T35宙域の調査を行う。随行せよ」
ドルフィンがそう言葉を発した。
「了解」
自分たち軍のパイロットなんて24時間仕事中みたいなものだ。ミラは快く了承した。彼がそう判断したならついていく。だって、自分は今、彼の二番機なのだから。
一瞬のち、ドルフィンからの無線が響いた。
「ごめん、気を悪くしてないか……?」
「なんで?」
「だって階級も変わらない俺に命令されたらイラつくだろ?」
「ドルフィンだったら別に。それに今、私はあなたの二番機だ」
そう答えるが、彼はその後個人的な心情については何も触れなかった。それについてどうこう言っている場合ではない。だって、アグレッサーが消息不明なのだから。
「それならいいんだが……なあ、クリムゾンの部隊だろ。俺には信じられない」
クリムゾンとはリー教官のタックネームだ。ミラだって信じられなかった。周囲の警戒こそ怠らないが、最高速度で飛ばす。
本来、機体の性能から言えば自分が前衛を務めるのが筋だ。彼の方が万能型であり、情報収集と前線管制に向いている。でもミラはそれを望まなかった。ドルフィンの方が、リーダーに相応しい。
彼は周囲に気を遣うなかなか繊細な性格のようだ。元々はもしかしたら違ったのかもしれない。あの見た目では相当女性にもモテただろうし、成績も優秀だったようだし。でも今、そのアイデンティが崩壊してしまったはず。それゆえ若干卑屈にも見えるほど謙虚なのかもしれない。
往々にしてサイボーグが一般人から好かれていないこともあるのかもしれない。彼らは自分たちこそ進化した人類という面倒くさい矜持を持っていることが多い。ドルフィンやエリカはかなり生身の人間寄りの思考を持った特殊な例だ。
気づけば、濃密なアステロイド雲の中にいた。これではホークアイのレーダーが効かなくなってもおかしくない。ドルフィンがホークアイに無線を飛ばしたが応答はない。
「流石に様子がおかしい」
「そうだね……」
「いくらなんでもそろそろレーダーに映るはずだ」
ドルフィンがそう言った。アマツカゼのレーダーよりもケーニッヒのレーダーの方が性能は上だ。だが彼がこう言っているということは、未だレーダー上で何も確認できないことを意味していた。
「「何!?」」
二機は同時に翼を翻した。ミラとドルフィンが飛んでいたであろう針路を光の束が横切り、小天体を破壊した。粉々に砕け散ったそれらを横目にミラは光が飛んできた方向に突進した。
回避行動とて、二人とも目で反応して避けたわけではない。一流のパイロットが有する動物的な本能であった。本人たちも気づかぬうちに、視界の端に光が見えて避けたのである。二人でなければとっくに
「ステルス機能発動!」
ドルフィンの声に、ミラは慌ててステルス機能をオンにした。アステロイドを右に左に避けながら、ミラは目を凝らした。
「
七色の不思議な光を放つ機体だった。形状としては、扁平な戦略爆撃機を思わせ、だが生き物じみたぬらりとした外骨格をしている。どこから先程のレーザー光のような光線を発したのかもよくわからない。
ミラは反射的に敵機と声を上げた。攻撃こそ仕掛けてきたが、それが確実に敵機とは限らない。ドルフィンは冷静だった。
「そこの未確認機! こちらはブラボーⅡ統合軍所属のレイ・アサイ大尉だ。直ちに船籍を明かし投降せよ。さもなくば攻撃する」
返事はなかった。ドルフィンのコックピット内にアラートが鳴り響く。なんらかのレーダーを照射されているということだ。ケーニッヒのステルス機能が効いていない。
「ロックオンしやがった!」
ドルフィンは悪態をつきながら10Gターンを決めて飛んできた光線をやり過ごした。彼方で火花が散る。やらなきゃやられる。
「撃ってくるとか正気かよ! ラプターやっちまえ!」
通常ならば管制に連絡を取って逃げる。いちパイロットの判断で撃墜し、戦争になったら事である。だが、直感で思った。逃げさせてくれる相手ではない。
ミラは旋回。敵機に迫る。瞬く間に背後を取る。ミサイルを機動すると同時に黄金の目でひと睨み。支援装置が自動で敵機をロック。マイクロミサイルの束をお見舞いする。
これで相手は鉄屑になっているはずだった。だが、敵機は滑るように真横に飛翔。ミサイルを全て回避。人間ではなし得ない機動だ。サイボーグでもこの機動で飛べば命取りになりうるGを食らう。ミラが声を上げた。
「嘘でしょ!?」
「俺も攻撃する! 人間の飛び方じゃない! 無人機だ絶対に落とす!」
ドルフィンがレーザーガンをお見舞いするが、敵機は鋭角にガクガクと急旋回を繰り返して回避。ミラがヤケクソで発射したミサイルをまたもや回避。敵機バンク。ミラとドルフィンは訓練された猟犬のように敵を追う。
「ラプター、T35方面より一機急速接近中!」
「敵? アグレッサー?」
一瞬の間。
「アマツカゼだ!」
「そこの二機! 加勢しろ!」
無線に怒号。ミラは冷静に応答。
「こちら第十八飛行部隊のラプター。現在正体不明機と交戦中。アグレッサー部隊員か?」
「ラプターか! こちらクリムゾン。奴をやるぞ援護しろ。俺の部下を撃墜しやがった! 飛び方からして無人機だ、やれ!」
クリムゾンのパーソナルカラーである真っ赤なアマツカゼが現れ、敵を追う。アグレッサーの隊長でありミラの教官であったミシェル・リー大佐だ。
何で単機なんだ? ミラは目を見張りつつも返事をした。
「イエッサー!」
「こちらドルフィン。自分も加勢しますよ」
「最高のメンツじゃねえか!」
敵機は三機のレーザーガンの弾幕をかいくぐる。ミラたちは旋回を繰り返し、敵を追い詰める。緊急警報が発動。コックピットをけたたましく鳴らす。さらに二機の正体不明機が急速接近。
「敵さん二機追加!」
クリムゾンが吠えた。その時、更にアマツカゼが一機現れる。
「こちらドルフィン。6号機到着。自律モードで自分の援護をさせる。追加の二機を引き受けた」
ドルフィンはそう言うと機体をバンクさせた。そう、やってきたのはドルフィンのアマツカゼ。キャシーがよく整備しているというあの6号機がドルフィンに付き従うようにぴたりとついていき、敵機二機に対峙する。
クリムゾンとミラは最初の一機を猛追。けたたましい警戒音。ミラは叫んだ。
「クリムゾン、敵機一機接近! 六時方向、距離四十!」
「なんだとクソが!」
どこからか飛んできた先程とはまた別の新たな敵機を確認し、ミラは急旋回を行った。形勢が逆転した。猛追されてミラとクリムゾンはあらん限りの回避行動を行う。だが、敵機の速度は異次元。ついに限界が見えた。
「被弾した!」
クリムゾンが叫んだ。
「クソ! 左舷に被弾! 左エンジン推力低下!」
ミラは死の恐怖に震えた。滝のような汗で全身びしょ濡れだった。
「ちくしょう!エンジン一基停止!」
アマツカゼは双発エンジンだ。クリムゾンは右舷側エンジンだけの片肺飛行状態に陥る。
「自分がやります!」
もう手札は少ない。ミラは激しいGに耐えながらバレルロール機動を行なった。敵機がミラを飛び越す。ミラは敵機の背後に食らいつく。
「もらった!」
ミラのレーザーの束を右舷に喰らった敵機が体勢を崩した。反転して待ち受けていたクリムゾンのマイクロミサイルが雨のように降り注ぐ。敵機は四散。
「よっしゃ撃破確認!」
クリムゾンが歓喜の声を上げる。一機落とした。ミラはあと一機を探す。見当たらない。心臓の鼓動が跳ねた。これが意味することはただ一つ、真後ろだ。ミラは急旋回に入った。
「ラプター、6時方向に敵機!」
クリムゾンとすれ違う。クリムゾンが正面から放ったレーザーガンを全部避けた敵機はクリムゾンを無視してトップスピードでミラを追ってきた。
「ラプター!」
前後左右、必死で旋回を繰り返す。片肺飛行しているクリムゾンはとっくに置いてけぼりの状態に陥っていた。他の味方の援護も期待できない。敵機はクリムゾンに目を一切向けず、ミラを追う。
コックピット内をアラートが鳴り響く。ミラは敵が何らかの攻撃してきたことを体感した。自分だったら今のタイミングで発射のトリガーを引く。
ああ、死ぬ。
だがその想像はあくまで想像でしかなかった。
背後の敵機が爆発霧散した。放たれかかったミサイルを巻き込み誘爆。巨大なオレンジ色の閃光。
「
無線からドルフィンのどこか機械じみた美声が耳に心地よく流れ込んできた。
一瞬、時が止まる。ミラはようやく息を吐いた。どうやら、呼吸を止めていたらしい。今更心臓の激しい鼓動を認識する。ああ、助かったのか。
「ドルフィン……」
宇宙一セクシーだとミラが思っているケーニッヒの機体が闇からぬっと現れ、こちらを気遣うように機首を並べた。ミラはぜいぜいと呼吸を繰り返すしかなかった。
「こちらの二機は片付けた。今ので最後だな?」
「ああ、助かった……」
『こちら6号、ラプター、あなたは過呼吸気味です。落ち着いてゆっくり呼吸してください』
ディスプレイに文字が現れた。なんだ、と隣のドルフィンを見やる。
「俺の6号は……先程気づいただろうが、遠隔操作機能だけじゃなくてAIも積んでいる。もう大丈夫だ」
後ろから片肺状態の真っ赤な機体がすっ飛んできた。
「ラプター! お前死ぬところだったんだぞ。突っ走るな!」
「すみません」
「クリムゾン、無事ですか? ラプターに説教する前に、まず何があったんです?」
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